5.3人の神との対面
こまった。あと何を話すればいいのか・・・。
戦神を前に俺はかなり困惑していた。
「あ、あと。あね・・・じゃあなかったフウカがお世話になっています」
言えることと言えばこれぐらいしかない。俺は日本人らしく軽く頭をさげた。
「いや。お世話になっているのはこちらだよ」
そう言ってお互いに握手を解く。オリセントは続けて笑みを浮かべながら俺にとってはすごくありがたい提案をしてきた。
「オリセントと呼んでくれ。ハヤトにしてみればいきなり俺を父と呼ぶことに抵抗があるだろう。だから、同じ神の仲間として接してくれたらいい」
「すみません。気を使わせてしまって。そう言ってもらえると助かります。フウカも姉だったので今更、母と思うことはできないんですよ」
俺はほっと小さく息を吐きながら彼に本音を伝えてた。
本当にたすかった。
そんな俺の頭にいきなりオリセントはぽんっと手を置いて、すこし前かがみになりながら視線を合わせてきた。色違いの瞳が真っ直ぐに俺のほうを向いている。
「仲間なんだからできれば敬語は止めてくれるとうれしいが?これから俺たち3人は接することも多くなるだろうしな」
け、敬語なしですか~?こんなお偉いさんみたいな人相手に・・・。
いきなりそれはきついっす。
思わず彼から視線を外し、フウカに助けを求める。
しかしフウカの反応は冷たかった。
「それはそうね。ハヤト。そんなに緊張しないで普通にしゃべって大丈夫よ?」
「そ、そうは言うけど、姉貴。いきなり会ったばかりの人に敬語なしでしゃべれるかよ」
俺はついくせで姉貴と呼んでしまう。長年のくせはさすがに今日明日で治らないものだ。
動揺を隠せない俺に対して、姉は暢気そうに考えるように頬に手を当てる。
「ん~。気の持ちよう?私も最初は敬語なしにするのに、意識しないとだめだったけど今はまったく普通にしゃべれているよ?」
フウカはそう言いながらオリセントのほうを嬉しそうに見ている。昔を思い出している様子だ。その表情は本当に艶やかで幸せを全面に出している。
「フウカも最初は敬語だったな。それより前にいきなり空から飛んできてびっくりしたが・・・」
それに対してオリセントのほうも、今までの柔らかくなった表情をより一層柔らかくしてフウカに話かけている。
ああ。本当にこの二人好き合っているんだな~とこんな時なのに感心してしまった。
「そ、それは言わないで。あの時は恥ずかしかったんだから」
フウカはそう言いながら恥ずかしそうに両手で赤くなった頬を隠している。
言いたくないが、バカップルの雰囲気が二人から漂ってくる。
何も言えずにフウカのほうを見ていると、その視線に気がついたようですこし気まずそうにこちらに向きなおしてくれた。
「あー。オリセント。フウカみたいにノーテンキでないんですぐには無理だけど、徐々に普通に話できるようにします・・・じゃあなかった。普通にはなすよ」
俺はそんなフウカにあえて突っ込まない代わりにすこし嫌味をのせて、オリセントになんとか敬語なしで話すように努力する。これぐらいは許されるだろう。
そういう俺に反論しようとフウカは口を開くが言葉を発することなく、一瞬動きを止める。
どうしたのだろうか?と訝しげに彼女を見ていると、神の国の責任者であるという人たちがここに来ると教えてくれる。
神の責任者というと、ギリシャ神話でゼウスとかそういう立場の人だろう。
いきなり会うと言われても心構えができるわけがない。
断ろうかと一瞬思ってしまうが、どうせいつかわ会わないといけないんだ。それならさっさと済ましてしまったほうがいい。
俺は結局、どうにでもなれとなげやりな気持ちで了承することにした。
すぐさまに部屋の空間が歪んで、金と黒の色違いの青年二人が姿を現す。
オリセントをはるかに凌ぐギリシャの青年像のような顔立ちの双子に俺は思わず息をのむ。
神の国だけあって美形ばかりだ。こんなに美しい男性たちは見たこともない。
「これはこれは・・・。俺はレイヤだ。光を司っている。で、こっちが闇の神のゼノンだ。一応ここで一番古株ってことで責任者のようなもんだ」
まずは金色の髪と瞳の青年が楽しそうに俺の姿を見ながらそう挨拶をしてきた。その表情は清々しいモノで正直威厳を感じさせない。顔立ちをのぞけば日本にいるような軽い口調の青年のようだ。
それに反して同じ造形なのに印象が全く違う黒色の髪と瞳の青年は、ただ黙って観察するようにこちらを見ていた。
「ハヤトです。よろしくおねがいします」
俺はとりあえず日本人らしく軽く頭を下げながら、二人にそれだけを言う。
「やはりフウカと一緒で名前あるんだな。そのままの名前でいいのか?」
「あ、はい。変えないでください」
俺はフウカから名前のことを聞いていたのですぐに返事を返した。こればかりは意地になっていると言われても譲れないところなのだ。
目の前のレイヤも別に強制するつもりはないようですぐに了承してくれた。そしてじっと俺の姿を見てくる。
「うーん。フウカよりは安定している神気だな。だが、まだまだ不安定ではあるようだ。守護の神であることは自覚あるか?」
しばらく観察してからそう聞いてくる。自覚などあるはずもない。そう言うとフウカが横からフォローしてくれた。
「それについては私と同じで、いろいろと力の勉強とかしていけば自然に分かってくると思う。と言っても私もまだまだ自覚少ないんだけど」
なるほど。それを聞いてフウカも俺を同じでこの状態に戸惑い、それでも勉強して慣れていこうと努力したのだなって今更ながら思い知る。
そして、彼女が先輩として一緒にここに居ることは、俺にとって本当に助かることなのだと感じることができた。最初にあるかもわからない道を作るのと、出来ている道を進むぐらいの差はあるだろう。
「そうですね。しばらくはフウカと一緒に力やこの世界について、学んでいけばなんとかなるでしょう」
今まで黙って俺を見ていたゼノンとかいう黒の青年がそう言ってくる。
「ハヤト。いきなりこんなことになってとまどいはあると思う。だが、俺たちは君がこうしてきてくれたのを心から喜んでいることをわかってくれ。守護の神としてよく誕生してくれた」
そう言いながら金色の青年・・・レイヤがすっと手を差し出して、握手を求めてきたので俺も手を伸ばす。
「私としては守護の神としてももちろんとても嬉しいですけど、人間の記憶を持ったまま神として過ごしているフウカのためにも、あなたがそばに来てくれたことを心強く思っています」
黒髪の青年・・・ゼノンも手を差し出してきたので、同じように握手した。彼らもフウカのことを大切に思ってくれているようだ。
「ありがとうございます。フウカは俺としても大切な姉だし、ここで幸せに暮らしているのはあなた方のおかげでしょう」
心からの感謝をこめて俺は彼らに軽く頭を下げた。
「俺はまだ正直実味ないし、守護の神と言われてもなにもできないですけど、別に日本に未練はないですし、こちらでお世話になるのもありかなって思っています」
住む場所が他にないのだから開き直るしかない。だからどうしてもお世話になる彼らにそう言うと、視界の端で切なそう表情でフウカが俺を見ていた。
俺の心情を読み取っているのだろう。
「ただ、この姿は正直勘弁してほしいんですけど」
俺は苦笑いしながら努めて軽い口調でそう言うことにした。
それに対して、ただ愛想笑いのようだったゼノンの笑みが口元をあげてとても深いモノになる。美形なだけに見るもの全てを誘惑してしまうような深い微笑みだ。
「あなたにはその姿は不本意でしょうが、そうなった理由も必ずあるのだと思いますよ。フウカとあなたが人間の記憶を持ったままここの神に転生したのにもね」
何を言われたのか頭で理解できないぐらいにその微笑みに動揺してしまう。俺にはそういう趣味もないのだが、これほどの微笑みをされると顔が火照ってくる。
「悪いな。さすがに性別とか外見は俺たちにもどうすることもできないんだ。ゼノンのいうようにそういう運命だったと思って諦めてくれ」
ゼノンの隣でレイヤがわずかに片方の口元を上げ苦笑しながら俺にそう言ってくれて、まるで呪縛から解き放たれたかのように思考が回復する。同じ顔なのにレイヤの微笑みは清々しいものである。
こちらのほうが被害がなくて本当に助かる。
「分かってますよ。受け入れたくないですけど、受け入れるしかないのでしょ?」
回復した思考でなんとかそう返事した。
「そうですね。とりあえずはフウカと一緒にここの事などを学んでいってください」
ゼノンの言葉でこの場はお開きになり、レイヤとゼノンはすぐに来たときとおなじように姿を消していった。
「じゃあしばらくは二人で色々と話ししたいだろうし、俺も部屋にもどるぞ。今日はずっと神殿内にいるから用があればいつでも呼んでくれ」
オリセントもそう言い残して部屋からいなくなり、ようやくフウカと二人っきりになった。
その途端に俺は構わずに先ほどまで寝ていたベッドに倒れこんだ。
つ・・・つかれた!
とりあえずやらなければいけないことは終わった。畏まらなければいけない場面もなかったことはよかったのだけど、一転して自分の身の上が変わって初めての人に何人も会うのはどうしても気を消耗してしまう。
これからどうなるか考えることも放棄してベッドにうつ伏せになっていると、腰のあたりと頭に暖かい体温を感じる。
フウカがベッドで寝そべっている俺の腰の横に腰かけて、優しく俺の頭をなでてくれているんだ。
無言だったが、その手がよく頑張ったねと俺を労ってくれているようである。
ここまでは『女神の憂鬱』のハヤト視点を書いています。
次回からはこちらだけでしばらく話が進みます。
正直、同じ場面を視点変えて書くのは普通に書くより楽だと思っていたのですが、私にとってはこちらのほうが難しいです。実際書いてみないとそういうことって分からないですね。でも、『女神の憂鬱』を読んでいない人でも分かるようにするにはここまでは書かないとだめだったのでがんばりました。