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ビーフシチュー旨い

メルティアの口角は上がったままだ。それは、まるで死神の鎌のようでもある。見る者を不吉にさせる笑みだ。


ネサラは、自分が今回はこの笑みの対象にならずに済んだことに心の底から安堵した。


「「今度は何を企んだ」って、ヒドイなぁー。ゲイルさんらしくもない。ボク、ゲイルさんに嫌われる様なことしたっけ?」


おぞましい笑顔とは裏腹に、発する言葉は先程までと同じように明るく、まるで親しみさえ持っているかのような声音だった。


しかし、メルティアの本質は今浮かべている笑顔の方である。


こうしている今も、この小さな頭の中でネサラではとても及ばない速度と量をもってドス黒い策略が練り続けられているに違いない。


だが、ゲイルはそれに取り合わない。


瞬間、滝に打たれたかのように重圧がのし掛かる。視界がブレ、吸い込む空気が鉛のようになり、脳内の危険信号がガンガン鳴り響く。


「これは話し合いじゃない。メルティア、俺はお前を決して侮らない。駆け引きにも取り引きにも応じない。俺程度では少し話しをするだけでも何をされるか分からないからな。俺が詰問するだけだ。この形を変えはしない」


自身の交渉事での力量とメルティアの力量を正しく理解しているからこそ、ゲイルはメルティアとの会話を拒絶する。


一方的に発せられる言葉の一つ一つが、断頭台の刃のような重みを持って降ってくる。


「本来、俺がお前のような奴を相手取る場合は、最低でも殴り潰してからでないといけない。今回俺がそうしないのは、今までお前が最終的にはこの街とこの街の善良な人々に害を与えて終わらないようにしていて、そのやり方で領主達も許容しているからだ」


重圧はネサラ達のテーブルにだけ掛けられているのか、他のテーブルや厨房に異変は無い。


「答えろ。メルティア。お前の悪事を、毎度の事として放っておくつもりは無いぞ」








おかしな光景を見ている。


殺し合いならば間違いなくゲイルが勝つ。それは、メルティアが全力を尽くしてどのような魔法を駆使しても変えられない結末だろう。メルティアに限らず、大陸、いや世界中の殆ど全ての存在に当て嵌まることだ。


しかし、そんな実際の力量差とは真逆の光景が目の前に広げられている気がする。


依然として、ゲイルの発する重圧は同じテーブルの3人を苦しめている。そんな重圧の中でネサラが抱いた感想は真逆のものだった。


ネサラには、ゲイルの方こそが追い詰められてらいるように思えた。


別にゲイルが震えているわけでも、恐怖の色を見せているわけでもない。遠目から見たら、ゲイルが対面の少女を威圧で圧倒しているように見えるだろう。


それでも、2人を知っているネサラには、メルティアをよく知っているネサラには、ゲイルが押されているように見えてしまい、そのまま飲み込まれてしまいそうに感じる。


しかし、


(どうすんだ?今回はお小言じゃ済まなさそうだぞ)


ネサラがどう感じようとも、力量的ではメルティアの方が劣るのは事実。

ゲイルが嘘や駆け引きを使うような人間でないことはネサラもメルティアも理解している。ゲイルが自身で言ったように、言いくるめられそうに感じたら「話し合い」を打ち切り、彼は即座に実力行使に移るだろう。


いつになく真剣な空気の中、プレッシャーを直に受けているメルティアをネサラが見やる。




「やめよう」


余りにも場違いな、軽い一言が出た。


「は?」


思わず声が出たのはネサラだった。しかし意表を突かれたのはゲイルとアトリアも同じようで、眉間にしわを寄せ訝しんでいる。


対象的に、困惑させる発言をした側のメルティアは指を組んで天井に伸びをし出して、傍目からも気を抜いたのが分かる。


「んーんっ、ふぅ。ゲイルさんも本腰じゃ無いでしょ?ゲイルさんが自分で言ったように柄じゃ無いよ、こういうの」


 ゲイルのプレッシャーはやはり相当キツかったのか、肩をほぐしながらそう言う。しかし、口から出て来る言葉は先程の緊張感など無かったかのように軽いものとなっている。


「本気であっても本腰じゃあ無い。ボクのオイタをどうにかしたいのは本気で、だからさっきまでのやり取りも脅しじゃ無い。けど、本腰を入れるんだったらこんな場所で言い出すべきじゃ無いし、ゲイルさんがやる役目じゃない。ゲイルさんこういうの向いてないんだから。大方、領主サマとボスさんの2人は泳がせることに決めたんでしょ?それでもゲイルさんは納得し切れなかった。そんでもって、偶然言い出すタイミングを得たから今言い出した。タイムリミットが短いのは領主サマ達と、もしかしたらボクを思いやってくれたからかな?」


「さてな」


「タイムリミット?」


 ネサラがメルティアの発言を繰り返すのと同時に、ゲイルからのプレッシャーが掻き消え、その答えがやってきた。


「人のことを都合よく勝手に使うんじゃあないよ。まったく」


「あ、おばちゃん」


やって来たのは料理を運んできたおばちゃんであった。


「詳しいことは知らないけどね、自分から仕掛けておいて上手くいかなかったんだ。アンタの負けだよボウヤ」


ボウヤ。

このゲイルをボウヤ呼び。


ネサラやメルティア達のことは名前で呼ぶのに、何故かおばちゃんはゲイルのことは名前ではなくボウヤと呼ぶ。


いつも通りに凄まじい違和感を覚えるが、何故か当の本人であるゲイルは受け入れている。


「分かりました。騒がしくしてしまい申し訳ありません。お前達も巻き込んで悪かった」


そう言って、ゲイルはすんなりと引き下がった上、おばちゃんだけでなくネサラ達にも謝った。


「だが、言うまでも無いことだが許容したわけでは無い。さっきのが本心であることもな」


「分かってますよー。大丈夫、大丈夫。悪事を働こうってわけじゃ無いですので」


ニコニコとしながら、何かをやらかす事はサラリと宣言をする。


そんなメルティアを苦々しく思いながらも、ネサラは黙って流す。

どうせ何を言っても止めはしないのだから。だったら、無駄な労力を使いたくは無い。剣呑な空気も晴れたのだし、料理も来た。


仕事で疲れ、メッチャ強い人のプレッシャーを受け、少し先の未来では隣りの奴が企画した厄介ごとに苦しめられる。


ならばこそ、今は目の前の食事に癒されたい。

ああ、奮発してビーフシチューを頼んで良かった。自分のチョイスに感動しながら、ネサラはスプーンを取った。

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