銀のネコ
病院から抜け出した詩織と真夢は、大急ぎで神酒の家へ向かった。
神酒の家の母親に事情を話すと、彼女は2人を神酒の部屋に案内してくれて、そこで詩織たちは、無事に木箱とメモ帳を手に入れることができた。
詩織たちが手に入れた『マトゥの木箱』。
それは縦横の長さが30センチ程度の、頑丈な材質でできたもので、表面には細かく規則正しい模様が刻み込まれている。
これは一般的にはアラベスク模様と呼ばれるもので、アラブなどを中心によく見られる模様なのだが、もちろん小学3年生の2人には、そんなことはわかるはずもない。
「ずいぶん硬い箱だなぁ。まるで鉄でできているみたいなのだ」
詩織がコブシで箱の表面をコンコンとたたいた。
「シオリちゃん。開きそう?」
「ちょっと待って。ためしてみるのだ」
詩織は箱の表面をぐるっと見回した。
どこかに手をかけるところや開きそうなところがないかを見てみたが、
この箱にはどこにもわずかなすき間すら見えず、開きそうな箇所は見当たらない。
そもそもこれが、中身のある箱なのかどうかさえあやしい。
「この!」
次に詩織は、ゲンコツで箱の表面を思いっきり殴った!
「ひょおぉぉ〜ん・゜・(ノД`)・゜・」
鈍く渇いた音が響き、詩織の手が痛くなっただけで特に変化はない。
「シオリちゃん。手、大丈夫・・・・?」
ここで木箱の開封をあきらめた2人は、次に詩織の家へ向かった。
もちろん、神酒のメモ帳にある電話番号を使って電話をかけるためで、詩織の家に着いた2人は、すぐにリビングにある電話の前に立った。
「マム、ちょっとこの箱持ってて。あたしが電話をかけてみる」
「うん、判った」
詩織は木箱を真夢に手渡すと、メモ帳を開いて受話器をにぎった。
ところが、メモ帳通りの番号をプッシュするが、電話がつながる様子はない。
「おかしいな〜。シーナさんていう人、電話代払ってないのかな〜?」
そして、詩織が4度目の電話をかけた時だった。
詩織と真夢のもとに、ついに不思議な運命が舞い込むことになるのである・・・・。
最初詩織は、つながらない電話に少々イライラしながら、口でブツブツ文句を言っていたが、その時、ふいに詩織の背後で強い光が輝いたのだ。
詩織は最初それを雷かとも思ったのだが、さきほどまで外は晴天だったのだから、そんなことはあるはずがない。
「キャッ!!」
「マム!?」
閃光と同時に真夢の悲鳴を聞いた詩織は、すぐに後ろを振り向いくと、両手で目を押さえた真夢がしゃがみこんでいる。
「どうしたのだ?マム!」
「目!目が痛い!」
「大丈夫!?」
しばらく両目を押さえていた真夢だったが、ほどなくゆっくり目を開いた。
「なんかね、急に箱がピカッと光って・・・」
「箱?」
詩織が真夢の側に落ちていた箱を見た。すると・・・なんと、箱が開いているのだ。
あれだけ開きそうになかったフタが開き、その中身が露になっていたのである。
そこには赤を基調にした、フタと同じアラベスク調の小さなクッションが敷き詰めてあった。そして、その中央に・・・・・・。
「なんだこれ。ネコ?」
そう。そのクッションの中央に1匹の小さなネコが、体を丸くして収まっていたのである。
それは、銀色の毛並みを持つ上品そうなネコだった。品種はよく判らないが、詩織も真夢も初めて見るタイプのもので、額に赤い何かの結晶が貼り付いている。
体の大きさはずいぶん小さく、両手の中にスッポリと収まってしまうぐらいの大きさだ。
「生きてるの?」
「しっ!」
するとそのネコは2人の気配に気付いたのか、箱の中から頭を上げると、大きなアクビをして2人の顔をキョロッと見た。
「カ・ワ・イ・イ!」
2人の目はネコに釘付けになった。
「カワイイ!あたし飼う飼う!!」
詩織がネコを抱き上げる。
「ずるいシオリちゃん!マムも飼いたいよ〜!」
真夢も詩織からネコを奪って抱き上げた。
「マム!もう1回抱っこさせるのだ!」
「次!次またマムの番!!」
しばらく電話のことも忘れてネコに気を取られていた2人だったが、そのうち真夢が、思い出したように声を上げた。
「あ!そう言えば、マムの家では金魚飼ってるんだ・・・。ネコ飼えないなぁ・・」
「え?それじゃあ・・・・」
「うん、しょうがない。このネコ、シオリちゃんが飼ってよ!」
「いいの!?」
「うん、いいよ!でも、お家の人が『いいよ!』って言う?」
「大丈夫!パパはあたしの言うことは何でも聞くのだ!」
「ふ〜ん・・。でも、ちょっと変わったネコだよね・・・」
真夢は再びネコを詩織から受け取ると、その額に付いている赤い結晶をなでた。
ネコは気持ちよさそうに目をつむると、真夢の指をペロペロとなめる。
「あは!くすぐったい!」
「それじゃあ、この子に名前をつけなきゃね」
詩織がネコの顔をのぞきこんだ。
「シオリちゃん。いい名前思いつく?」
「う〜ん・・・。タマはどうなのだ?」
「ありきたりかな・・・?」
「それじゃ、ポチ」
「・・・・・・イヌだよ、それ」
「クロ!」
「・・・・どっちかというと白いんですけど・・・」
「じゃ、シロ!」
「・・・シオリちゃん。もっとマジメに考えようよ・・・」
あれこれ意見を重ねた詩織と真夢。
最初は変な方向に向かったりもしたが、やがて意見もまとまってきて方向性が見えてきた。
「それじゃ、あたしとシオリちゃんの名前を足してみようよ」
「う〜ん、マムとシオリでマリとか?」
「それって女の子の名前だよね。この子オス?メス?」
「まだちっちゃくてわかんないのだ。シオリとマムでシムとか?」
「おもいっきり変な名前だな〜。」
「シム・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
突然2人の顔にひらめきが起き、同時にこう叫んだ。
「ティム!!!」
詩織と真夢の頭に同時に浮かんだ強引な偶然。
2人は納得のできる名前として、同じ名前を叫んでいた。
「そうだ、ティムがいいよ!」
詩織がティムを抱き上げて高く掲げた。
「今日からお前の名前はティムだよ。いい名前なのだ?」
ティムは2人の気持ちがわかったかのように一声小さく鳴き声を上げると、詩織の指をペロペロとなめた。




