3.受け入れたくない現実
姉はそこで橘風香としての記憶を残したまま、癒しの女神として修業していた。でもある神に記憶を消されてしまったと。
その後、魂の一部のようなものが地球の俺のところに来たと。それが俺の感覚では1ヶ月前のことだ。
で、姉が戻ろうとしたら自分の身体の中で『戦神と結ばれて守護神を創りなさい』という声があった。
それで、戦神と結ばれて子供が生まれたら俺だったと・・・。
説明を聞いて思わず叫んでしまう。
「女になってたのもショックだけど、姉貴の子だと!?」
今まで姉だった人が自分の母となるのだ。ショック受けないわけがない。女の身体もショックだが、その件もかなりパンチがきいている。
「だっていなくなってから一ヶ月ぐらいしか経ってないだろう?それなのになんで生まれるんだよ?ありえないだろう」
姉が嘘つくわけがないとは分かっていながらも、俺は悪あがきに常識を口にする。ここに俺の常識なんか通用しないことは当たり前なのにだ。それほど信じたくない内容だった。
「残念ながら、ここでは一週間もあれば産めちゃうのよ・・・」
目の前の少女は申し訳なさそうにそう言う。やっぱそういうオチかよ。
頭を抱えようとして、姉である少女の後ろに姿鏡があるのに気がついた。その中で頭から布をかぶって顔を出している変なかっこをした少女が俺を凝視している。もしかして、あれがいまの俺の姿か!
考えるよりさきにかぶってた掛布を取って、ベッドの上に立つ。そうすると、鏡の中の少女も同じ動作をした。
その姿をじっと見る。
ものすごく不機嫌という文字を顔中に張り付けた、高校生ぐらいの肩ぐらいまである黒髪の少女が、なじみの俺のパジャマを着て立っている。服がだいぶぶかぶかになっているので、背は縮んでしまったようだ。まあ女で180センチある人はめったにいないだろうが。
目の色は両目とも薄紫色だ。目の前の少女の片目と同じ色彩になっている。顔立ちは姉と同じくだいぶ派手になっているが、自分が中学ぐらいの忌まわしい顔立ちそのままだ。俺は中学時代は思いっきり女顔で、よく仲間にからかわれたものだ。さすがに高校3年ぐらいで背がぐんぐん伸びたので、間違われることもなくなり顔立ちも男らしくなったのでほっとしたが。
トラウマだったその顔に加えて、今度は身体まで女になってしまったというわけだ。
思わず、姉貴に愚痴を言ってしまう。
「姉貴を責めるのはだめかもしれないけど、せめて男に産んでくれよ~」
「ご、ごめん」
姉は傷ついた顔をしながら瞬時に謝ってくる。だが、姉にはどうしようもなかったんだと俺は十分わかっていた。産み分けなぞできるわけがない。ましては俺がこうなるなどと思いもしなかっただろうから。
「分かっているよ。ただのやつあたりだ、ごめん」
俺は姉のこの顔には昔から弱く、あわてて謝ることにした。さらに話題を変えることにする。
「で?相手の戦神とやらはさっき姉貴を抱いてた大男か?」
俺はさきほど、この姉を抱いていた男を思い出してそう言う。すると姉貴はすこし目を緩めながらその男の名前を教えてくれる。
「うん。オリセントって言うの。今、隼人が落ち着くまで2人のほうがいいだろうって自分の部屋にもどってると思うわ」
そういう姉の表情が、本当に柔らかく俺でさえ見とれてしまうほど美しいものであった。ここで、姉がそのオリセントとか言う男性のことを本当に思っていることが嫌でも分かってしまった。
使命とか言ってたけれど、きちんと相手のことを好きになっているようだ。
「色々納得できないこともあるし、この状態を受け入れることはできないけど、姉貴が消えることなく幸せになっているって分かったことだけは救いだよ」
この前会った時の消えて無くなりそうな儚い笑顔をみていたので、そのときとはちがう幸せそうな笑顔を見れて肉親として安堵したので、そのまま気持ちを口にする。
そう言うと、姉は一瞬驚いたように目を開く。そのあとすぐに、苦笑も交じったような笑顔に変えてこう言った。
「ありがとう。隼人には悪いけど、隼人がここに居てくれることは本当にうれしいの。自分勝手だよね、ごめんね」
姉の正直な気持ち。それはそうだろう。こんなところでたった一人で風香の記憶を持ったままいたのだから。逆に俺が先にそういう立場ならさっさと記憶を消してくれと言っていたかもしれない。ここがどんなところだか分からないし、姉曰くそれなりに快適な暮らしができていたらしいが、それでも孤独感はぬぐえないだろう。
俺としては今までの人生にそれほど未練があるわけではないし、姉のそばで一緒にここの人生を楽しむのもありかと思う。なんせ、恋人もいなくなったし、仕事もお金のためだけでなんの執着もなかったのだから。
俺だけが姉を覚えていた上にその姿をみることができたのは、今から考えるとこういうことになるからだったのだろうと思うことができる。
まだ、気持ち的には受け入れていないけれど、頭ではそう理解していた。
「せめて男神に産んであげれればよかったんだけど・・・」
だから姉貴がどうしようもできないことをこのように口にしたのを聞いて、軽口で返すことができた。
「オカマの親みたいなこと言うなよ、まったく。姉貴がどうこうできる話ではないんだろ?時間はかかるだろうけど、この状態を受け入れるしかないなら仕方ないだろ」
そう言うと、姉はすこし涙を目にためながら俺を抱きしめてきた。相変わらず、姉が泣き虫だ。
「はーくん。私ができることはなんでもするから。おねえちゃんを頼ってね」
おねえちゃんね~。
そう言われてそれがここでは違うという話を思い出して、思いっきりため息をはく。
「はぁ。おねえちゃんって言ってもここではかあちゃんになるんだろ?ほんと、カオスだぜ」
姉貴が母・・・。
この事実はあんまり受け入れたくない。少なくてもしばらくは時間かかりそうだ。
「ねえ。隼人。名前どうするの?私はフウカってままでいっているんだけど、違う名前をレイヤかゼノンに決めてもらう?男の名前だけどそのままハヤトでいく?」
俺のつぶやきに姉貴は反応したのか、気まずそうに小さな声で俺の耳元で聞いてくる。
それを聞いておれは考えるより早く返答していた。宣言するために姉の身体から離れる。
「ハヤトでいく!名前まで変えられてたまるか。変って言われてもハヤト以外呼ばれても返事しねえよ」
姿・性別まで変わってしまったのだ。せめて名前ぐらいはこのままでいいだろう。
女だろうが、ハヤトだ、俺は!
「そうね。ここだと、別に男の名前って言うのはないかもしれないし、大丈夫だと思うわ」
姉貴は俺をみながらそう言った。続いて俺の気持ちを軽くするようなことを言ってくれる。
「ねえ。私もハヤトの親って気持ちにはまだまだなれないし、ハヤトにしたら余計に私が母とはおもえないでしょ?だから今まで通り姉として接してほしいんだけどどうかな?」
それは俺としても願いたいことだ。さすがに母とは呼べない。ずっと姉として見ていたのだから。
俺は大きく頷く。
「あ、でもこれからは姉貴でなくフウカって呼んでくれたらうれしいな。だって周りからみたらおかしいだろうしね」
それはそうだ。
「フウカ。これでいいか?」
すこし気恥ずかしいが、俺は勇気をだして呼んでみる。呼ばれたほうも恥ずかしいのか、顔をすこし赤くしている。
なかなかいろいろな意味で前途多難だが、どうにか乗り越えるしかないようだなと他人事のように俺はそう思った。
次回は隼人のことをハヤト、風香のことをフウカで統一します。この回までは二人の中で気持ち的にまだ隼人、姉貴って感じだったので、ばらばらな表現になっていました。