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友人としての在り方


「ええ、確かにギルドに酒場が併設されている理由の内の一つは冒険者の方々に疲れを癒してもらうということですよ。あなたの言う通り、記録ではそういう名目で作られました。その他にも情報の交換や、冒険者同士の交流を目的とするような内容でしたね。まあ、そんなのは表向きの理由で、本当の理由は冒険者が街中でバカなことをしないようにストレスを発散してもらうことなんですがね。仕方ないでしょう。バカどものストレス発散、と言うより冒険者のサポートうんぬん、とした方が予算が降りるんですから。大変なんですよ?他所の酒場に行かないように周りの酒場より値段を下げなきゃいけなかったり、冒険者割引きとかしてるせいで収入は微々たるものですから。しかも値段を下げたら、今度は周りの酒場から苦情が来るし。

はぁ、そういう訳で、冒険者の休息所とかいうのはただの口実なので、いつまでも薄いお茶一杯で席に染み付いてないで、さっさと依頼に行くか、とっとと帰るか、選んで下さい」



受付嬢の言った薄いお茶はとうの昔に飲みきっており、グラスの中には薄いお茶をさらに薄めていた氷が溶けて、底に水が少し残るだけとなっている。





ことの経緯はネサラがギルドの端の席に居座っていたことだった。


何をするでもなく一番安いお茶をチビチビと飲み、飲み終わってからはボンヤリと天井や冒険者を見ているだけであった。


そんなネサラが鬱陶しくなったのか、ギルドの受付嬢が自らの受付を離れてネサラに退去を要請してきた。


それに対するネサラはまったく意に返さず、からかうように受け付け嬢を相手にしていた。(暇すぎた時に話し相手が現れて何気にうれしかったみたいだ)



「ハハッ、冷てーな。いいじゃんか、別に満席っつー訳でもないんだからよ」


ネサラの言う通り、まばらにだが利用者はいるが全体的に空席の方が目立っている。


「そうですね。けど、別にそういう理由で退けと言っているんじゃありませんよ」


「ん?じゃあ退かなきゃいけない理由ってなんだよ?」


「貴方が目障りだからです」


ズバッ!


という音が聞こえそうなほど鋭く言い切った受付嬢。さしものネサラもこれには苦笑を漏らしながら、さらに理由を尋ねる。


「いやいや、目障りって。オレおたくに何もしてねーだろ?」


確かに長々と居座っていたが、それだけである。騒いだわけでも、受付嬢にちょっかいを出したわけでもない。


ネサラがそう反論すると、


「何もしないから腹立たしいんですよ。力があるのに働かないでいるのも、こっちが真面目に働いている前でダラダラとしているのも」




仕事柄、彼女は冒険者と接する機会が多い。いくらこの街の冒険者が無駄にタフでも、怪我人が出ないわけでは無い。他所よりは少ないが、死人が出ることも当然ある。

そして、彼女は冷たい態度をよくとるが非情というわけではない。むしろ根は優しい方だ。だからこそ、実力のあるネサラが依頼に行かずにダラダラしているのが気に触るのだろう。


自分が冒険者の後始末やら何やらをしている前でダラダラしているのがムカついた、というのもあるだろうが。



プライベートで関わりがあるわけではないが、大抵依頼を受ける時は目の前にいる受け付け嬢に頼んでいる。そこそこ長い付き合いだ、ある程度は互いのことを分かっている。

だからネサラは、彼女が他の冒険者が傷つくのを本当に案じているのも、自分が働いている目の前でダラけているのに本気でムカついているのも分かった。



そんな受け付け嬢のことを らしいな、と思いながらもネサラは言い返す。


「ったく、大怪我したり死んだりするのは、大抵調子に乗って分不相応な依頼を受けたヤツらだろ。何でそんなヤツらの為にオレが危険な目に遭わなきゃいけねーんだよ」


「貴方ならいくら死にそうな目に遭っても生き延びられるでしょう。皆さん言ってますよゴキブリ以上の生命力だと」


「誰がゴキブリだ‼︎止めろよな、地味にそれ定着してきてんだからよ」


最近、ギルドを中心に地味に広まってきている自分を表す例えに頭を悩ますネサラ。


「仕方ないんじゃないですか?私も合っていると思いますよ」


にこりともしないで言う受け付け嬢。会話を盛り上げる為に言う冗談ではなく、本当にそう思っているかのように言う。


目の前の女が本気で自分のことをゴキブリと例えることに疑問を感じていないことを察し、思わず頭痛を感じるネサラ。


「おたくもかよ。ちくしょーが、テメェの所為だぞ、どーしてくれんだ



アトリア」


「あははは。いやいや、確かに最初に言い出したのは僕だけどさ、馴染んでいるということは皆んなそう思っていた、ということだろ?」


ネサラが唐突に名前を告げると、ネサラ達の背後から明るく若い男の声がそれに応えた。





「アトリアさんですか、どうもこんにちは」


「やあ、こんにちは。久しぶり」


ネサラと受け付け嬢にアトリアと呼ばれた銀色の髪を短く切り揃えた爽やかなイケメンが、受け付け嬢と挨拶を交わす。



そんなアトリアをネサラは横目で見ながら文句をつける。


「ちっ、何が「皆んなそう思っていた」だ、お前やメルティアが広めたからだろ。このエセ紳士」


「たとえエセでも、紳士な分君のゴキブリよりはマシだね。それにしてもなんだい、久しぶりに会ったというのに挨拶も無しか?」



そう笑いながら言うアトリアに、ネサラも笑みを浮かべながら向き合い、口を開く。


なんやかんや言い合っているが、アトリアが受け付け嬢に言った通り久々に顔を合わせたのだ、会えて嬉しいのだろう。






「ハッ、久しぶりだな。エセ紳士のキチガイ剣士」


「久しぶりだね。ゴミクズのゴキブリ野郎」



感動の再会、なんて素晴らしいものなど無かった。罵り合いの挨拶が交わされただけであった。



「テメェ!!何で、ゴミクズが追加されてんだよ!!」


「ふん、先に増やしたのは君の方だろう」


「オレのはいいだろ!エセ紳士とゴキブリじゃあ全然釣り合ってねぇんだから!!」


「それでも一個は一個だね!考え無しにエセ紳士を選んだ君の落ち度だ!」


「こんな場面を想定していちいちセリフを吐けるかぁボケ!!」


「ハッ、自分の思慮不足を認めたな。つまりゴキブリを選んだ僕の勝ちだね!!」


「どんだけ無駄なことで勝ち誇ってやがんだテメェは!!」





「はぁ、本当に騒がしい人達ですね。この人達は」


何だかんだ言いつつも、やはり久しぶりに会えたのは喜んでいるのだろう。ギャアギャアと言い争っているが、はたから見たら楽しんでいるように見える。


少なくとも受け付け嬢にはそのように見えた。



まあ、このままにしておくと煩いので止めるが。



「お二人とも、そろそろ静かにして下さい。それと、ちょうどいいのでアトリアさん。そこのゴキブリを連れて依頼に行ってくれますか?」


「そこのゴキブリ!?」


「ああ、うるさくしてすいません。良いですよ。じゃあ、何か日帰りで行ける依頼をお願いします」


「おい!何さり気なくゴキブリで通してやがんだ!」


「分かりました。では、何件か持って来るので選んで下さい」


「何も分かってねーよ!流すな!人の話を聞けよお前等!」



「「人じゃなくてゴキブリだろ/でしょう」」


「都合の良い耳だなぁオイ!!?」



ゴキブリの叫び声がギルド内に響いた。










その後、受け付け嬢が持って来た依頼の中からアトリアはモンクモンキーの討伐を選んで、不貞腐れているネサラを連れて森の中へと向かった。



依頼の魔物を探すことはアトリアに丸投げして、ネサラはその後ろからダラダラと歩いている。



「そーいやぁ、今回は長かったな。何かあったのか?」


幸か不幸か森に入ってからはまだ目的以外の魔物には出くわさないで済んでいる。


そんな中、先を歩くアトリアにネサラが尋ねた。



「ん?ああ、少し実家の方でゴタゴタしてたんだ。溜まった仕事が済んで、ようやくコッチに戻ってこれると思った矢先に厄介な客が来たんだ。まあ、僕のやる事はもう無いし、後は父さん達がどうにかするだろうから特に問題は無いよ」


「はーん、そっか。まっ大したことじゃないなら良かったじゃねぇか」



ネサラから切り出したことだが、実際にはさして興味があったわけでも無い。 単に目的の魔物どころか他の魔物にも出くわさなく暇だったから話題の一つとして聞いてみただけである。










アトリアはおそらく貴族だ。


それもかなり上位の。



中身は紛れもなく、救いようの無いキチガイのバトルマニアだが、普段の何気ない会話や仕草からなんとなく分かることもある。


アトリアとはこの街で数年前に知り合った。なんでか知らないが意外に馬が合って、今ここに居ないケルイスと一緒に良く飲んだり、今回みたいに依頼に行ったりする。


この街で出会ったが、アトリアはこの街の住人じゃあない。2、3ヶ月に一回家に戻る。んでもって、1ヶ月後ぐらいに帰ってくる。


それが今回はその期間がいつもより長かった。

そのまま戻って来ない可能性も十分あると思っていた。高位の貴族だと色々と厄介なしがらみ等があるだろうからだ。



(いや、護衛も連れずにこんな下々の中に紛れてるのを見るとそうとも言いづらいか)



ほんとにコイツは何者なんだろーな。


目の前を歩くアトリアを見ながら、ネサラはそんなことを考えそうになる。



しかし、


(っと、危ない危ない)


考え出しそうになりかけたところで打ち切る。



アトリアが自身のことについて隠しているように、ネサラにも隠していることがある。昨日メルティアに聞かれそうになったことに関係するものだ。


そしてそれは、もう一人のケルイスも同様だろう。


三人ともそれぞれが隠しごとをしている。そして、それに三人とも気付いている。気付いてはいるが、それを明かそうとも暴こうとも思わない。

暗黙の了解のような感じで触れずにいる。


別に、何としてでも隠そう、という気は無い。おそらく、聞いたら二人共答えてくれるだろう。自分が聞かれたら答えるように。


それでも聞こうとしないのは今更、という感じだし、なんとなく今の関係が心地良いからだろう。



隠しごとをしているからといって、友人じゃないわけではない。



むしろ、どうしてなんでもかんでも打ち明けなくてはいけないんだ、と思う。 気持ち悪いとさえ思う。


隠しごとをしてようがどうでもいい。一緒にいて楽しけりゃ一緒にいればいい、困ってそうなら程々に手伝って後で奢らせればいい、友人関係なんてそんなもんでいいと思う。




とにかく、そんなわけで聞かれたら答える程度の秘密だが自分からは言わないし、相手のを聞こうとも思わない。





たとえ、それでどんな結末を迎えようとも。








「割とマジな話なんだよなー」


自らの秘めごとを思い浮かべながら、前を歩くアトリアに聞こえない程度の音量でネサラはそう呟く。


自分の抱えている秘密とアトリア達の秘密がどこかでかち合って、結果として敵対することになるかもしれない。


それくらいには厄介な内容ではある。



そして、仮に敵対することになった時、おそらく彼らは殺し合うことになるだろう。



その場合、彼らは一切躊躇することはないだろう。




(特にコイツは、喜んで斬りかかってくるんだろうな)


簡単にその場面を想像することが出来る。


はたから見たら何の問題もなく見えるが、コイツはキチガイだ。コイツ自身も認めている。



他のやつらから問題なく見えるのはコイツがこちらの常識を知っていて、その常識に合わせて振る舞っているからだ。


コイツはこちらの常識で生きていない。狂った狂人の常識で生きている。本当にオレ達を斬りたくなったら斬るだろう。



( まぁでも、合わせてるっつーことは離れたくないってことかね)


そんな風に捉えることもできるだろう。そうネサラは思ったりした。




「ん?何か言ったかい?」


前を歩いていたアトリアが振り向く。


「ああ、ケルイスの奴はどうしてんのかな、ってな」


さらっと嘘をつくネサラ。


昨日のメルティアの時の反省を生かし、割と上手く言えたと自分でも思う。


「あいつも戻ってないのかい?」


「ああ。お前が出て行ってから一回戻って来たんだけどな。まあ、今回はそんなに遅くならないって言ってたぜ」


ケルイスもアトリアと同じくこの街に住んでいない。

アトリアのように決まった期間いなくなるのではなく、不規則にいなくなる。ある日突然いなくなったと思ったら、数ヶ月後に帰ってくることもあった。


まぁ、本人がどこか抜けているヤツなので理由は特に無いと思うが。



「ふーん、そうなんだ」


何か気になるところがあったのか、少し考える素振りをアトリアは見せる。




けれど、直ぐに考えるのを辞めたのか、気を抜いたように顔の力を抜いた。



「それより、ネサラ。足跡があった。もう少しで出くわすぞ」


「おっ、そうか。やっとか。どうする?半々で分けるか?」


「そうだね。モンクモンキーは久々だしできれば全部貰いたいところなんだけど、それじゃあネサラに悪いか」


「まあな。何の為にわざわざこんなとこに出向いたんだっつー話しだ」


せっかく、暫くは楽できるはずだったっつーのに、未練たらしくそう愚痴るネサラ。



「あははは、そうだったんだ。ざまぁみろ。よし、それじゃあ行こうか」


「・・・・・・後ろは任せろ。クソ猿なんかに殺させねぇよ」


アトリアの首筋に目をやりながらネサラがそう言った。




・・・・・・決別の時は案外早そうだ。


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