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マトゥの木箱

 中学生の乗せたバスが県境でガケから転落事故。

 死者数0もケガ人多数。行方不明者2。


 このニュースは、鳳町だけではなく全国のニュースとして広がった。

 しかし、伝えられたのはこの事実の数点のみで、事故に遭った生徒たちの証言は、報道されることはなかったのである。

 理由はその証言の内容の異様さにあった。

 どの生徒から話を聞いても、出てくるのは怪物の話ばかりで、さすがにこの生徒たちの目撃証言はどれも現実離れしていて、その内容のつじつまを合わせることに、警察の関係者は頭を痛めていたのである。


「羽根の生えた怪物にバスごと連れ去られたなんて、そんな調書が書けるか!?」

「しかし現実離れしているとは言っても、一応生徒たちの証言は一環しているが・・・」

「ありえん。何かの見間違いに決まっているだろ」

「じゃあ、例の行方不明者の2人は?」

「探せば見つかるだろう。バスもガケの下から見つかったんだから、その2人もそのうち遺体で見つかるだろうさ」

「戦闘機を見たという子も何人かいたようだが?」

「空自【航空自衛隊】確認したが、その時間にスクランブルをかけた機体はない。だいたい10メートルもあるような化け物が空を飛んでいたら、空自がすぐに確認するはずだ!」


 結局警察の関係者は被害者たちの証言のほとんどを採用せず、状況証拠を報告しただけで、この事故を「運転手の脇見運転による過失」として扱う方向に動き出していた。

 行方不明の「水神瞬」「椎名七海」については、事故現場付近を引き続き探索するということで、まずは一応の収まりをつけていたのである。


 そして、5日後のことだった。

 詩織と真夢が、2人で神酒の入院している病院を訪れたのは。



「高村神酒」の名前が書かれた病室の入り口。

 詩織がドアをノックすると、中から「どうぞ。」と小さな声が聞こえた。

 ドアを開けるとそこには・・・。


 詩織は最初、その病室のベッドにいる人物が、誰なのかよくわからなかった。

 神酒は足を骨折しているということだけは母からは聞いていた。だから、神酒の足はギプスで固められているだろうという想像はしていたが・・・。


 に足には大きなギプスはあった。

 しかしそれ以外にも、両腕は包帯でぐるぐる巻かれ、顔にもガーゼが貼られていた。バスの落下が激しかったのだろう。全身キズだらけで、いつも七海と一緒にいる『ステキなお姉さん』の面影は無い。

 その患者が『神酒』であるということに気付いた詩織には、小さくはないショックがあった。


 そして、そのショックは真夢も同様だった。

 真夢はもともと1人っ子で姉妹はいないので、彼女は『お姉ちゃん』というのにあこがれている。

 特に詩織の姉の七海といつも一緒にいる神酒を見て、「あんなお姉ちゃんがいたらいいなぁ。」といつも思っていたのだ。

 その神酒がこのような状態なのだ。

 真夢も病室に入ったはいいが、その後どうすればいいかわからなくて、の後ろでただ戸惑っていた。


「ミイちゃん・・・。大丈夫・・・?」

 心配になった詩織が、神酒に声をかけた。

「ありがとう、シオリちゃん。マムちゃん。わざわざ来てくれて」


 神酒が小さく見える。

 実は詩織が神酒のもとを訪れたのには、もっと別の理由があった。

 それは、もちろん行方不明の姉の七海のことを知るためだ。

 ここ数日、詩織の両親は七海のことが心配で、不安定な精神状態にあり、彼女ならもしかしたら七海がどこにいるか知っているかもと思っていたのだ。


 だが詩織はここに来て、そんな想いはすぐに吹き飛んでしまった。

 痛々しい神酒の姿。

 とてもではないが、そんなことを言い出せる状況ではないことを、幼い詩織と真夢の2人にも判ってしまったのだ。


「ミイちゃん・・・、早く元気になって・・・」

「ゴメンね・・・。ナミを連れてくることができなくて・・・」


 意外なことに、七海のことを先に言い出したのは神酒のほうだった。

 彼女も気にしていたのだろう。

 まだ神酒には、元気に話をできるだけの体力は無く、医者にもあまり長い時間の話は避けたほうが良いと言われていた。


 ベッドの上で天井を見つめたまま、まだ自由に詩織たちのほうを向くこともままならず、しかしそれでも神酒は、彼女が知ることの全てを七海と瞬の家族に知らせるつもりだった。

 信じてもらえないだろうと予想はしている。

 それほどに現実とかけ離れた出来事だったからだ。

 万が一信じてもらえたとしても、今度はそれを現実として受け止めるには、あまりにも有り得ない出来事だ。

 話すほうにとっても、そして聞く者にとっても。


 だが神酒は、それでもそれだけが今彼女にできる精一杯の責任だと思っていたのだ。


 何度も意識を失いかけながら、神酒はポツリポツリと、あの日に起きた出来事を詩織に語った。

 とても言葉だけでは伝えきれない恐ろしい体験。しかも神酒の話は難しい部分が多いだろう。

 いくら詩織や真夢が賢い子であるとはいえ、聞いている途中で2人は話から逃げてしまうかも。

 飽きるかも知れないし、第一信じてもらえないはず。神酒は、そんなふうに彼女たちを思っていた。


 シオリちゃんもマムちゃんも、まだ小学3年生だからね・・・・。


 しかし神酒がそう思いながら、詩織のいる方に顔を向けた時だった。彼女は2人の表情を見て驚いたことがあった。

 詩織と真夢は、しっかりと最後まで神酒の話を聞いていたのだ。

 真剣に、神酒の話す言葉を一門一句も聞き逃すまいと。

 自分の目の前に突きつけられた現実から目をそらさず、その小さな目をしっかりと開いて、泣きそうになるのを必死にこらえながら・・・・。


 そうか・・やっぱりナミはシオリちゃんにとって、大事なお姉さんなんだ・・・・・。


「ねえミイちゃん。ナッちゃんは、もう帰ってこれないの?」

「・・・ゴメン・・・、あたしには判らない」

「あたし、探しに行ってくる!どこに行けばいいの!?」

 

 詩織は神酒のベッドに顔を寄せると、目に涙をためたまま真剣に神酒に迫った。しかしそんな詩織の頭を、神酒がようやく動く左手でなでながら首を横に弱く振るのを見た時、詩織はそのままベッドに顔を伏せてしまった。

「・・・シオリちゃん・・・」

 詩織を心配する真夢が、釣られるように目に涙を浮かべながら彼女を慰める。


 しばらくの間、病室に沈黙が流れた・・・。



「シオリちゃん。これから大事なお話をするから、よく聞いてちょうだい・・・」


 ふいに、神酒が話を始めた。それは彼女が何かを決心したような、少し強い口調だった。


「いい?よく聞いてね。あたしのサイフの中に鍵が1つ入っているから、それを持ってあたしの家に行って」

 急な神酒の話に、詩織は不思議そうに聞き返した。

「鍵?」

「そう、あたしの机の鍵よ。それでその机の引き出しの中に、小さな木の箱とメモ帳が入っているの。メモ帳には電話番号が書いてあるからそこに電話をして、その木箱を電話の人に渡して。」

「木箱?電話?」

「電話の相手は、『シーナ』という人。外人さんだけど、日本語がちゃんと話せる人だから大丈夫よ。優しい人だから。」


 ロイド・シーナ・バークナーという名前を覚えているだろうか?

 かつてクラウスの姉として登場した、ウォーカーフィールドの組織「B・D」の一員で、神酒たちに協力してくれた人物である。


 神酒の話はこういうことだった。

 かつて彼女たちが経験したウォーカーフィールド【ロズウェル】での事件。そこで手に入れたいくつかの備品の中に、碑文が書かれた羊皮紙があることを神酒は知る。

 鳳町のロバート神父の助けにより、その後、羊皮紙により書かれた場所であるミスカトニック大学の倉庫に、アラベスク模様で装飾された奇妙な木箱を発見。

 誰にもわからないように、それを神父からこっそり神酒のもとまで発送してもらい、今まで大事に保管していたというのだ。


「シーナさんに連絡することができたら、シオリちゃんやマムちゃんが知っていることを全部シーナさんに話して」

「それでナッちゃんは帰ってくるのか?」

「それは判らない。でも・・・」

 神酒は少しだけ短く言葉を区切った。


「でも、ナミやシュンを助ける方法があるとしたら、それを知っているのは多分シーナさんだけだと思う。あの木箱は、『マトゥの木箱』という名前らしいけど、詳しいことはよくは判らない。でもね、何かの手助けになるような気がするんだ」


「箱の中には何が入っているの?」

 少しだけ見えてきた希望に、真夢も目を大きく見開いて神酒に聞いた。

「ゴメン。あの箱は開けることができなかったの。それに・・・」

「判った!!」

 神酒の話にガマンできなくなった詩織が、神酒の言葉を遮った。

 七海を助けることができるかも知れないという希望が出てきたのだ。

 ムリからぬことかも知れない。


 詩織は神酒のベッドの反対側に回り込むと、そこにあったサイフの中から鍵を取り出し、

 真夢の手をにぎって病室から飛び出していった。

「ミイちゃん、行ってくるね!!」


 あわただしく飛び出していった詩織と真夢を見送った神酒は、ふぅと一息ついてから、再び体を休めるために目を閉じた。

 そして、さきほど言いかけていた言葉を思い出し、ふっと思い出し笑いをしていた。



『それにしても、シオリちゃんはナミの小さい頃とは全然違うね。ホントにあわただしいんだから。でも、なんだろう?シオリちゃんとマムちゃんには、何か不思議な力があるような気がするんだ・・・。

 シュン。

あの子たち2人にシュンとナミのこと任せるけど、これで本当に良かったのかな・・・・?』

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