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帰還

 詩織たちがたどり着いた元の現代世界。

 そこは真夢の家ではなく、彼女の家から少し離れた鳳町の公園だった。

 時間にして、彼女たちが未来世界へ旅立った時間から約5分後。

 しかしその短い時間の間に、状況は大きく変化していたのである。


 瞬に抱きかかえられていた七海は、再び体調に変化をきたし、今は瞬の腕の中で苦しそうに息をしていた。

 一刻の猶予もならない。

 早く病院に連れていかないと、彼女の命が危ない。


 そしてティム。

 殺傷能力の低い小銃とはいえ、小さな体のティムには大きな脅威である。

 ティムはまだ死んでこそいなかったものの、命の灯火が消えかかっているのは、誰の目にも明らかだった。


「とにかく早く病院へ!」

 詩織たちが行動を起こそうとした時だった。

 瞬が、彼らの下へ近づいてくる人影を見つけた。

 それは夜の公園の中を、静かに、しかし駆け足で近づいてくる。


 やがて公園の側の街灯が照らす中、やがてそこに、その人物の顔がはっきりと浮かび上がった。そしてその人物と目が合った瞬が、安堵の表情を見せたのである。


「・・・神酒ちゃん・・・」


 そう、そこに現れた人物は神酒だったのである。

 そこに神酒が現れたことに気付いた詩織は、意外な想いで彼女の顔を見た。

 確か神酒は重傷で入院をしていたはず。

 ところがここに現れた彼女は、どこにもキズや骨折の跡はなく、詩織や真夢がよく知っている、元気でキレイな姿のままの神酒だったのである。


 瞬が早口で状況を神酒に伝えると、彼女は自分の左手を優しく七海の胸の上においた。

 ふいに淡く輝き始める神酒に左手。

 すると不思議なことに、急に七海の呼吸が楽な様子に変わり、体のあちこちに見えた痣が消え、見るからに健康そうな状態へと変化していったのである。


「ナミ。大丈夫?」

 すっかり顔に赤みが差した七海が、神酒に静かに応えた。

「ありがとう、ミキ。心配かけちゃったね・・・」

「ホントだよ、ナミ。心配で心配でたまらなかったんだから」

 神酒は1度優しく七海を抱きしめると、今度は詩織の傍へと歩み寄った。


「ミイちゃん!ティムが・・・・・、ティムを助けて!」

 涙で懇願する詩織と真夢。

 そんな2人を見た神酒は優しくうなずくと、七海の時と同じように、ティムの傷口に彼女の左手を押し当てた。

 再び神酒の左手が、淡く輝き始める。


 彼女の不思議な行為を横で見ていた詩織が、神酒に尋ねた。

「ミイちゃん。その左手・・・?」

「これ?」

 すっかりティムの傷口がふさがったことを確認した神酒は、その左腕を軽くさすって見せた。


「これ・・・・、あたしのお守りなんだ」


 かつて神酒が、ウォーカーフィールドの事件で受け取った不思議な碑文『切り出された星の銘版』。

 ウフと瞬が、旧支配者『ウボ・サスラ』より命を賭けて奪い取ったヒーリンパワー。

 それは、神酒の体を癒すだけではなく、七海やティムのキズをも回復させた。

 瞬と神酒に与えられた、クトゥルーの生け贄となる運命。

 その運命を背負うことになった原因こそ、神酒の左手に宿ったこの治癒能力なのである。


 ついに無事に鳳町に帰ってきた詩織、真夢、瞬、七海、そしてティム。

 全く違う場所で行方不明になった瞬と七海が、突然鳳町に戻ってきたのだから、

 しばらくは周りが多少騒がしくなるだろうと誰もが予想していたが、実際その通りのこととなり、瞬と七海は数日の間、大人への事情説明に頭を悩ませる日々が続いた。

 特に瞬は連続での行方不明となっていたため、苦笑いをするしかないような事態の繰り返しがあった。


 しかし、それもしばらくの間だけ。

 やがてほとぼりが収まったころ・・・。


                      ★


 あれからしばらく経った頃、マムを連れて、ミイちゃんの家に行ったの。

 ティムは連れていかなかった。それは理由があったから。

 あたしはどうしても気にかかっていたことがあって、そのことを相談するためにミイちゃんの家に行ったんだ。


 あたしが気にかかっていたこと。

 それは、最後にヒカルがあたしたちに言った言葉。


「この世界に『ハスター』を呼んだ張本人は・・・・それは、多分そのネコなんだ・・・」


 ヒカルの言葉が本当だったら、あたしはどうすればいいんだろう?

 もしヒカルの言葉が本当なら、あの時ティムを助けるのは間違った方法だったのかも知れない。

 でも、ティムはあたしの大事な友だち。

 ティムを見殺しにするなんて、あたしにもマムにもできっこない。


 あたしはミイちゃんに、あの場所で起きた出来事を、すっかり全部話した。

 ミイちゃんは、目を閉じてあたしたちの話を聞いていて、やがて話が終わった頃、閉じていた目をゆっくり開くと、あたしたちにこんなことを言ったんだ。


「シオリちゃんもマムちゃんも大変だったね。

 あたし、思うんだ。確かにティムがいるせいで、もしかしたら近い将来、あたしたちの身に大きな危険が降りかかってくるかも知れない。でも、それとティムの命を奪うことは、全然別の話だからね。

 シオリちゃん、マムちゃん。ティムのことは、あなたたちが守ってあげて。きっとあたしやシュンも力になれるから・・・」


 未来はまだ決まってはいない。

 恐ろしい未来が待ち受けていても、頑張ればきっとそれを変えることができる。

 ティムを消すこととは、もっと別の方法でって・・・。


 ミイちゃんはあたしたちにそう言うと、いつものように優しい笑顔を見せてくれた。


 ミイちゃんの家の帰り道。

 あたしとマムは同じことを考えていた。

 それは、ヒカルのこと。


 もう一度ヒカルに会いたい。

 でもそれは、もっと別の平和な世界で。

 あたしたちが大人になった時、ヒカルがティムを笑って抱いてくれるような、そんな世界でもう一度会いたいねって、あたしとマムは話してたんだ・・・。


 あの日から再び始まった日常の生活。

 でも、それがいつまで続くかはわからない。

 あの日から少しだけ仲良くなったナッちゃんとシュン兄。

 いつまでもこんな日常が続いてほしい。

 みんなが笑顔で過ごせて、それが当たり前に思えるようなステキな世界が・・・。

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