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アサシン皇帝の帝国のんびり行幸記 ~目指せ、観光立国~  作者: 森田季節


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11 イルカとラッコ、エビとアワビ

 その時、ザパーンと何かが海から飛び出た。

「いったい、何だ!?」


 突発的な事態が起こると、すぐにアサシン時代の感覚に体がなる。一言で言うと、戦闘モードというやつだ。


 でも、どんなアサシンでも海上から襲ってくるなんて話は聞いたことがない。しかし、それは小魚が跳ねたという規模じゃない!


「あっ、かーわいー!」

 サリエラが能天気な声を上げた。


「あれ、イルカよ! このあたりのイルカはものすごく人なつっこいの!」

 よく見ると、それは人じゃなくて、大柄なイルカだった。


 海から飛び出たり、ほかのやつが顔だけ出してこっちにやってきたり、こっちと遊んでいるようだ。


「こんにちは! 海の生活は楽しい?」

 サリエラが手を振る、それに合わせて、イルカもちょっと手? にあたるような部分を動かしてこたえているようだ。


 トーヴァの案内担当者が、「人を見かけると、ああやってあいさつしてくれるんです」と語っていた。


「でも、イルカにメリットはないと思うんだけど。もしや、徳にでも引かれてやってくるとか?」

 なんか、宗教の説話集でそういう、動物がやってくる話はあった気がする。だいたい、悪人のところには動物はやってこないし、なつかないのだ。


「陛下の徳のおかげでと言いたいところですが、ああやると、たまに魚などの餌がもらえるからです」

 ほかの担当者は最初からイルカが出てくるかもと考えていたらしく、ぽーんと小さめの魚を投げた。その魚をイルカは見事に口でキャッチした。

 なるほど……。あくまでも食事のためか……。


 今度はもっと小さなイタチみたいなのが海面に出てきた。胸で貝殻みたいなのを抱いている。


「こっちはラッコじゃない! わー、イルカもラッコも見れるとか最高だわ!」

 たしかに、かわいい動物を見るのが嫌いな人間はあまりいないもんな。女子向けの者と思われがちだけど、男でも好きな奴はいくらでもいるはずだし。


 待てよ。

 これ、ものすごく観光資源としての価値があるんじゃ……。


「これって、一般には知られてるのかな?」

 担当者にすぐ確認をとった。

「いえ、地元の漁師たちは知っていますが、せいぜい、地元ぐらいではないでしょうか」


 それ、絶対にもったいない。


「これを売りにして、観光客を呼ぼう! イーセのアムルテラス教大聖堂を見学した後に、トーヴァでイルカを見るんだ! おとぎ話みたいな光景が見える場所だと売り出そう!」


 こんなの、トーヴァでしか見られないものだ。つまり、トーヴァに行く意味が生まれる。


 景色も悪くない。いくつか遠くに島が浮かんでいるし、さらに奥には『愛を知る者』修道会領の半島が見えている。


「よし、イーセとトーヴァをめぐる観光プランができた! これなら、間違いなくたくさんの人間を呼べる! 観光客を増やせるぞ!」


 しかも、人口の多い北側の各国から、このイーセまではそれなりの距離がある。途中の町で滞在してもらえれば、さらにお金を落としてもらえる。たとえば、帝都ツで一泊してもらえれば、帝都の発展にもつながるわけだ。


 このイーセ、トーヴァ、それとさらに南方のシマーまでを含めたエリアを帝国観光立国計画の最重要ポイントにしよう。


 その時、ぽんぽんとサリエラが俺の肩を叩いた。


「旦那様、まだもう一押しが足りないわ。ほら、ここでしか体験できないもの、残ってるでしょ?」

「いったい、何だ?」

 この表情からすると、すでにサリエラには自明のことらしい。


「この土地の食べ物よ。漁港からあがったばかりの最高の海の幸を味わいましょう! アワビもイーセエビもここで手に入るんだから!」


 じゅるり。

 口の中に唾がどんどん出てきた。


 長らく、強制的に禁欲的な生活を送ってたけど、そんな豪華なものを食べていいのか? いや、皇帝になったからいいものは食べてるけど、それでも完全に本場のものにはかなわない。


「もちろんよ。さあ、心ゆくまで味わいましょう!」


 それから、俺はこの世に生を受けてから、最も贅沢をしたと言えるだけの経験をした。


 巨大なエビもアワビも、口の中で旨味が広がる。こんなおいしいものが海にあるなんて……。アサシン時代はほんとに山の中に住んでたからな……。そりゃ、忍びの者だなんて言われるわけだ……。


「俺、皇帝になってこんなによかったと思ったの、初めてかも……」

「いえ、それはないでしょ。わたくしと結婚した時が最高で、ほかは全部おまけみたいなものでしょ」

 ちょっと、サリエラにイラッとされた。まずい。余計なところを刺激してしまったかもしれない。


「でも、おいしいわよね。これは帝都では味わえないわ。採れたてだからできることね」

 すぐにサリエラの機嫌がなおってよかった。


「これ、早速、この土地のよさを書いた観光パンフレットを作って、北の国々に大量にばらまこう。絶対に興味を持ってくれるはずだ」

「そうね。コスト以上の効果はきっと持ってくれるはずだわ」


 帝国の森の中に引きこもってたら、見えないことがこんなにあるんだな。この調子なら、きっとまだまだ知らないものが帝国に残っているはずだ。


 よし、もっともっと発展させていってやるからな!

 そう思いながら、アワビにかじりついた。やっぱり旨い。



 その行幸の最後、シマーという複雑に入り組んだ海岸地形を高みから望める場所に行った。


 絶景としか言いようがなかった。海といくつもの小さな島の対比、ほんとに天国かと思う。


「俺、涙が出てきそうだ」

「わたくしもいい新婚旅行ができてよかったわ」

「あ、そういう意味合いもあったのか」

「ちょっと! むしろ、そういう意味合いを一切感じてなかったわけ!?」


 サリエラに文句を言われないように、口をふさがないとな。

 さっとくちびるとくちびるを重ねた。


 ちょうど夕焼けの時間だったし、なかなかロマンティックな長い口づけになった。


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