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終焉へ

 鳳教会の前に投げ出された瞬と七海。そして詩織たち。

 正面には例の巨大なビヤーキーが立ちふさがり、彼らの回りを他のビヤーキーたちが取り囲んでいる。

 そのどれもが彼らを鋭くにらみつけていて、裏をかく隙は見つけられそうにない。


「ねえ、君の名前教えて」

 瞬がヒカルに話しかけた・

「ヒカルです」

「ヒカル君、どうすればいいと思う?」


 瞬とヒカルは、七海、詩織、真夢、ティムを守るように彼女たちの前に立った。

 ヒカルは自分の銃を構え、瞬は右足の呪文に密かに念を送る。

 しかし彼らには判っていた。もし瞬やヒカルだけなら、自分だけが逃げようと思えばどうにかなるかも知れない。

 しかし彼らには守らなければならない子たちがいる。詩織たちをおいて自分だけ助かろうという気は、彼らにはさらさら無いし、そのことを考慮すると、今の状況は彼らにとって圧倒的に不利だったのである。


「判りません。八方ふさがりです」


 真夢がヒカルの後ろから声をかけた。

「ヒカルさん。通信機で助けを呼べないの?」

「ここはビヤーキーが多すぎて、自衛隊の巡回コースから外れているんだ。

 もし呼べても、今の時間帯じゃすぐには来れないよ」


 ヒカルが詩織に話しかける。

「シオリちゃん、そのネコのさっきの扉は使えないのかい?」

 しかし、それに応えたのはティムだった。

『ダメだよ。こんな不安定な状況で扉を開いたら、それこそ何が起きるか予想できない』


 ネコだと思っていたティムが言葉を話したことに、瞬と七海とヒカルは少し驚いた様子を見せたが、今は状況が状況なので、彼らは再び目の前のビヤーキーの群れに意識を向けた。

 ビヤーキーたちがじりじりと囲みを狭める。

 詩織たちの緊張感はさらに増すが、いまだに誰も事態を打開できる方法が思いつかない。

闇の中に見えない火花が飛び散る。

 それぞれの間の距離は次第にせまくなり、それに伴い、お互いの緊張感もどんどんと高まる。


 もうどちらがアクションを起こしてもおかしくない。そんな時だった。

 突如、あの巨大なビヤーキーの顔の傍で、大きな爆発が起きた。そしてふいを突かれたビヤーキーが激しい咆哮を上げて、その場に地響きをたててゆっくりと倒れたのだ。

 ヒカルがその向こう側を見ると、そこにはジープに乗った見覚えのある大男がいた。


「ヒカル!ずいぶん大変そうじゃないか!!」

 そう、そこにいたのはダイゴだった。

 ダイゴはジープの上に、自慢のエレファントガンを構えて仁王立ちになり、手入れされていない顎ヒゲを揺らしながら大笑いしていたのだ。


「ほ〜ら、美味しいパイナップルだぞ!」

 ダイゴは左手でエレファントガンを扱いながら、右手で手榴弾を投げつける。

 ちなみに真夢は、この世界ではパイナップルは爆発するものなのかと思ったようだが、これは手榴弾を指す隠語である。

 弾丸は正確に通常タイプのビヤーキーの頭を次々に打ち砕き、爆弾の爆風はビヤーキーの群れに混乱を与えた。


 チャンスとばかりに、瞬とヒカルも飛び出した。瞬の輝く右足はビヤーキーの首を切り落とし、ヒカルのショットガンは怪物の頭に次々と風穴を開ける。

 まるで音楽が流れるようにかみ合う2人のリズム。

 遠くの敵はヒカルが撃ち、近くの敵は瞬が切り刻む。

 その2人の連携は、まるで彼らがずっと前からの知り合いだったかのようにスムーズに流れ、そのあまりの見事さに、七海も詩織も真夢も、まるで目を奪われるかのように魅せられていた。


「ヒカルって、誰かに似てると思ったら、シュン兄にそっくりだね」

「ホント。まるで兄弟みたい」

 感心する詩織と真夢。


 しかしこの時、彼女たちの背後から、1匹の脅威が静かに忍び寄っていた。瞬とヒカルが彼女たちから注意を離したことに気付いたビヤーキーが、七海に向けて襲いかかってきたのである。

 それに気付いたヒカルが、ビヤーキーの頭を狙ったが、急の銃の不調で弾が出ない。

「しまった!弾切れだ!」

 瞬もすぐにそれに気付き、七海の下へダッシュするがタイミングが間に合わない。

 しまった!調子に乗りすぎた!

 瞬は後悔した。


 七海は重傷の身で体が思うように動けず、彼女は自分の目の前に迫ってくる凶悪な牙を見つめ、最期の時を覚悟した。


「ナッちゃん!!」

 詩織が七海の名を叫んだ!

 ダメだ!ナッちゃんが死んじゃう!ナッちゃんがいなくなっちゃう!!!



 その時だった。詩織の瞳が、琥珀色に強く輝いたのは・・・。


         ★


 それは、真夢の《真実の瞳》と同じ色の輝き。

《扉》の宿命を背負う詩織に、その証となる能力が目覚めたのである。


 詩織の瞳は《心の瞳》

 真夢の『真実を読み取る能力』と対になる、詩織の『自分の心を伝える能力』。

 詩織は《扉》を選ぶために、その心をティムの《扉》に伝えなければならない。

《心の瞳》は、そんな宿命を背負う人間に必要となる能力なのである。


                 ★


『やっとシオリにも現れたね。《心の瞳》の能力が・・・」

 ティムが小さくぽつりとつぶやいた。


 詩織の琥珀色の瞳を見たビヤーキーは、そのままそこで動かなくなった。

 詩織の七海を救おうとする心が、下等な知能であるはずのビヤーキーに伝わったのだ。


                   ★


 辺りのビヤーキーの大部分が逃げ出したのを見たダイゴが、ジープを降りてヒカルたちのもとにやってくると、ヒカルは両手で握手をし、彼を歓迎の意で迎えた。

「ありがとうダイゴ!助かったよ!!」

 ヒカルを見て1度は大笑いをしたダイゴだったが、なぜかその表情はすぐに変わり、鎮痛な面持ちで彼らを見回した。


「礼には及ばん。だがな、ヒカル。少々やっかいな事が起きちまった・・・」

 ダイゴは性格がかなり豪快で、どんなピンチの時にでもほとんど表情を曇らせることがない。そんな彼がこんな顔を見せるのだから、ヒカルはよほどの事が起きたのだと容易に想像することができた。


「何があったんだ?ダイゴ」

「ああ・・・。どうやら『ハスター』が日本に向かって侵攻してくるらしい・・」


『黒い海』旧支配者ハスター。

 旧支配者とは、かつて宇宙の創造に関わった永劫にして偉大なる神『旧神』に敵対する勢力である。

 何億年もの昔。旧支配者は旧神に成り代わり、1度は全宇宙の支配をもくろんだ。

 しかし永い戦いの末に旧支配者は敗れ、彼らは宇宙のあらゆる場所へ幽閉されたのである。

 これらの歴史は正史ではもちろん確認することはできず、『ネクロノミコン』を初めとする一部の禁じられた書物でのみ、その存在を知ることができる。

 そんな神に匹敵する力を持つ邪神の1つこそ、今彼らに脅威をもたらしているハスターなのだ。

 その力は、瞬きをするだけで全ての人間を悪夢に悩ませ、姿を見せただけで人を発狂させ、寝返りをうつだけでこの世を滅ぼすことができると言われている。


「アメリカは既に壊滅した。それが日本に向かっているんだ。オレらも腹くくらんといかんな・・・」

 ヒカルとダイゴは、しばらく黙りこんでしまった。


 詩織たちは旧支配者についてはよくは知らない。しかしヒカルたちの落胆ぶりを見れば、それがかなりの大事件であるということはなんとなく想像できる。

 詩織が心配そうにダイゴの顔をのぞきこむと、それに気付いたダイゴがニッコリを笑って見せ、七海たちの姿を確認した。


「おう、チビちゃん。お姉ちゃんは見つかったようだな!」

「・・・ありがとうなのだ、ダイゴ」

「しかし難儀だな。おチビちゃんたちは、逃げるアテはあるのかい?」

 意を決した詩織は、事の経緯を全てダイゴに話した。

 自分たちのいた世界のこと。ティムのこと。時間を超える能力のこと。


「ヒカル!ヒカルもダイゴもあたしたちの世界に一緒に来てよ!あたしたちの世界は平和なのだ。あそこなら平和に暮らすことができるよ!」


 驚いた顔で詩織の話を聞いていたダイゴだったが、少し考えた後、彼らしからぬ優しい笑顔を見せると、詩織の頭をなでた。

 その表情は厳しいものではなかったが、詩織も真夢も、なんとなくダイゴは彼女たちの申し出を聞き入れないような予感がした。


「ありがとう、おチビちゃんたち。だがな、やっぱり逃げるわけにはいかない」

 そしてダイゴは後ろを振り向くと、闇の中でオレンジ色に光り始めた彼方の空を見つめた。


この世界にはな、おチビちゃんにはわからないだろうけど、何も残っていないように見えて、実は置いていけない大事なものがたくさんあるんだよ・・・」


 ヒカルはそのダイゴの言葉を聞いて、彼の言いたいことがわかるような気がしていた。

 今までに彼らと共にあったこの世界。そこには仲間がいて、守らなければならないものがあり、忘れてはいけない数多くの思い出がある。


 ヒカルも、まだ15歳とはいえ立派な戦士である。ダイゴの気持ちを彼も汲み取り、ヒカルもこの世界と運命を共にしようと思っていた。


 ところがこの時、ダイゴが信じられないことを言ったのである。


「だがな、ヒカルは別だ。おチビちゃんたち、ヒカルだけは一緒に連れていってくれないか?」


 ・・・え?


 ヒカルはダイゴのこの言葉を、信じられない想いで聞いた。

 大きな動揺がヒカルを襲い、その動揺はすぐに理不尽さへの怒りに変わる。

 そしてヒカルはダイゴの胸ぐらをつかむと、ダイゴに向かって詰め寄った。

「ふざけるなよダイゴ!それはどういうつもりだよ!!」


 ダイゴはヒカルにとって、親も同然の存在だ。そんなダイゴが突然彼に別離をもちかけたのだから、ヒカルの気持ちが動揺するのも当然だろう。

 しかし、そんなヒカルの言葉にも、ダイゴは態度を変えることはなかった。


「お前にはこの世界は似合わない。もし平和な世界とやらがあるなら、お前はそっちに行ったほうがいい」

「ダイゴ・・・」


 ダイゴは自分の胸ぐらをつかむヒカルの手を取ると、彼にも向かって優しく笑って見せた。

 その笑顔は、今までヒカルには見せたことがないような笑顔だった・・・。


「ヒカル。お前は不思議なヤツだよ・・・。お前のことをお前の両親から預かってから、ずっと思っていた。なぜかヒカルからは、お前が知らないはずの平和だった頃の世界の匂いがするってな・・・」



 ふいに大きな咆哮が響いた。

 辺りを大きな振動が襲い、禍々しい凶牙が一閃する。

 詩織たちが気がついた時、彼女らの目の前に信じられない光景が繰り広げられていた。


 ダイゴの手榴弾を受けて横たわっていた巨大なビヤーキー。

 詩織たちは、それがすでに絶命したものと思っていた。

 しかし、ヤツはまだ死んではいなかったのだ。

 ふいに目を開けダイゴの存在を確認すると、彼の体をおぞましい牙で貫き、そのまま首をもたげて、ダイゴの体を砕こうと噛み付いてきたのである。


「ダイゴ!!」

 ヒカルが叫んだ。

 ダイゴの鮮血が、おびただしく辺りにまき散らされる。


 巨大なビヤーキーの口の中で、体を噛み砕かれるダイゴ。

 しかし彼はその薄れ行く意識の中で、その懐から手榴弾を取り出し、ピンを外した。

「オレは不味いからな・・・代わりにパイナップルを食わせてやるよ・・・」


 ヒカルの叫びがダイゴに届いたかは判らない。

 だが、もうそれを確かめる述は永遠に失われた。

 激しい閃光の中、ビヤーキーの頭は、大きな爆音と共に吹き飛んでいたのだ。


 ダイゴが自分の命を引き換えにして、ヒカルに残した『彼らしい』最期だった。

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