荒廃した鳳町?
上昇するバスの中、生徒たちのパニックはますます激しくなった。
1番冷静でいなければならないはずの担任の先生ですら、今は悲鳴を上げ、ただ振り落とされないように座席にしがみつくことしかできず、気持ちの悪い気圧の変化が生徒たちを襲う。
空に舞い上げられたバスの車窓から神酒が外を見た時、彼女はあることに気が付いた。
雲のようにあたりに立ち込める白い気体。
おそらく霧のようなものなのだろうが、その間から小さな町が見えたのだ。
「・・・・・鳳町?」
そう、それは確かに鳳町だった。だがなんと言えばいいのだろう。
普段彼女たちが当たり前のように目にしている町並みは、すっかりとその人の活気を失っているように見えたのである。
まるで人に捨てられた街・ゴーストタウン。
崩れた家々、陥没した道路、立ち並ぶ廃墟の数々・・・・・・。
鳳町の面影は確かにある。しかし、その雰囲気が前とは全く違っていて、そのどれもがひどく荒れ果て、神酒が親しんだあの落ち着いた町並みの様相は、どこにもなかったのだ。
しかし、その光景が異様なことは異様だったのだが、今はそんなことにかまってはいられる状況ではない。
神酒も他の生徒同様に座席にしがみつき、振り落とされないようにするだけ。
それだけで精一杯だったのである。
その時だった。男子生徒の一人が、神酒たちが座る座席のすぐ横にある非常用の脱出口の扉に手をかけた。
「やめろ!何するんだよ!?」
瞬が叫んだ。
「逃げるんだよ!早く逃げないと化け物に食われるだろ!?」
瞬が自分の席を乗り越え、その男子生徒の行動を制止しようとした。
「何言ってるんだよ!こんなところから飛び降りたら・・・」
「食われるよりマシだ!」
男子生徒が非常口のフックを外した。
「バカ!やめろ!!」
ふいにバスが大きくガクンと揺れた、その勢いで男子生徒は通路側にはじき飛ばされた。
だがその時、予想しなかった出来事が起きてしまった。
「きゃああぁぁ!!」
フックが外れて開いてしまった非常口。そこに、バスの突然の揺れにバランスを崩した七海が吸い込まれてしまったのだ。
「ナミ!!」
神酒と絵里子が七海の腕をつかむ。しかし気流の流れが激しく、女の子の力ではバスの中に引きこむことができない。
それどころか空気の流れはかなり激しく、神酒たちまでもが外に押し出されそうになる。
「ミキちゃん!こらえて!!」
離れそうになった神酒と七海の手を、瞬が飛び込んでいってつなぎとめた。
「がんばれ!!・・・・ナミ・・・!」
七海の体は、もう完全にバスの外に飛び出していた。
瞬も体の半分以上が外に飛び出していて、バスの座席の握り手を必死につかみ、外に振り落とされないようにふんばる。神酒と絵里子は、そんな瞬の座席をつかむ手を必死ににぎり、なんとか2人を引きこもうと力を込めた!
ビヤーキーが急降下を始めた。
生徒たちの体が、バスの中で激しく舞い上がる。
ダメだな・・・・。
瞬は思った。
このままだとナミちゃんだけじゃない。
ミキちゃんとリコちゃんまで落ちてしまう・・・。
しかし瞬がそう思った瞬間、鳳教会の茂みが瞬の視界に入った。
教会のロバート神父が育てていた庭園?比較的柔らかめの草花が多くあったはず。
今はたいした高さじゃない!
もしかしたらあそこに落ちることができれば!
瞬は右手で七海を。左手でバスの握り手をつかんでいる。
瞬は覚悟を決めて手を離した・・・。
だが、離したその手は七海をつかむ右手ではなく、握り手をつかんでいた左手のほうだった。
ふいに消え去る全ての雑音。
静けさの中、神酒の悲鳴があたりに響きわたった。
「シュン!!」
白い霧の立ち込める中。
その霧の合い間に、吸い込まれるように瞬と七海は消えていった・・・。
☆
『シュン。君のことは、盟約に従い助けることができる。でもその女の子は・・・・君が守ってあげて』
・・・クラウス君?
☆
その直後だった。
神酒たちの耳に、空気を切り裂くようなかん高い音が響いた。それはよく高速で飛行する航空機が発するあの音で、バスを抱えて飛び続けるビヤーキーに向かって高速で近づく機影が見える。
「飛行機!?」
そう。それは神酒がつぶやいたとおり、2機の飛行戦闘機がビヤーキの横を、激しい爆音とともに通り過ぎていったのだ。
比較的流線型で、尾翼が4つに別れた自衛隊のステルス戦闘機・F22ラプター。
もちろん神酒が戦闘機について詳しいわけでもないのだが、とにかく2機の戦闘機がビヤーキーの横を通り過ぎ、大きく旋回すると、羽ばたく大きな怪物のはるか後方にピタリとはりついて追跡を始めたのだ。
ラプターがビヤーキーへの攻撃態勢に入る。
戦闘機のパイロットは、ビヤーキーの持つバスに人がいることに気付いてはいない。
だがその時、神酒たちにさらなる危険が迫った。
追跡されたことに気付いたビヤーキーがラプターの脅威から逃れようと、さらにスピードを上げるために、鉤ツメをバスから外したのだ。
落ちていくバス。
神酒も絵里子も、そして他の生徒たちや深雪先生も、今回ばかりはさすがに助かるとは思ってはいなかった。
だが最後の最後に、幸運の女神は小さな奇跡を彼らに与えた。
神酒が見た荒廃した鳳町。
あれは、その特性により空間を移動するビヤーキーが見せた未来の世界だった。しかしビヤーキーが自分の意思でバスを手放したことにより、神酒たちは元の世界の元の場所に戻ることができたのである。
もちろんバスは強く地面にたたきつけられ、死者こそ出なかったものの、多くのケガ人が出た。神酒は足を骨折し、そのまま病院へ。絵里子もまた全身に打撲を負い、一時は意識不明の重態となってしまったのである。
しかし、もっと大きな代償を背負った者。それは、瞬と七海の2人だった。
自分の意思によりバスを離れてしまった瞬と七海は、あの荒廃した鳳町に取り残されたまま、生死の状態も判らず、そのまま行方不明という事態に陥ってしまったのだった。