戦闘回
グラーヴを出て少し離れたところに平原がある。雲は出ておらず、心地よい風が草を撫でるように吹いている。
ギルドを出たネサラは、そこで依頼のワイルドボアを探していた。
途中に何度か別の魔物に出くわしそうになったが戦うのを面倒くさがったネサラは気配を消しながら徹底的に避けていた。
探し始めてから2時間程だろうか、200メートル程離れたところに大きな影が2つ見えてきた。
「おっ、いたな」
そこで、ネサラは消していた気配を少し漏らし出す。
すると、直ぐにネサラが漏らした気配に感づいたのか、ワイルドボア達がネサラの方を振り向く。
まず最初に動き出したのはワイルドボア達の方だった。
ネサラに気づくやいなや直ぐさま身体強化を行う。
ボウッ、とワイルドボアの体を魔力光が覆う。
そして、二頭のワイルドボアは左右に分かれネサラに接近する。
(やっぱり妙だな)
対するネサラは身体強化を同じく自分に施すが、その場から動かない。
ネサラが頭の中で疑問を抱いている内に、200メートルの距離を瞬く間にワイルドボアは詰めていた。
ワイルドボアがネサラを知覚してからおよそ3〜4秒程である。
完全な左右からではなく、勢いを殺さないようネサラの左斜め前と右斜め前から突っ込んでくるワイルドボア達。
また、同時にではなくタイミングをズラすように一歩遅れてから右手のワイルドボアが突っ込んで来る。
ネサラは左から来るワイルドボアをギリギリのタイミングで避け、素早く体を捻り右から迫るワイルドボアに向き合う。
そして左足に魔力を集め、ワイルドボアの頭の高さまで飛び右足でワイルドボアの頭を踏みしめながら跳び越える。
しかし、ワイルドボアの突進の勢いにより激しく錐揉み状に回転する。
回転しながらもネサラは思考する。
(見たところ魔力が低い訳じゃない、戦闘開始の速さも上々、コンビネーションも悪くない。じゃあ、怪我をしている?いや、目立った外傷は無い。)
トンッ、と地面にネサラが着地する。
「はぁ、まあいいか。取り敢えず終わらせてからだな」
ワイルドボアはすでに走り抜け、ネサラを挟むようにして様子を見ている。
ワイルドボア達に注意を払いつつ、ネサラは愛用の短剣を抜く。
片刃で刀身が50cm程の青色に装飾が施された短剣である。
「おら、かかって来いよ」
ネサラのその言葉に反応してか、ワイルドボア達がネサラに襲い掛かる。
しかし、見透かしたようにネサラはワイルドボアが襲い掛かるのと同時に、前方に体を投げ出す。
ネサラのいきなりの動きに慌てず、ワイルドボア達はすぐに狙いを修正する。
が、巨体のワイルドボアそれも突っ込もうとした矢先である。4本の足が踏ん張るために地に着き、動きが一瞬止まる。
その隙を見逃さず、すぐさまネサラが反転し右手のワイルドボアに襲い掛かる。
体を左右に揺らして狙いを誤魔化し、
「シッ」
「グボォッ!」
ワイルドボアの左前足の腱を斬りつけ、そのまま左側に回り込む。
斬りつけられたワイルドボアが膝をつく。
「ボォーオォォー‼︎」
その横を抜けてもう片方のワイルドボアが迫る。
しかし、
「ボッ⁉︎」
そこにはネサラの姿は無かった。
「ボオッボッ‼︎」
こっちだ‼︎
そう言ったのだろうか、膝をついたワイルドボアが叫ぶ。
ネサラはそのワイルドボアの正面にいた。
奥にいたワイルドボアが回り込んできた方の逆側からネサラは抜け出していた。
危機を感じたのだろう。叫ぶと同時に、ありったけの魔力を使い、全力で身体強化を己に施すワイルドボア。
そして、無事な残りの3本の足で飛び掛かり、ネサラに至近距離から突進を食らわせようとする。
それに対しネサラは、ワイルドボアの突進を見切り、直撃ルートから身をズラしてカウンターでワイルドボアの首筋に強化を施した短剣を突き刺す。
しかし、全力の身体強化によりそれ程深くは刺さらなかった。
ワイルドボアの突進の勢いは止まらず、短剣が刺さったままネサラの脇を抜けて行く。
ネサラは刺さった短剣を離し、離した手を短剣に向けて、
「"痺れろ"」
ネサラがそう呟くと同時に魔法が発動し、電撃が短剣目掛けて迸る。
そして、短剣を伝い電撃が瞬時にワイルドボアの体内を駆け抜け焼きつける。
「ボォッ!グボッガガァ、ア」
そのまま生き絶えるワイルドボア。
「まず1頭」
「グボオォッォォォーー!!!」
片割れを殺されたことを察したのだろう。怒り狂い、叫び声を上げながら無手のネサラに襲い掛かる。
だが、ネサラの方が早かった。ネサラは片腕を上げてワイルドボアの口内に狙いを定め、瞬時に魔力を練り上げる。
そして、
「"フォスドリー"」
そう唱えると、ネサラの手から光線が放たれ、ワイルドボアの口内から首後ろまで貫き、抜けていく。
ドシンッ!と、音を立てワイルドボアの巨体が草原に落ち、傷口から血が流れ出す。
「いくら皮膚が魔力を通しにくくても体内や、口の中から突っ込んだら関係無いわな」
そう言い、傷一つ無くあっさりとB級パーティー相当の魔物を倒したネサラだった。
「おし、これで依頼は完了だな。後は何でこいつらがこんな所に出て来たかだが、、、、、、まぁソレはギルドの仕事だな、うん。仕事大好きなあいつらの仕事を取っちまうのは悪りーしな。ハハハッ」
戦闘中から気になっていた事だが、面倒になり、ネサラはギルドの職員達が聞いたら鬼の形相で怒り出すことをほざきながら考えるのを止めた。
「んじゃ、帰るとすっか。朝飯代を払っても充分お釣りが来るどころか、1週間位なら働かなくても平気だろ」
そう言って、上機嫌で帰り始めるネサラ。
ちなみに、このワイルドボアの皮を剥いだらもう1週間程働かなくても済む位の値で買い取って貰える。
しかし、そんなことはネサラも承知している。だが、この巨体のワイルドボアから皮を剥ぐのはかなりの重労働で、ネサラはやる気にならなかったのだ。
後の楽より目先の楽を選ぶ、それがネサラである。