hello.goodbye summer⑪
陽葵の話を纏めるとこのような話だった。
千倉家は元々、ピアノを作る下請け工場だった。そんなところに、次男として陽葵は産まれたらしい。
類なる音楽センスで、陽葵は、あっという間に日本人最初のピアノの世界王者になった。だが、それが全てを壊してしまった。
陽葵の父親が金に目がくらんだのだ。父親は、彼を金儲けの道具にするため、あの洋館で軟禁生活をさせ、ピアノを弾くことを強いていった。
最初は、ただピアノが弾ければ良かった陽葵も、日に日に自分を道具としてしか見ない父親と、見世物小屋のような演奏に心をすり減らしていった。そのせいか、以前のような演奏が出来なくなってしまったのだ。
それを、父親は怒り、千倉程ではないとしても、暴力を受ける日々が続いた。
そんな時、陽葵は1人の少女に出会う。驚いた事に、彼女はピアニストではなく、バイオニストだったらしい。自然を愛し、自由を愛した彼女は、森の中でバイオリンを弾くことを日課にしており、たまたまあの洋館の近くで演奏していたのだ。
陽葵は、その音色に彼は魅せらた。そして、昔のようなピアノの音色を取り戻したのだ。音色で交わる事になった2人。彼等が出会い、恋人同士になるのは必然と言っても過言ではないだろう。
しかし、父親はそれをよしとは思わず、兄であり出来損ないの大爺様に当主にする代わりに、陽葵の恋人を殺せといったらしい。
当主の座欲しさに彼は洋館を訪ねて来た彼女を殺した。だが、その現場を陽葵に見られ、彼は咄嗟に彼を殺してしまったのだ。このままでは、当主の地位だけではなく、千倉家から追い出される。恐怖した大爺様は、とんでもないことをした。
それは、陽葵に罪を被せた一家心中。動機も証拠も完璧だった。そして、その奇跡の生き残りとして、彼は脚光を浴びながら、今の地位についた。
それから、妻を迎え、子も生まれた。このまま歳をとり、孫に囲まれ、死んでいく。そう大爺様は思っていただろう。
父さんーー次男の飛雅が、洋館で幽霊を見たというまでは。
それを聞いて、あの惨劇を思い出した大爺様は、あの惨劇を暴かれるのを恐れ、三兄弟に束縛に近い教育を施そうとする。だが、次男、長男が逃げ、長女は嫁に出てしまい、彼の手に残されたのは、長男の子、陽向だけだった。
陽葵の恐怖に怯える大爺様は、陽向に彼を憑かせることによって、恐怖を封じ込め、自分の手元に置こうとした。それが、あの誘拐事件の真相らしい。
「で、まんまとひゅーくんは千倉の中に入ったと」
「まんまとなんて言わないでよ。そうしなきゃ、陽向死んでたんだから」
「だとしても、あの爺の思惑通りじゃん」
どうやら、大爺様があれ程まで千倉に当たるのは、陽葵のせいだと聞いたら、余計苛立ちしか生まれてこない。あの人は、偽りだらけの自分の地位を守る為に、どれ程のものを犠牲にするつもりなのか。
「どちらにせよ。全部終わらせる」
「終わらせる……って」
「向日葵と陽向がいれば、もう全部終わるんだ」
「どう言う意味?」
陽葵は、笑った。まるで全部わかっているかのように。
「向日葵。今度のコンサートであの曲を弾いて」
「でもあれは穴が」
「君は覚えてるはずだよ。だって、あれは、僕が作ったベースに、飛雅と葵がそれぞれピアノとバイオリンでアレンジを加えて作った曲だもの。葵もお気に入りだったんだけどな」
言われて目を見開く。まさか。
「お母さんがいつも鼻歌で歌ってた曲……?」
覚えてる。あれは、私がお母さんから唯一教えてもらった歌だったから。多分、お母さんが歌っていたのは、バイオリンの方。
「そっか」
だから合わせた時に、あんなにも違和感を感じたのか。陽向が氷の中に閉じこもった偽りの音を奏でていたのも影響あるだろうけど、そもそも合ってないのだ。
「あの曲、合わせないで2人がそれぞれアレンジしたんでしょ」
「そう。正確には、合わせようと思ってたら飛雅が死んでしまったの方があってるけど」
「……」
「だからね。あれはまだ未完成なんだ。ううん。未完成のままにしてた」
「どういうこと……?」
何かあるのだろうか? 首をかしげてると、陽葵はとんでもない事を言い始めた。
「あの曲はね。完成させると不思議な魔法が使えるようになるんだ」
「魔法?」
「そう、魔法。その魔法を2人につくってもらいたい」
「え?」
「あの曲を完成させて。それで、すべて終わるから」
そう強調する陽葵に、私は思わず頷いた。こんな狂った血の争いに終止符を打ちたかったし、二人とも救いたかったから。
その魔法が、何を引き起こすのかも知らずにーー。