虫の報せ
次の日
早朝6:00にすでに七海は学校に行ってしまったため、その日は詩織が一人で家から学校に向かった。
途中でいつものように真夢と一緒になったが、やはり朝から七海の姿を見れないままだったせいか、どうも詩織は調子が出ない様子だった。
「シオリちゃん。昨日七海さん、マムのこと怒ってなかった?」
「へ?なんで?」
「だって・・・、なんだか変なこと七海さんに言っちゃったような気がするから・・・」
詩織も昨日のことを思い出した。
詩織が七海を見た時に生まれた突然の不安。
まるで七海が、どこか遠くに行ってしまうな不思議な錯覚。
あの感覚は、単なる気のせいと言えばそれまでなのだが、詩織も真夢も、まだなんとなくその不安がぬぐいきれていないような気は残っていた。
「別に怒ってなんかいなかったよ。多分マムには感謝してると思うのだ」
「どうして?」
「あたしにも言ったもん。『心配してくれてありがとう』ってさ」
「そっか・・・・」
しかし、それでも籠目小学校ではいつもの1日が始まる。
2人のクラスの担任の先生は、名前を美里千佳という。
若くて元気で活発な先生で、みんなからはチチカ先生と呼ばれて親しまれている。
千佳先生の朝のあいさつから始まる学校での一日。
詩織も真夢も、千佳先生の「おはようございます!」という元気な言葉を聞いてから、最初に彼女たちの頭の中にあった小さな不安は急に小さくなっていた。
授業が始まり、勉強に集中したり、友だちと話をしたりあそんだりしているうち、いつしか詩織も真夢も、昨日のことはすっかり忘れて学校生活に溶け込み、普段と同じ楽しい時間を送っていたのである。
2時間目後の休み時間は、2人にとって、なかなかのステキなあそびの時間だ。
クラスの友人、男の子も女の子も混じって、教室を走り回ったり、体育館でボールであそんだり、おしゃべりをしたり。
「マム。スポ少に入りたいって本当なのか?」
「マムは陸上好きになりたいけど、あんまり足が速くないからな・・・」
「どうして?」
「エヘヘ・・・、ないしょ!」
「あ、わかった。ミイちゃんが陸上やってるからだ!」
「なんですぐわかるの?」
「バレバレなのだ」
ところが、詩織たちのクラスが4時間目の体育を体育館で行っている時だった。
授業の最中には珍しく、校内放送が流れた。
「各クラスの先生方、至急職員室までお集まりください。繰り返します・・・」
「あら。授業中に呼び出したりして、何かあったのかしら?」
担任の千佳先生が、意外な表情をしてスピーカーのほうを振り向いた。
鉄棒の授業を受けていた詩織たちが千佳先生の周りに集まる。
「どうするの?チチカ先生」
「しょうがないなぁ。それじゃ、先生が戻るまでドッジボールでもしててちょうだい。審判は日直さんが交代でお願いね。」
そう言うと、千佳先生は体育館から出ていってしまった。
しかし、それから約20分後。再び千佳先生は、職員室から体育館に戻ってきたが、さっき出て行った時とは様子が一変していた。先ほどとは違って、とても厳しい表情をしていたのである。
戻ってすぐに詩織の前に来ると、彼女にこう伝えたのだ。
「詩織さん。今すぐ教室に戻って帰る支度をしなさい。お家でお母さんとお父さんが待っているから、寄り道しないで真っ直ぐお家に帰るのよ」
千佳先生のただならぬ雰囲気。詩織はすぐにピンとくるものがあった。
急によみがえったあの不安。
「先生!もしかしたらナッちゃんに何かあったの?」
「ゴメン。ここでは詳しいことは言えないの。詳しいことは、全部詩織さんのご両親が知っているから、とにかく急いで!」
ぽかんとしながら詩織と千佳先生を見つめる生徒たち。だが詩織が真夢を見ると、彼女だけは何かしら気付いた様子で、心配そうに詩織のほうを見ていた。
詩織は急いで教室に戻ると、ランドセルに教科書を放り込み、自宅に向かって駆け出した。
昨日突然浮かび上がったあの不安が、まるで雲のようにむくむくと膨れ上がる。
「ナッちゃん!ナッちゃん!!」
詩織は走った。疲れたなどとは言っていられない。
とにかく詩織は心配で、あのイヤな予感が外れてほしいと、今は心の底から願っていた。
しかし、詩織が帰宅して最初に両親に聞いた言葉。それは、彼女にはどうしても当たってほしくなかった予感の的中を報せる言葉だった。
「シオリ!ナミの乗ったバスが事故に遭ったの!早く車に乗って。急いで現場に行くから!!」