ショッピングモール物語その3
クリスマスも終わり師走の忙しい時期に大城田が社長に呼び出された。
「失礼します」
と、大城田は社長室のドアを開けた。
「今回のクリスマスイベントは大成功だった。売り上げ大幅アップで本社から感謝状を貰った。君のおかげた」
「有難うございます」
「君の様な部下を持って私は幸せだった」
「だった?語尾が変ですよ」
「いや実話、今日で社長を辞任する事にした」
「えっ、何故です」
「健康診断で肺にポリープが見つかって緊急手術する事になった。集中治療で半年は入院する事になった」
「本当ですか。今のお具合は」
「大丈夫だ何ともない、今は医学が進んでいるから元の身体に戻って会社復帰は可能だが、引退する事にした」
「なぜです。まだ若いじゃないですか、引退は早いです」
「いやいや、引退する。でだ、君を社長に指名したい」
「僕ですか」
「そうだ。やってくれるな」
「はい」
大城田は自信なく答えた。
「よし、決まった。私は明日オペがあるから今日で社長業は終わりだもうここには戻らん。今から君の部屋だ自由に使ってくれ。これで俺も自由だ」
同じ頃、倉敷西モールでは。
「大城田君ちょっと来てくれないか」
「はい」
大城田夫人が社長に呼ばれた。
「うちの会長が君を最高取締役にさせろと、うるさくて」
「えっ、最高取締役に私をですか」
「そうだ、赤字経営だったこのモールを黒字に転換したから、君にここを任せろ、と言ってる」
「最高取締役って社長に」
「嫌か」
「嫌じゃあないけど、私に出来るか自信がありません」
「ばかでも出来るよ」
「人脈もないし、無理だと思います」
「わしが社長を辞任すればわしの人脈も消える。消えた人脈は次の社長に展開するから大丈夫、それに周りが助けてくれし」
「はい、じゃあやってみます」
と云う事で簡単に社長に就任した大城田夫人だったが、名前は前の苗字を使って犬養に替えていた。つまり大城田社長ではなく犬養社長に改名した。
倉敷東のマスカット野球場を格安である業者が買い取った。その業者とはモール発祥の地アメリカアーカンソー州の日系人ボーマン和子だった。ボーマン和子は赤字経営のマスカット野球場を格安で購入、その野球場を破壊し更地にした。その周辺の農家も言値で買うと云う触れ込みで簡単に買収された。気が付くと倉敷西モールと倉敷北モールを足してもまだまだ広い米国の巨大ショッピングモールが完成した。そのモールの設計はドーナツの形に設計された建物だった。衛星写真で見ると巨大なドーナツが倉敷の街の真ん中に乗っかってる様な感じに写っていた。敷地面積5平方キロで広い敷地内を山手線の様に電車が走っていた。倉敷東モール社長の名前はボーマン和子と云った。彼女はオクラホマで1ドルハウスの発案者で知られていた。その1ドルハウスを100円ショップと改名して日本に進出、100金ブームの火付け役の張本人だった。彼女の出身は東京都荒川で東京の大学を卒業して単身で渡米、そして米国人と結婚一子をもうけたが離婚した。そんな彼女をオクラホマドーナツと云う会社が日本人の彼女を抜擢して送り込んだのだった。そのオクラホマドーナツとは全米で一番売れているドーナツで、日本進出第一号店に倉敷が選ばれた。それを聞き付けた全国のドーナツファンがドーナツを求めて倉敷東モールに殺到した。そんな倉敷東モールに客を取られた倉敷北モールと倉敷西モールは閑古鳥がないていた。社長に就任したばかりの大城田は客を呼び戻す為の企画を考えていた。
「そっすか、頑張ってくださいっす」
「はい、がんばります」
暇田山が新人の若い店員を励ましていた。
「貴方もっすか。今日からですか」
「はい」
「頑張ってくださいっす」
それを見ていた大城田が話し掛て来た。
「暇田山君なにしてる」
「新人を励ましてる所っす。見れば判るっすす」
「それはお前の仕事じゃないだろう」
「社長、良くみて下さい彼女達、ちっとも楽しそうじゃないす。上から扱かれてストレスになってるんすよ」
「仕方ない事じゃないか」
「最前線でお客に接する彼女達から笑顔を削いだら売り上げに響くっす」
「お前の役職はなんだ」
「専務っす」
「専務は専務の仕事が有るだろう」
「売り場全般の監督すっす」
「そのすっすはやめろ」
「はい、すっすを辞めます。すみませんすっす」
「暇田山君」
「はいっす」
「もういい、すっす言う専務が居てもおかしくないよな」
「さて本題に戻ろう、今度のイベントの企画書だ」
大城田は徹夜で考えたイベント企画を暇田山に手渡した。
「ふむふむ、さすがっすね。これなら倉敷東モールに取られた客が戻って来るっす」
「これを全部お前に任せる。俺は何処かに消えるから」
「消えるって何処行くんすか」
もうそこには大城田はおらんかった。
「社長、社長何処っすか。忍者みたいっすすすすっと消えたっす」
と言う事で暇田山は大城田の企画書通りにステージとかタレントとかイベントの準備をした。
「専務、タレント事務所の歌手の方が今到着しました」
暇田山は喜びを周りに振りまいた。倉敷北モールの玄関、南入り口に長いリムジンが横付けされた。
「お待ち致しておりました」
なぜか、すっす言わない暇田山がお迎えしていた。なぜなら、暇田山の大ファンのミュージシャンだったからだ。もちろん暇田山の希望で呼んだに決まっていた。ある倉敷の家庭の一場面である。
「あなた、これ見て」
「なんだ」
「これ」
その奥さんが新聞のチラシを見せた。チラシを見た旦那はこう言った。
「なんだって、あの超売れっ子のミュージシャンが倉敷北モールにやって来るだって」
「違うのもうコンサートが始まってる頃だって」
「本当か、こうしちゃあいられない、倉敷北モールに行かなくちゃあ」
と言った感じで倉敷中の住民は倉敷北モールに集まってきた。椋鳥のクリスマスイベント以来の客入りだった。
「凄い客の数っす」
暇田山は一番真ん前の客席でその超売れっ子ミュージシャンの歌声を聴いていた。その頃大城田は別居中の奥さんの犬養と会っていた。
「どうしたその髪」
ロングヘアのカツラを被って変装していた。
「貴方だった口髭鼻の下に貼り付けて、かっこわる」
「こうでもしないと会えないだろう」
「そうね、私達の事世間に知れたら即首かもね」
「競争社会で僕たちの様な関係なんてあり得ないからな」
「所で、話ってなんだ」
「うちで扱ってる商品の事なんだけど、前社長が仕入れた商品でこれ」
犬養は袋から商品を取り出して大城田に見せた。
「なんか柄悪い色のシャツだなあ」
「そう、ぜんぜん売れなくて困ってるの」
「こんな感じの売れ無い商品って何処でも有るよ」
「そうだけど、問題は仕入れた量なの」
「何着あるんだ」
「百万着よ」
「何い、これが百万着」
「去年から半額にしても売れなくて倉庫が満杯で商売上がったりなの。それで貴方に相談を」
「俺のモールで売れって事か」
「貴方のモールの倉庫はオープンしたばかりで空いてるでしょう」
「うん、そうだけどこれをが売れるかな」
「貴方のアイデアで売ってちょうだい」
「嫌だと言ったら」
「別れる」
「待て、それはこまる」
「じゃあやるの」
「やります」
奥さんには弱い大城田だった。
「これでやっと港に預けたコンテナを内に運べるわ」
「売り上げはどうする」
「売れる訳無いじゃない。じゃあ明日荷物を送るから」
手な事で、翌日倉敷北モールの倉庫に大量のシャツが届いた。
「社長何仕入れたんすか」
牽引トラック5台分の荷物が運ばれてきた。
「これだ」
大城田はあのシャツをタオルの様な扱いで暇田山に渡した。
「なんすかこれ、柄悪いシャツっすね」
「朝一売り場関係者を集めてこれの企画会議をする」
「はい、企画会議ですね了解っす」
「所で話変わるが。昨日のイベントコンサートの件だけど会場の一番前の客席で騒いでいたそうじゃ無いか」
「えっ、何で知ってるんすか」
「昨夜のローカルニュースでお前が写っていたぞ」
「まじっすか」
「コンサートを観に来たただのおっさんにしか見えなかったぞ」
「お客を監視してたっす」
「最前列でお客を監視できるか」
「ミュージシャンの方です」
「もういい、会議だ会議、いくぞ」
「はいっす」
暇田山は近くのインターカムをとり放送した。
「朝一、会議があります。関係者は会議室に集合してくださいっす」
すっすを聴きつけた売り場担当は地下の会議室に集合した。全員揃った所で大城田が切り出した。
「はいでは、皆の手元に置いてある商品を開けて意見を聞かせてくれ」
バサバサ、ベリベリと包装したビニール袋を破く音が会議室に響いた。
「何じゃこりゃ」
「ださい」
「雑巾にもならないぜい」
「絶対うれんわ」
「だれが作った。顔が見たい」
シャツの品評は蔑むだけだった。
「社長これ幾らで売るんですか」
「二千五百円だ」
「だだでも売れませんよ」
ぼろくそに言われて、大城田は怒りだした。
「おい、てめえら言わせておけば、雑巾だの、ウエスだのと好き勝手な事、抜かしやがって。ここを何処だと思ってやがるんだ」
「会議室っす」
「暇田山は黙っとけ。いいかてめえら、百万着ぜんぶ売り切りやがれ、分かったか」
「へい、親分」
と、子分どもは売り場に散って行った。大城田社長の指示で全ての売り場にそのださいシャツが展示販売されていた。案の定、客には不評で誰も手に取って品定めする客はなかった。見兼ねた暇田山が言った。
「社長このシャツ撤収しましょう」
「勝手に決めるな」
それから更に時が流れた。
「社長、始めてあのシャツが展示場所から誰かの手に渡りましたっす」
「なに、それは本当か、やっと一枚目が売れたか」
「いや、あのうっす。売れたんじゃなくて、万引きされたんすよ」
「なにい、万引きされた。なぜそれを早く言わん。売れる兆しじゃないか」
「それが、そのシャツっすがね」
「そのシャツがどうした」
「封も開けずに駅のゴミ箱に捨ててあったんす」
「なにい、捨ててあっただとお」
「そうす。やっぱりあのシャツを売場から撤収しましょうっす」
「駄目だ」
そして更に時が流れ、倉敷北モールには客がこなくなった。
「社長、なんとかしろ」
「このモールつぶれるぞ」
「あのシャツのおかげて客がこなくなった」
社員の抗議の嵐が大城田を襲った。
場所変わってここは香港の絵画オークション会場だ。世界から大金持ちが絵画の収集に集まった。
「これが最後の商品です。どうぞ、入札をお願いします」
その絵は無名の画家が描いた絵だった。公害を訴えたタイトルがついていて小汚い、ださい、雑巾みたいな絵に観えた。初めは誰も入札者はなく入札ゼロで終わるかと思ったその時だった。「100」と一番後ろの席の方から声が掛かった。画家収集家の目線がそのバイヤーに向けられた。そのバイヤーにつられて、200、300と値が上がり出した。最終的に一千億の値で落札された。その絵画落札のニュースは世界中にながれ日本でも放送された。そのこ汚い、雑巾みたいな絵画の映像が倉敷東モールと倉敷西モールの大型テレビモニターに映し出されると、買い物客がその絵画に素早く反応した。
「あの絵は倉敷北モールに展示していたシャツにプリントされた絵じゃん」
「ほんとだ」
「まだあるかな、倉敷北モールに行ってあのシャツ買ってこう」
「行こう、行こう」
と、倉敷東モールと倉敷西モールの客がガランガランの倉敷北モールに移動をはじめた。
「暇田山何があった客が押し寄せてきたぞ」
「社長、これっすよ」
暇田山がオークションの絵画の画像をiPhoneで観せた。
「あっ、おんなじ絵だ。これを観てご来店したのか。でも、なんで?」
「この絵の落札価格が一千億円だからっす」
「なにい、本当か」
「あれは著作権法に触れるかも知れませんす」
「なんで」
「あのシャツを販売すりには、あの絵を落札したオーナーの承諾が必要だからっす」
「そんなのあり得ん、内のシャツの方が先に売り出したんだから、承諾も何もあるか」
「でも、賠償金問題に発展したらえらい事っす」
「一応これを仕入れた所に問い合わせてみる」
大城田は嫁の犬養に電話を入れた。
「今晩話がある、会えるかな」
「私も貴方に話が、いいわよ」
倉敷西モールのひと気の少ない電気自動車専用駐車場で犬養は大城田が現れるのをまった。そこへ大城田のポンコツの車がボロンボロンいいながら入って来た。社長が乗る車とは思えない代物だった。
「何この車、私の車でいきましょう」
「お前の車は目立つから駄目だ」
「こっちの方がもっと目立つわよ、こんなポンコツ見たことない」
「いいから乗れ」
と、そのポンコツは黒煙をあげながら倉敷の空を汚しながら進んだ。その後方を一般人の車が煙いからと距離を空けて走っていた。
「さてと、今日は何処にしょうかな」
大城田は立ち寄る店をハンドルに抱き付いて探していた。
「あれだ、あれにしょう」
昼でも暗い松明が目印のステーキハウスに車を乗り入れた。午後3時の時間帯とあって客が少ない。
「腹減った。500gのニューヨークステーキでも食うかな」
「私はコーヒーでいい」
「飯は食って来たのか」
「食って来ました」
「そうっか、じゃあいま言った。二つ」
と、給仕に注文した。大城田は犬養の肌艶を観察していた。
「今日は特に綺麗じゃないか、ほれぼれするぜ」
「何が、ぜよよ、ばかじゃないの」
「俺たち会えば直ぐ喧嘩だな。殴り合いに成る前に本題に入ろうか。あのシャツの件だけど、どういう経緯で手に入れたのか聞かせて」
「その前に、今どうしてるの」
「何が」
「あのシャツよ」
「売場から撤収したよ」
「なんで」
「著作権が絡むからに決まってるだろう」
「それは問題ないわ、絵を描いた本人がプリントしたから」
「本人って、あれの作者は誰なんだ」
「前の社長よ。こうなる事を予測してシャツを作ったって、だからあのシャツのタグがあれば販売はいいそうよ」
「本当か」
「前社長本人の話では、売買の条件にシャツの事が組み込まれているから大丈夫だって」
「じゃあ、あれを販売しても問題ない訳だ」
「そう」
「いいのか、俺だけが販売して」
「私たちは夫婦でしょう。あのシャツの代金も貰ったし、勝手にすれば」
「そうか、ありがとう」
「どうしたの、急にそわそわして」
「食事の前にしたい事がある」
「なにを」
大城田は犬養の目をジッとみつめた。そしてゆっくりと顔を近づけた。犬養は目を閉じた。そして大城田が言った。
「ションベン行ってくる」
側を通りかかった給仕が思い切りこけまくった。倉敷北モールに戻った大城田は早速シャツの販売に乗り出した。待ってましたとばかりに客の行列ができた。その行列の取材にKBC瀬戸内TVが筆頭に放送を始めていた。鼻を膨らませた中村アナが登山で鍛えた脚で先頭から最後尾までを駆け足で中継を始めた。案の定、カメラマンが中村アナに追いつかず横転、映像が乱れぼっけえ高いカメラが。
「映像が途切れましたけど、どうしました」スタジオの早井アナが言った。
「カメラマンが転けちゃいました」
と、中村アナの声だけが放送された。そこで中継は中断された。それを見ていた他の放送局のクルー達が笑い転げていた。
「何処の局よ、馬鹿にして」
鼻を何倍も膨らませた。今日は雨だと云うのに客の足は途絶える事はなかった。あのシャツの売場周辺は人で溢れていた。今日販売するあのシャツは既に売り切れて無い場所が客の溜まり場に成っていた。あのシャツが又店頭に並ぶのではないかと誰かのホラを信じて居残っていたのだ。そのシャツ全てが売れた時、儲けた金で屋上に観覧車を建てる計画を大城田は考えていた。