ハスター来襲
夜の闇の中にも関わらず、オレンジ色に輝き始めた空。
そこにはどんよりとした厚い雲が垂れこめ、底を這うような雷鳴が響き、いくつもの稲妻が姿を見せ始める。
目の前でダイゴを失ったことに呆然としていたヒカルは、ただ目の前のビヤーキーの死骸を見つめ立ち尽くすのみだったが、そのうち我に返ると、手に握っていたショットガンを地面に叩き付けた。
数々の稲妻の間に、黒い斑点のような模様が浮かび上がる。
それはやがて次第に大きくなり、その姿をはっきりとしたものに変え始めた。
コウモリの翼を持つトカゲの姿。
そう、空の彼方より幾千ものビヤーキーが、まるで空を覆い隠し、地上の生ける者全てを食い尽くそうと姿を現したのだ。
遂にハスターの侵攻が始まったのである。
『シオリ!マム!準備を始めて!!』
ティムが叫んだ。
ティムの言葉に応えるかのように、詩織と真夢の瞳が琥珀色に輝く。
やがて気持ちをシンクロさせたティムの背後に、彼女たちの世界へと戻るための巨大な扉が現れた。
「先に行くよ!」
事態を飲みこんだ瞬が七海を抱きかかえると、最初に扉に飛び込んだ。
「ティム!早く行こう!」
詩織もティムを抱きかかえる。
「ヒカルさんも一緒に!!」
真夢もヒカルの手をつかむと、扉の方へと彼を引っ張った。
詩織も真夢も、ヒカルは彼女たちと一緒に来てくれるものと信じていた。
混乱はあるかも知れない。でも、これからは一緒に本当の鳳町に住んでくれるのだと。
しかし、ヒカルはここで彼女たちには信じられない行動を取ったのだ。
彼は真夢の手を振り払うと、腰のベルトに取り付けていた小銃・コルトポケットを抜き、その照準を詩織に合わせたのである。
それは、一瞬の出来事だった。
真夢が止める間もなく、ヒカルはその引き金を引いた。
鳴り響く渇いた銃声。
一発の弾丸は、一直線に詩織の腹部へと飛んでいった。
辺りに悲鳴が響く。
ヒカルの銃から発射された弾丸。しかしそれは、詩織に命中はしていなかった。
彼が撃った相手。それは詩織ではなく、詩織が抱いていたティムだったのである・・・・。
「・・・なんで・・・!?なんでティムを撃ったの!!?」
腕の中で、血を流しグッタリしているティムを見た詩織は、その理不尽な光景に、ヒカルに向かって涙声で叫んだ。
「・・・判ったんだ・・・ボクには判ったんだ・・・」
撃った本人であるにも関わらず、ヒカルもすこし呆然とした様相を見せていた。
「この世界に『ハスター』を呼んだ張本人は・・・それは、多分そのネコなんだ・・・」
降り続くいくつもの稲妻。稲妻はやがて風を呼び、辺りは強い暴風に巻かれる。
ふいに小さな雫がヒカルの頬に落ちた。雫は雨に変わり、ティムを見つめる彼の体に強く打ちつけた。
「シオリたちが過去の世界から来たのなら、ハスターが現れた原因も君たちの世界にあるはずなんだ。だとしたら、この世界とハスターをつないだもの。それは・・・そのネコ以外にありえないんだよ・・・」
かつてアメリカで行われた、空間と時間をつなぎ合わせる恐ろしい実験。
まだそこまでの科学技術を持っていないはずの人類の前に、突然現れた超科学。
ビヤーキーの出現の下、その脅威にさらされた人間たちは、アメリカでどのような方法でそれが行われていたのか、誰もが疑問を持っていたのだ。
ヒカルの前に現れた銀のカーバンクル『ティム』
それこそは、まさにその答えにふさわしい存在だったのである。
「ボクは君たちの世界には行かない・・・。でも・・!」
扉が閉まり始めた。
残り少ない最後の時間。心配そうにティムを抱く詩織と真夢に向けて、ヒカルは彼の想いを叫び伝えた。
「君たちの世界が25年前の世界なら、そこにはボクの父さんと母さんがいるはずだ!2人に伝えてくれ!ボクたちの世界を、平和な世界のままにしておいてくれって・・・!」
涙を流し、複雑な表情でヒカルを見つめる詩織と真夢。
やがて彼女たちの想いを残し、扉はゆっくりと閉じていった・・・。
「ボクの父さんの名前は『水神瞬』。母さんは『七海』だ・・・。
必ず、2人に伝えてくれ・・・」




