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魔巣

 ビヤーキーからのバイクの逃走で、思わぬ距離を稼ぐことができた詩織たち一行。はとうとう鳳町に入り、今その中の鳳教会に向けて歩いていた。

 時はすでに夜を迎えている。

 鳳町もまた、三世鶏町同様に大きく荒廃した姿を見せていて、闇の中でなお、その周辺に全く人の気配は感じられず、代わりにあのビヤーキーの耳障りな鳴き声が多く響いていて、そこらじゅうに不快な獣の臭いが漂っていた。


 詩織たちは町の中の崩れた建物の間を、できるだけビヤーキーに見つからないように隠れながら進み、そしてついに鳳教会の正面が見える場所までたどり着いた。


 鳳教会。

 詩織の知っている彼女たちの世界での教会は、鳳町の美しさの象徴のような建物だった。

 いつもキレイにみがかれていた、建物の白い外壁やステンドグラス。その主であるロバート神父自慢の庭には、美しい花が咲き乱れ、緑の木々はよく整えられていて、教会を目の当たりにした者は誰でも一度足を止め、その美しさにため息をつくような場所だったのである。

 

 しかし、今彼女たちが見ている鳳教会は、全くそれとは別物の存在だった。

 無残に崩れた壁、露出した内部、荒れきった庭。しかも夜であるにもかかわらず、その建物の周辺には、数え切れないほどのビヤーキーがたむろしているのがはっきりと判る。

 今や神の居所であったはずの鳳教会は、あたかも悪魔の住む万魔殿のような姿を詩織たちの前にさらしていたのである。


「さて、中にシオリちゃんのお姉さんがいるかどうか・・・だな・・・」

 の建物の陰からのぞいていたヒカルが、教会の惨状をつぶさに観察しながらつぶやいた。


「いる!絶対にいるのだ!」

 詩織が小さく応えた。

 実は彼女たちが鳳教会に到着する前に、少し遠回りをして、詩織や真夢がかつて住んでいた家の跡にも立ち寄ってきたのだが、そこにはもうすでに人がいた気配は全く無く、もし七海がこの町にいるとしたら、この鳳教会以外にはないと彼女たちは考えていたのだ。


「そんなに力説しなくても、別に信じてないわけじゃないよ。しかし・・・」

 ヒカルは辺りを見回しながらため息をついた。

 町はずれからこの場所までは、いくらビヤーキーが多くいるとはいえ、隠れるところが多かったので、無事に来ることはできた。

 しかし、今いる建物の陰から鳳教会までは、距離こそ100mにも満たないが、身を隠すのに適した箇所はなく、ひときわビヤーキーの数も多い。

 あとわずかの距離だが、鳳教会の建物の中までたどり着くには、障害が多すぎる。

 よほど策を練らなければ、詩織の姉がいると思われる内部まで進むのは困難であるとヒカルは考えていた。


 詩織と真夢の話によると、鳳教会の地下には防災用のシェルターがあり、隠れる場所としては、そこが1番に考えられるということで、ヒカルはあれこれ頭の中でシミュレートしながら、とにかく最低でも詩織たちをそこまで送りこむ方法をいろいろ思案した。

 しかし、なかなか良い策は思い浮かばない。


「呼んでも出てきそうになしな」

「『ナッちゃ〜ん!』って呼ぶのか?」

「冗談だよ」

「・・・」


 ふと、ヒカルが詩織にある質問をした。

「ところで・・・、シオリちゃん。いつも『ナッちゃん』って呼んでるけど、

 お姉ちゃんの本名ってなんなの?」

「あれ?ヒカルに言ってなかったのだ?ナッちゃんの本名は・・・」


 その時だった。夜の鳳町の中に、ひときわ大きなビヤーキーの鳴き声が響いた。

 それは、彼らが今まで聞いてきた鳴き声の比ではなく、あの不快な空気の振動が、あたかも鳳町全体を揺るがすかのように響いたのである。

 そしてその鳴き声に釣られるようにヒカルが上空を見上げると、彼らはそこにとんでもない姿を目撃した。


 まるで空を覆い隠すかのような巨大なビヤーキー。

 それはまさしく、神酒たちがキャンプに行くために乗っていたバスを連れ去った怪物である。

 全長は軽く10mを超える大きさだろうか。

 今までヒカルたちが対峙してきたビヤーキーは、せいぜい2mから大きくても5mほどで、とにかくビヤーキーたちの親玉とも思えるそれが、巨大な凧を思わせる黒い翼を羽ばたかせ、詩織たちが隠れる建物の上空を飛び、鳳教会に降り立ったのである。


 そしてその時、ヒカルはそこである不安を抱えてしまった。

 そのビヤーキーが彼らの上空に来た瞬間、ビヤーキーと目が合ってしまったのである。


 気付かれた!?


 ヒカルは咄嗟に銃を構えた。

 しかし、巨大なビヤーキーは彼らに興味を示すそぶりすら見せず、そのまま鳳教会の前庭にたたずむと、今度は奇妙な行動を始めた。

 鳴き声を再び上げる巨大ビヤーキーと、まるでそれに応えるように鳴き声を返す周辺のビヤーキーたち。

 それが会話をするかのようにしばらく合唱を続けると、ふいにビヤーキーたちが次々に上空に舞い上がり始めた。

 1匹、また1匹とそれは次々と夜空の闇の中に消えていき、最後に残った巨大ビヤーキーも巨大な咆哮と共に夜空に舞い上がり、やがて、全ての魔物たちが鳳教会の前から姿を消してしまったのである。


 予想していなかった事態に、ヒカルはしばらくの間、それをぼうぜんと見ていたが、そのうちに真夢がヒカルに話しかけた。

「ねえ、ヒカルさん。入っても大丈夫じゃないですか?」

「・・・・あ?うん。そうみたいだね・・・」

 そして、詩織たちは鳳教会の中に入っていった。


                   ★


 詩織や真夢が前に見た鳳教会防災シェルターの入り口の前。

 詩織が扉をノックすると、そこから瞬が現れた。

 瞬は思いもしなかった人間の出現に驚いたが、その後、意識を取り戻していた七海と詩織が再会。真夢も加わって、3人はあきらめていた再会を喜び、しばらく涙を流して抱き合っていた。


「ところでシオリちゃん。どうやってここまで来たの?」

 瞬の質問に、詩織がティムを抱き上げて答えた。

「この子だよ。名前はティム。この子がここまで連れてきてくれたんだ」

「このネコが?」

「うん。ミイちゃんからもらったんだ。変な木箱の中に入っていたネコなのだ!」

 瞬ももちろん、あの『マトゥの木箱』の存在は知っていた。

 その箱は瞬にも神酒にも開けることができなかったことも思い出し、瞬は改めて詩織たちのことを感心していた。


「へ〜・・・。あの箱、シオリちゃんとマムちゃんが開けちゃったのか・・・。でも、ここまで連れてきてくれたってことは・・・帰ることもできるの?」

「もちろんなのだ!」

 この言葉を聞いて、瞬も七海もハイタッチをして喜んでいた。

 良かった!これでナナミちゃんが助かる!!


 そして詩織と真夢とティムが、元の世界に戻るための準備を始めた。

中 央に静止したティムの額の宝石が輝き、それに導かれるように、ティムの後ろに巨大な扉が出現する。


 ところがこの時、その様子をけげんな表情で見つめる1人の人物がいた。

 それはヒカルで、彼は最初はこのネコのような生物に時間や空間を越える能力があるとは信じてはいなかった。詩織たちが言っていることは、子ども特有の空想話で、そのようなものがこの世に存在するとは思ってはいなかったのである。

 しかし今彼が見せ付けられている奇怪な扉の出現は、詩織の言葉の信憑性を裏付けている。

 空間に突然現れた奇妙な扉を見て、ある推測が彼の頭に浮かんでいたのだ。


『シオリちゃんとマムちゃんが言ってた通り、あのネコは本当に時間と空間を超越できるのか?だとしたら・・・』


 その時だった。彼らのいるシェルターが急に大きく揺れた。

 地震などというレベルではない。落下する航空機の中に閉じ込められたかのような激しい揺れが、詩織たちのいるシェルターに突然牙をむいたのだ。

 突然の出来事に素早く反応したのは瞬だった。

 瞬は激しいショックから七海を守るため、すぐに彼女を抱きかかえると、自分の体をクッションにした。

 七海は重体に近い状態だ。

 彼女の体に強いショックを受ければ、容態が急変しかねないと瞬は思ったのだ。


 ヒカルもすぐに詩織たちに飛びついたが、地震のショックでティムの《扉》は消え去っていた。

 そして次の瞬間、彼らはその地震の正体を知ることになる。


 地震は短い時間だったが、その衝撃は激しく、彼らはシェルターの中で強く壁に打ち付けられた。

 そしてシェルターの壁が崩れ、そこに姿を現したもの。それは、あの巨大なビヤーキーだったのである。

 ビヤーキーはその強靭な顎で地下のシェルターを引きずり出すと、常識から外れた怪力でシェルターの壁を砕いたのだ。

 もともと地下シェルターは、地下にあるからこそその威力を発揮するため、地上にむき出しにされては、あまり強い力は期待できない。


 一度は姿を消したビヤーキーたち。

 しかし、それは彼らの罠だったのである。

 特に知能の高いこのビヤーキーは、自分たちがいなくなればこの人間たちが一箇所に集まるものと考え、わざと仲間たちと共に姿を消し、ヒカルと瞬たちが同じ場所に集まるのを待っていたのだった。

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