思惑
アメリカ合衆国ウィスコンシン州・アーカム。
古い因習と言い伝え、そして新しい時代の流れが混在するこの町に、大戦以前より営業を続ける、由緒のある高層のホテルがあった。
かつてより政府の高官や上院の国会議員が、秘密裏の会合を行うのに多く使われていたが、一般には老舗の時代遅れの宿としての評判があるホテルである。
しかし、時代遅れなのは表向きの姿だけであり、その実状は、時代に合わせて常に最新鋭のセキュリティーが完備してあり、ここを訪れた客は、必要があれば米連邦捜査局はおろか、中央情報局にすらその情報を漏らさず、トップシークレットが使用するにはうってつけの場所であることは、一部の政府上層部の人間にのみ知られていたのである。
このホテルの一室に、2人の人物がいた。
1人は初老の紳士で、頭を覆う白髪をキレイに整え、蝶ネクタイに品のあるスーツを身に付けている。
彼は部屋の窓から外の景色を眺めながら考えにふけっていて、いかにも何かの組織の上官といったような雰囲気をまとう男性である。
もう1人は若い女性。
深い緑色の軍服を着ていて、高官の身分であることが容易に想像できる。
彼女は部屋の中央にあるソファーに腰をおろし、きちんとした姿勢で男の方をにらむように見ていた。
男性の名前は、ジェームズ・フォレスタル。
女性の名前は、ロイド・シーナ・バークナー。
どちらもかつて瞬や神酒が深く関わった、地球外生命体についての研究を進める組織「B・D」(ブルー・ディスク)のメンバーで、ジェームズは長官。シーナは生命体研究班のキャップで准将の役職にある。
2人とも黙ったままずいぶん長い時間が過ぎていたが、やがてその沈黙に嫌気がさしたのか、ようやく初老の紳士が言葉を発した。
「しかし、君のお気に入りの魚が逃げ出してからは、旧支配者に手を届かせるための方法が途絶えてしまったな・・・。」
ジェームズは言葉あそびが巧みで、よく相手の気持ちを逆撫でするような言葉を投げかけては、相手の反応を楽しんでいる気配がある。
シーナは、そんなジェームズの言葉に惑わされないように、気持ちの平静を保ちながら言葉を返した。
「クラウスの件に関しては、すでに事は終了済みです。もしどうしても旧支配者への接触が必要なら、別の方法を考えたほうが得策かと。」
「判っている、判っているさ。だがな・・・・」
ずっと窓の外を見ていたジェームズが、初めてシーナの顔を見た。
「旧支配者に接触するためには、どうしても時間・空間・次元を超えるための方法が必要だ。イーバ(地球外生命体)の科学力をもってしても、せいぜい記憶をさかのぼらせる程度が限界。確かに地球上にも、いくつかの時の超越のための方法は存在してはいるが・・・」
「それならば、その方法を使えばよろしいのではないですか?」
シーナが言葉を短く区切った。
それを見たジェームズは、含み笑いをするような表情を作る。
「ならば、君に聞いておきたいことがある。今までに調査を進めていたその方法、《リチャード・ケネスの数式》と《翠月と碧星》。どちらも時を超越するための重要な資料になるはずだったが、いずれも獲得の失敗に終わっている」
「・・・・そのようですね」
シーナの顔色が曇った。
「だが、その失敗の理由がどちらも奇妙だ。なぜどちらもあの日本の『鳳町』で消失してしまったのだ?」
シーナは黙ってしまった。
彼女は、ジェームズが何を言いたいのかは予想することはできた。だが、彼女の口からそれを伝えることには、大きな抵抗があったのである。
そんなシーナの表情を読み取ったジェームズは、彼女の心をえぐるように、その真相につながる言葉を彼女に投げかけた。
「あの、『水神瞬』『高村神酒』という少年と少女。もしかしたら、あの2人が何かの鍵をにぎっているのではないか?そうは思わないか?シーナ博士」
ギシッと音をたて、シーナはソファーから立ち上がった。
「待って!父さん!」
シーナの発した意外な言葉。
それを耳にしたジェームズは、計算通りのシーナの反応に喜んだのか、それともシーナの言葉に満足したのか、さもうれしそうな表情を見せた。
「ほう、お前から『父さん』という言葉を聞くのは久しぶりだな」
「待ってよ!あの子たちを、これ以上組織の計画に巻き込むのはやめて!」
「しかし、あの2人の少年たちはクトゥルーにつながる印を体に刻み込んでいるのだぞ」
「・・・・・・」
「まあいい。彼らをどうするかは、まずは経過を見てからだ。シーナ。時の超越のための、《リチャード・ケネスの数式》《翠月と碧星》以外の第3の方法は、お前も知っているな?」
「ええ。確か、《マトゥの木箱》のことでしょ?」
「その通り。あのアラベスク模様の刻まれた例の箱だ。
あの木箱、どうすれば開くことができると思う?」
「あれは絶対に開くことができないはずよ。私たちの知るあらゆる方法はおろか、イーバですら開くことができなかったのだから・・・」
「あの瞬と神酒という名の少年少女たちでもかな?」
しばらくの沈黙が流れた。
以外な場面で瞬たちの名前が出てきたことに、シーナは再び怒りをあらわにした。
「父さん!あなたいったい彼らに何をしたの!?」
「お前はあの子たちに、ずいぶんご執心のようだな。いや、別に何もしてはいないさ。ただな、私も彼らの不思議な運命のような力を決して軽視しているわけではない。あの《マトゥの木箱》は、実は彼らに預けてある。どこぞの信仰に熱心な神父がうまくやってくれたよ」
「もし、神酒たちがあの木箱を開けたら・・・・?」
「どうもしないさ。だがな、あれが開こうと開くまいと、いつかは返してもらうさ。
そうだな、いつか期が熟した時。そう遠くはない先の話だ。
もうすぐ我々の下に、外宇宙の旧支配者からの確かなメッセージが届く。
我々が動き出すのは、まさにその時だ。それまでの間はしばらく静観していよう。どうやら最初のメッセージは、既に届き始めているようだからな・・・」
シーナはジェームズに渡されたファイルを開いた。
そこには・・・・・。
一枚の写真が貼り付けられていた。
トカゲの顔、コウモリの羽。
Secure(確保)の文字と共に、そこにはビヤーキーの死骸の写真があったのである。




