ボクはGM!
「やぁ、よく来たね。そしておめでとう。キミ達はこの素晴らしいゲームへの参加権を得て、招待されたんだ!」
唐突に現れた紺色のシルクハットを被ったスーツ姿の人物は、意気揚々に皆の注目を集め、中性的な声でまるで司会を務めるかのように語る。
先程まであのステージには誰もいなかったはずなのだが、一体どこから現れたのだろうか?
「なんやアイツ、ここに集まったウチらの中にはあんなんおらへんかったで」
ここに集まったメンバーの確認をしていた次郎も、あの人物に関しては知らないようだ。ここに集められた人物の中にいなかったという事は、あの人物はこちら側、つまり巻き込まれた側の人間ではない事は確かだ。
いや、そもそもあそこで意気揚々とスピーチをしている時点で巻き込んだ側なのは予想出来る。突然ステージに現れた人物に対して、周囲からは俺達をこんな場所に集めてどうするつもりだ、とか早く元の場所に帰してとか、ブーイングのような抗議のような声がたくさんあがっており、どう対応するつもりなのかと謎の人物を見ていると、謎の人物はそんな訴えるような声を気にせず続けた。
「うんうん、はしゃぐ気持ちは分かるけど皆落ち着いてね。ボクはGM、これから皆が参加するゲエムを管理する役割を担っているよ」
GMと名乗った人物は、パチンと指を鳴らす。それとほぼ同時にステージ後方にどうやって用意したのか様々な専用ステージと思わしき会場の映像が流れ出した。
「これから皆には、10のステージで構成されているゲエムに挑んで貰うよ。ゲエムの内容はステージ毎に変わるし、どんなゲエムが繰り広げられるかは挑戦してみてのお楽しみ! 全てのゲエムをクリアする事が出来た栄誉ある参加者には一つだけ、どんな願いだろうと叶える事が出来る特別な特典が与えられるよ!」
特別な特典と言ってGMが指を鳴らすと、今度は文字通り山となった財宝の数々、巨万の富、神々しい雰囲気の薬、巨大な研究設備、更には現実世界ではお目にかかれないようなドラゴン等の映像が流れ出した。
それらを見て目の色を変える人達がちらほらと現れる。いきなり映像に出てきたものが、なんでも一つだけ実現出来るのだとしたら確かに釘付けにもなるだろう。
「うんうん、皆も興味深々みたいだね! そうだよね、キミ達はその望みの為にこのゲエムに参加したから当然だよね!」
GMはこちらが自ら望んで巻き込まれたかのように言う。望みの為にゲエムに参加した? 一体どういう事だ?
周囲もGMの言葉には全く身に覚えが無いようで、再び動揺の声が上がり始める。
「気にする必要ナイネ、どうせハッタリヨ」
「あぁ、オレもこんな訳のわからねぇもんに自ら望んで参加した覚えは一切ねぇ」
「周りの様子見とっと、どこも同じ反応やさかい。アレが言うとる事が本当ならワイらは知らん内にアレの言うゲームとやらに参戦希望を出したっちゅー事になったる」
「ごめん、貴方が何を言っているのか分からないから誰か通訳して」
「なしてや!?」
周囲が再びざわめき始めて、落ち着きが無くなる。それを見たGMはまるでその反応すら楽しんでいるかのように、ニコニコと説明を続けた。
「話を続けるね。キミ達はここで開催されるゲエムに挑んで貰う、ゲエムの内容はステージ毎に変わってくるしどれも一筋縄でクリア出来るものではないから、気合を入れていかないとすぐに脱落しちゃうから気をつけて挑んでね。ちなみに、キミ達は自分が望んでこのゲエムに参加なんてしてないって思っているかもしれないけど……それは、ただ単に忘れているだけ。ゲエムをクリアしていけば、自然とゲエムに参加した目的も思い出せてくるから、安心してね!」
一見爽やかそうに見える笑顔でGMは司会を続ける。
「それじゃあ、簡単な説明も終わった所で第一のゲエムを始めようと思うけど何か質問はあるかな?」
「ふざけるな、質問どころじゃねぇ!」
「勝手にこんな所に連れてきておいて、ゲームに参加しろだぁ!? いい加減にしろ!」
「そもそも何でこんな事をさせようとしている、何が目的だ!?」
質問があるか。質問だらけでしかない。周囲からも激しいブーイングやら、怒声やらが響き渡る。一体GMを名乗るこの人物は僕達に何をさせようとしている?
「もー、ただのブーイングはやめてよねー。ボクはゲエムを運営・管理するGMでしかないんだから好き勝手言われても困るんだよねー」
GMがパチンと指を鳴らす。すると集団の中にいた内の1人の男性の身体が自然と浮かび上がり始めた。
「な、なんだ!? 何で俺浮いて……」
「はい、一名様先着ごあんなーい♪」
GMが指を振るとその背後に巨大な扉のようなものが突然現れた。突如出現した扉はゆっくりと開き、その中に浮かび上がった人が吸い込まれるように動く。
「い、嫌だ! 嫌だぁああああああああああ!!」
「はーい、それじゃあチュートリアルを開始するよー! まずはこのモニターを見てね!」
GMが指を鳴らすと、一際大きいモニターが出てくる。モニターに映し出されているのは、先程扉に吸い込まれた人と薄暗い部屋だ。
『いてて……な、なんだよここは」
「はーい、聞こえてるかなー? これから始まるのはチュートリアルだよー! キミにはこのチュートリアルステージに単身で挑んで貰うから、頑張ってクリアしてねー! クリア出来たら第一ゲエムはクリア扱いになるから、はりきっていってみよー!」
『は、はぁ!? 何を言っているんだよ!?』
「文句は受け付けませーん。それにそこから動かなかったら何時まで経っても何も進展しないからさっさとそこの扉を開いてよ」
『な、なんだよそれ……理不尽すぎるだろ』
「理不尽でも何でもないよー、これはチュートリアルとして選ばれた人の特権だからさ。楽して第一ゲエムをクリア出来る可能性があるんだから、むしろラッキーだと思って欲しいな」
『く……くそっ』
モニターに映っていた男性は、これ以上文句を言っても無駄だと悟ったのか素直に立ち上がり、目の前の扉を開いた。そして扉を開いた先に広がっていたのは、RPGにありがちな遺跡のような迷宮だった。
「それじゃあ今からルールを説明するからよーく聞いてね! キミはこの迷宮を進んで無事ゴールに辿り着けばゲエムクリアだよ! ただし、道中には罠が潜んでいるから気をつけてね!」
男性は恐る恐る扉の先へと進み、ダンジョンをゆっくりと進む。一見するとファンタジー世界の遺跡のように見えるこの迷宮だが、仕掛けられている罠はかなりえげつない物だった。
『ひっひぃ!?』
男性が迷宮を進んでいた時、突然彼の目の前に天井から巨大な針が大量に降り注いで来た。幸いにも慎重に歩を進めていた為か直撃こそしていなかったが、もし普通に歩いていれば、大量の針が彼に直撃して無残な姿になっていただろう。
「おー、トラップ突破! そのままどんどん進んでみよー!」
GMは楽しそうに実況をしている。チュートリアルという名の公開処刑にしか見えない悲惨な光景に、誰もが無言で釘付けになっている。いや、されてしまっている。
現に僕も、チュートリアルが映し出されているモニターから何故か目を離す事が出来ない。まるで不思議な力で強制的に映像を見せられているかのようだ。
『はぁ、はぁ……もう嫌だ、なんで俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだよ』
モニターに映っている男性は数々のトラップを回避しながらも、精神的に限界が来ているようで大分弱気になってしまっている。
下手をすればそのまま自分の命を奪っていたトラップを何度も目の当たりにしたのだ、命の危機を感じない訳がないだろう。
「うんうん、トラップも次々避けてもうすぐゴールだ! さぁ彼は無事ゴールにまでたどり着けるのかなー?」
煽るように実況を続けるGM。だが、もうすぐゴールという言葉を聞いて希望が出てきたのか、モニターに映っていた男性が前を向いて再び進み始めた。
『も、もうすぐゴール……なら、早くゴールしてこんな地獄から開放されたい』
迷宮の曲がり角をまた一つ曲がると、奥の道にゴールと書かれた扉が男性の視界に入った。
そこからは早かった。男性がゴールを目の前に早足なって進み出す。彼が何を思って早足になってゴールへの道を急いだのかは僕にはわからない。
だけど、あの男性がその時注意を怠っていたのは僕にも分かった。彼の視界には奥にあるゴールの扉しか映っていない。そして、その付近は一見何の変哲もない道に見えるが……
『やっと、やっとゴールだ。俺は生きて帰ぶぇぎゃばっ!?』
唐突に左右から突き出た壁の一部に、彼の胴体が潰される。彼は何が起きたのかが分からないという顔で痙攣しながら自らの身体を見て……そのまま、絶望した表情を浮かべたまま動かなくなった。
「あーあ、惜しかったねー。もう少しでチュートリアルクリアだったのになー。はい、こんな感じで皆には命懸けのゲエムに挑戦してもらうよー! クリア出来なかったら勿論死、クリア出来れば晴れて次のゲエムに挑む事が出来る! そうやって、全てのゲエムをクリア出来ればどんな願いでも叶える事が出来る権利という、夢のような賞品が手に入る! 死にたくなかったら頑張ってゲエムをクリアすればいいし、ゲエムを全部クリアすれば願い事まで叶っちゃう! これってお得だよねー!」
モニターの映像が途切れ、まるで人の死をなんとも思ってないかのようにGMが告げる。ゲエムをクリア出来なければ死ぬ、という残酷な宣告は人々に大きな恐怖をもたらした。
「いや、いやぁああああああ!! 帰して、願いなんて叶わなくていいから家に帰して!!」
「ぼ、ぼくが死んだら世界の大きな損失だぞ! それが分かっているのか!?」
会場はパニックになり、逃げ惑う人まで現れる始末。しかし、目の前のGMは更に残酷な言葉を放った。
「帰れる訳ないじゃん、自分から望んで置いて途中退席なんてGMが許さないよ。ゲエムを全てクリアしなければ、ここから出る事は出来ない。脱出しようとするのは勝手だけどそれだけは言っておくよ」
途中退席は許さないと、GMは狂気とも言えるおぞましい笑顔を浮かべて言う。そして、当然の如くそのまま終わるなんて事はありえない。
そのままGMが指を鳴らし、先程の扉とは別の扉が出現して開く。そしてGMが指を振っていくと、次々と人が浮かび上がっては扉へと吸い込まれる。先程の光景をGMはチュートリアルと言っていた。なら、これから始まるのは……
「な、なんや!? 何が起きとるんや!?」
「くそっ、身体が動かねぇ!」
「嫌ネ、あんなの私嫌ヨ!」
「何あれ……篠原!!」
「くっ、皆……!」
僕達もGMによって浮かび上がらせられ、そのまま扉へと放り込まれる。意識が無くなる寸前、最後にGMの顔を見た。そこに映っていたのは、まるで僕達を見世物にしているかのような、そんな表情をしたGMだった。
「それじゃあ、まずは最初のゲエムを始めようか。最初で全滅するなんて事は、ないよね?」