hello.goodbye summer②
彼と衝撃の再開を果たしてから1週間後、私は国貴台高等学校の入学式に出席していた。
流石、日本一の音楽名門高校と謳われているだけあって、かなりすごい。入場の曲も、校歌も、鳥肌が立つ位、心動かされるものだった。私もここで、今以上にバイオリンの技術を高められると考えると、興奮と期待で胸が膨らむ一方だ。
「それでは、新入生代表と二年代表によるデュエット開催します。新入生代表、空嶺向日葵」
「はい!」
私はバイオリンを持って立ち上がる。急にコンサートで曲を弾かなくてはならなくなったという設定で組み込まれているこの項目は、毎年ランダムに選ばれた1年生と2年生が即興でデュエットをやるというものらしい。
入学式当日にそれを言われて驚いたし、相手の顔も名前も分からない。その中で全校生徒だけではなく、保護者の前で演奏となると緊張がある。だが、プロになればそれが当たり前になるし、いい腕試しにもなる。
「では、二年代表、千倉陽向さん」
「はい」
「へっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。それはそうだ。まさか、あいつとデュエットをやるとは思ってもみなかったし。それに……。
「きゃー!! 陽向様ー!!」
「カッコイイ!」
「愛してるー!」
「私が一年代表になりたーい!」
「私、陽向様に会うためにこの学校選びました!」
「なんだこの黄色い歓声は」
頭に響くような女の子の歓声。正直、耳が痛い。そんな女の子に嘘臭い笑みを浮かべながら、手を振ってるあいつもあいつでムカツクが。
「よう、また会ったなチビ」
「誰がチビだボケ」
「俺はボケてない」
「それより、その顔でそんな嘘臭い笑みを浮かべないでよ。ひゅーくんが汚れる」
「あ? 俺の勝手だろ」
「ともかく、私の前でそんな顔すんな。あと、弾く曲G線上のアリアでよろしく」
「うるせぇ女だな。了解」
これ全て小声で行ってます。こんだけ煩かったら、普通の声でも聞こえなそうだけどね。ちなみに、デュエットの曲は、新入生が選ぶことが出来る。それを二年代表が知らなかった? その時は相談で決めることになってたりする。
こいつが、彼の好きなG線上のアリアを知らないわけないし。というか、この前弾いてたしね。
「それでは、入学式恒例、1年と2年の代表によるデュエットです。お聞きください」
あいつが先行し、私は弦を滑らせた。湖水のような静寂を保った空間に響く音の波紋。それは、優しくも、繊細に心を震わせ、広がっていく。この音は、一滴の雫。一音一音奏でる度に、水に波紋を描き、大きく波立たせる。その大きさを増大させてるのが、後ろでピアノを弾いてる奴のおかげだと思いたくな……。
「え?」
演奏しながら、私は耳を疑った。音が変わった。
「まさか……!」
そうだ。この音は。
「ひゅーくん 」
目線だけ後ろに向けると、彼の緑の瞳と目が合う。そうだ。新緑の葉がそよ風に揺れるような優しい音色。木漏れ日の暖かさを纏った旋律。1日も忘れたことない。彼の音色だ。
私の音色は、良く水のようだと言われることがある。実際、自分もそう思う。すっと体に溶け込み、波紋のように広がる水の旋律。そこに、新緑の旋律である彼の音色が合わされば、もう、ここは洗礼された森の中も一緒だろう。
清らかな水はサラサラと流れ、清涼な水を豊富に含んだ草木は、生き生きと育つ。そこから生まれた酸素を豊富に含んだ空気は全ての者に安らぎを与える。
疑似とはいえ、かなりの安心感を合わさった音色は、醸し出しているはず。それを確証するように、生徒の表情が安らぎに満ちているのがステージからでも分かる。
「(それに、ひゅーくんと一緒にデュエット出来て嬉しい)」
10年越しの約束がかなった瞬間だった。この時間がいつまでも続けばいいのに。そう思わずにはいられない。
演奏が終わった。刹那、静寂、破れんばかりの拍手、喝采。この賛否を浴びている時に思う。音楽をやってて良かったと。
「おつかれ」
「あれ? ひゅーくんは?」
「あいつなら、寝てる」
「今さっき出てきてたのに?」
「ここ数年、あいつが出てこれる時間は少なくなってきてる」
「え!? それどういう事よ!」
「ほんとうるせぇか。話は後だ。とりあえず、ステージ降りるぞ」
「ちょっ!」
引っ張られるようにステージから降りると、舞台裏でも拍手をもらった。いつもなら、嬉しいけれど、あんな不穏な言葉を聞いた後だと、嬉しさも半減だ。
ステージを降りた後も引っ張られ続け、連れてこられたのは、人気のない部屋。後ろ手に部屋を閉め、ついでに鍵をかけたこいつを私は睨みつけた。
「さっきの話、どいうこと?」
「俺とあいつの話、聞いてるだろ」
「誘拐事件のことでしょ?」
「知ってるなら、話ははやい。俺は、こいつを俺から離れさせたと思ってる」
「けど、それは今まで出来なかったんでしょ?」
「いや、方法はあった。けど、俺1人じゃ出来ない」
「どういうこと?」
「デュエットなんだ」
デュエットって、つまり……。
「ある曲を一緒に弾く。それが真の音楽だったら、俺とあいつは離れらる」
「それなら、他の人に頼んででも良かったじゃない。なんで10年もほったらかしにしといたのよ」
最もな意見。なのに、大きな溜息吐かれた。むかつく。
「そんなのとうにやってる。けど、駄目なんだ。誰と弾いても俺とこいつは離れられなかった。けど、あいつの思い入れのあるお前なら、できるんじゃないかって」
「けど、なんでそんなに離れたがってるの? ひゅーくんがあんたとセットっていうのは私的には嫌だけど、ひゅーくんは嫌がってないし」
「……まぁ、色々あんだよ。それに、お前的には、離れた方が良いんだろ。お前、俺のこと気に食わねぇみたいだし」
「なっ!」
「嫉妬丸出しだもんな。あいつを好きなの見え見え」
「っ!!」
「いて! なにすんだよ!!」
「うるさい!!」
そうだよ! 私はこいつに嫉妬してたよ! 10年恋焦がれて、会いたくて会いたくてしょうがなかった彼。けど、実際再開したら、意地悪な奴に彼を取られて……。 けど、そんな醜い所なんて見られたくなくて、知られたくなくて言わなかったのに!
「なんで言うのバカ!」
「いてっ! 俺は事実をいったま……ぶっ!!」
「それ以上何も言うな!」
思わず目の前の奴の口を手で塞ぐ。掌に触れた唇が、思いのほか柔らかくてすぐに離したけど。
「なんで男なのに、こんなに唇柔らかいのよバカ!」
「バカバカ言うなチビ!」
「馬鹿に馬鹿って言って何が悪いのよ!」
「図星付かれて逆上する奴よりはマシだ」
「うるさい!」
思ったよりも血圧が上がっていたのか、体と頭が沸騰したように熱い。一目見た時から思ってたけど、私こいつのこと嫌い。彼に顔そっくりなのが余計気に食わない。
彼と話したりデュエットする度にこいつが付いてくるなら、早々に彼とこいつを引き離した方が、私にもこいつにもメリットがある。なんか知んないけど、こいつは彼と離れたがってるみたいだし。
「いいわよ。デュエットやってやる」
「初めから、そう言えば良いんだよ」
「うるさい。ただし、無事成功したら、金輪際私とひゅーくんに口出ししないでよ!!」
「そのつもりだ」
「なら、利害一致と言うことで、協力してあげる」
「ほんと、ムカツク奴だな。チビのくせに」
「チビは余計!」
「お前、150ないだろ。高校生なのに、それじゃ名前負けもいい所だな」
「背の低い向日葵だってあるもの!」
ほっんとムカツク。なんでこう、一々人の嫌な所突いてくんのかなこの人は。なのに、あの人気。顔か? 顔のせいなのか? 確かに彼そっくりの顔はカッコイイけど、性格これでモテるっていうのはいまいち分かんない。
表情に出てたのだろう。なんか、ニヤニヤされた。ムカツク。
「ちなみに俺は、学校では成績優秀、運動神経抜群、音楽センス最高。しかも、顔よし性格よしの地上最強の好青年で通ってるから」
「……」
「なんだよその沈黙」
「ひゅーくんならまだしも、あんたが地上最強の好青年とか有り得ない」
「まぁ、普段は猫被ってるからな。素は、あいつとお前にしか出した事ねぇよ」
それはそれですごいというか、なんというか。
「けど、ひゅーくんならまだしと、なんで私に猫被らなかったの? 被った方がやりやすいのに」
「……。別に、あいつの知り合いなら、猫被る必要ねぇって思っただけだよ」
「ふーん」
認めたくないけど、さすが10年のも間、彼と一緒にいるだけあるというか。なんか、見えない絆みたいなのを彼とこいつの間には感じる。……やっぱり、認めたくないけど。
けど、その信頼のお陰で私は、他の人は見れない彼の本当の姿を見ているのだろう。こいつのファンならそこで優越感みたいなものに浸るか、ドン引くかのどちらかだ。けど、私にしてみれば、会った時からこいつはこんなだし、今更好青年ぶられても気持ち悪いの感情しか浮かばない。
「なんでもいいや。私の前で、好青年モードにならなければ」
「分かったよ。それじゃ、さっそく放課後、生徒会長専用練習室に来い。例の楽譜を見せてやるから」
「はいはい。それじゃ、後でね 」
「空嶺」
「……」
初めて名前を呼ばれたせいか、思わず反応出来なかった。まさか、きちんと覚えているなんて。けど、顔は彼のせいか、苗字で呼ばれてるとかなり違和感がある。
「向日葵」
「あ?」
「向日葵って呼んで。その顔で苗字呼びは嫌だ」
「じゃあお前も俺の事名前で呼べよ」
「は?」
「陽向って」
何言ってんだこいつ。
「いやだ」
「即答かよ 」
「日向はひゅーくんの名前だし。ひなたか、ひー坊なら呼んであげる」
「やだ」
「なら、千倉」
「先輩付けろ先輩を」
「あんたに付ける先輩なんてない」
「年上敬え。……しょうがねぇな。それでいいよ」
「よろしい。それじょまた後でね千倉」
「はいはい」
さっさと教室に戻りたいと、先に部屋を出た私は知らなかった。千倉が彼も見たいことない、悲しげな表情を浮かべてた事に。