鉄屑拾い
剣を振るうたび、黒い油が飛び散った。
鈍い金属音が荒野に響く。
男は眉ひとつ動かさなかった。
身の丈は百九十センチ近く。分厚い肩と、鎧のように鍛え上げられた肉体を、煤けた黒の外套が覆っている。外套の裾は擦り切れ、革の胸当てには無数の傷が刻まれていた。露出した腕にも、古い裂傷や火傷の痕が走っている。
短く刈り込んだ黒髪。無精髭の浮いた顎。鋭い眼差しは、眼前の機械兵器を獲物としてしか見ていなかった。
その機械兵器は、四本の脚を地面に突き立て、逃げ場を探すように頭部を左右へ振っていた。頭部といっても、人間のような顔があるわけではない。歪な装甲の中央に、赤いレンズがひとつ埋め込まれているだけだ。
旧式の自立型戦闘機械。
通称、残党。
かつて人間が造り、戦争に投入した兵器の成れの果てだ。命令を下す人間がいなくなった今でも、機械の中には古い戦闘プログラムが生き残っている。
そして、生きている人間を見つければ、敵味方の区別もなく襲いかかってくる。
「チッ。大人しく鉄屑になってりゃいいものを」
剣を握り直した。
刃渡り百二十センチほどの両手剣。その刀身には無数の傷が刻まれ、刃の一部は鋸のような歯を備えていた。機械の装甲の隙間に食い込ませ、配線や駆動部を断ち切るための細工だ。
残党の鋏が頭上から振り下ろされる。
半歩、横へずれる。
鋏が地面を砕いた瞬間、機体の懐へ潜り込んだ。装甲の隙間を狙い、鋸を深く突き入れる。
火花が散った。
機体が大きく揺れる。
引き抜いた鋸を返し、脚部の駆動軸を断ち切った。
巨体が傾く。
そのまま地面へ倒れ込んだ機体の首元に、鋸を突き立てた。
赤いレンズが明滅し、やがて消えた。
「……」
鋸を引き抜き、刃についた油を布で拭う。
周囲に動くものはない。
男は倒れた残党の外装を剥がし始めた。
仕事は単純だ。
依頼された残党を倒す。使える部品を回収する。街へ戻り、仲介屋に売る。
部品の価値は機体の種類と状態によって変わる。軍用の駆動部品なら高値がつくし、旧式の装甲板などは二束三文だ。
男は報酬と鉄屑の売却益で、その日その日を食いつないでいる。
国境の向こうでは、今も戦争が続いているらしい。
資源を巡る争いだ。
石油も、希少金属も、まともに採掘できる場所は減り続けている。国が滅びるほどではないにせよ、国民全員を今まで通り養えるほどの資源は、もうどこにもない。
だから各国は、残された資源を奪い合う。
兵器を造り、兵士を送り、領土を奪う。
その兵器が戦場で壊れれば、仕事が増える。
皮肉な話だ。
戦争が終われば困る人間もいる。
男もその一人だった。
最後の部品を袋へ放り込んだところで、腰の通信機が鳴った。
『回収は終わったか』
「今終わった」
『なら、もう一件頼む。北の旧採掘区画だ。残党が一機、街道をうろついているらしい』
「報酬は?」
『通常の倍だ』
「……ずいぶん気前がいいな」
『その代わり、機体はできるだけ原形を残してくれ。珍しい型らしい』
男は通信機を見下ろした。
残党退治にしては妙な注文だった。
だが、報酬が倍なら断る理由もない。
「わかった。場所を送れ」
通信を切り、鋸を収めた。
北へ向かう。
旧採掘区画は、かつて大量の鉱石が採れた場所らしい。今では採掘設備のほとんどが放棄され、崩れた搬送路と錆びた塔だけが残っている。
そこに着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
そして、すぐに見つけた。
機械が一機、採掘場の外れを歩いている。
全高は三メートルほど。二本の脚で歩き、腕には人間用の武器を拡大したような長い刃が取り付けられていた。
見たことのない型だった。
少なくとも、普段狩っている残党とは違う。
だが、妙なのは外見ではなかった。
そいつは、歩きながら何度も立ち止まっていた。
周囲を警戒しているようにも見える。けれど、視線の先には何もない。
やがて機体は、崩れた建物の前で立ち尽くした。
数秒間静止する。
また歩き出す。
そして、数歩進んでは立ち止まる。
「……」
故障か?
いや、故障した機械なら、あんなふうに周囲を見回したりはしない。
まるで、何かを探しているようだった。
男は鋸の柄に手をかけたまま、物陰で息を殺していた。
次の瞬間、地を蹴る。
黒い外套が翻り、鋸の刃が薄暗い荒野を走った。
「あばよ、鉄屑…!」
赤いレンズがこちらを向いた。
次の瞬間、機体が跳ねるように動いた。
速い。
振り下ろされた刃を、鋸で受け流した。衝撃が腕を駆け上がる。まともに受け止めていれば、骨ごと砕かれていただろう。
一歩踏み込み、機体の胴へ斬りつけた。
火花が散る。
浅い。
機体はすぐさま後退し、再び刃を構えた。
その動きに、男は違和感を覚えた。
さっきまでの挙動とはまるで違う。
いや、それだけじゃない。
こいつは俺の鋸を避けている。
攻撃を受ける直前に身を引き、こちらが踏み込む瞬間を狙って刃を振るってくる。
単なる戦闘プログラムにしては異常な動きだった。
まるで、人間のような――。
「……チッ」
馬鹿馬鹿しい考えを振り払う。
相手が何であろうと、やることは変わらない。
男は機体の攻撃を誘い、わざと大きく踏み込んだ。
刃が横薙ぎに迫る。
身を屈め、紙一重でかわす。
そのまま機体の懐へ滑り込み、膝裏の装甲に鋸を叩き込んだ。
駆動部が砕ける。
片脚を失った機体が傾いた。
男はすかさず背後へ回り、首元の接続部に鋸を突き立てる。
耳障りな鈍い音。
赤いレンズの光が消えた。
機体は、その場に崩れ落ちた。
男はしばらく鋸を構えたまま、様子を窺った。
動かない。
ようやく鋸を引き抜き、息を吐いた。
「……手こずらせやがって」
これなら報酬の倍額も納得できる、と、男は機体の装甲に手をかけた。
珍しい型なら、使える部品も多いはずだ。うまくいけば、数日はまともな飯が食える。
外装を固定している金具を外す。
装甲板が剥がれた。
内部には、見慣れない配線がびっしりと詰まっていた。通常の機械なら動力炉があるはずの場所には、黒い金属製の容器が据えられている。
容器の表面には、無数の管が繋がっていた。
そのうちの何本かは、機械の内部から外れ、細かく震えている。
「なんだ、これ……」
男は刃先で容器の蓋をこじ開けた。
金属が軋む。
蓋がずれた。
そして、中にあったものを見て、男は動きを止めた。
それはどう見ても人間だった。
若い人間が、狭い容器の中に押し込められていた。
年齢は十代半ばほどだろうか。
肩まで伸びた銀灰色の髪が、赤黒い液体の中で揺れている。肌は病的なほど白く、細い首には金属の輪が食い込んでいた。
身体には何本もの管が繋がり、こめかみから伸びたケーブルが頭部の奥へと消えている。
胸元が、かすかに上下していた。
生きている。
「……おい」
返事はない。
俺は容器の縁に手をかけた。
「聞こえるか?」
そのとき、相手の瞼が震えた。
ゆっくりと目が開く。
無感情な瞳が男を見つめた。
唇がかすかに動いたように見えた。
「あぁ?」
変わらず口は動いているが、声はない。
「…クソッ」
男は管の接続部を調べた。
‘’それ’’がなんなのか、どうしたいのかもわからないが、男の手は動いた。
一本ずつ管を切り離す。
警告音が鳴り始めた。
容器の内側で赤い光が点滅する。
最後の一本を切ると、ロックが外れた。
男は’’それ’’を抱き上げた。
驚くほど軽かった。
容器から取り出した途端、’’それ’’は激しく咳き込んだ。液体を吐き出し、男の腕を弱々しく掴む。
「おい…!」
返事はなかった。
‘’それ’’の目が、男の顔を捉える。
何か言いたげに唇が動いた。
けれど、そのまま力が抜け、意識を失った。
「おい、しっかりしろ…!」
肩を揺すってみる。
反応はない。
男は舌打ちした。
厄介なことになった。
見なかったことにして帰る手もある。教育をまともに受けていない男にも理解できた。自分の手に負えるものではないと。
それに、’’それ’’が入っていた機械は、明らかに普通の残党じゃなかった。
関われば面倒事に巻き込まれる。
それでも。
「……くそ」
男は自分の外套を脱ぎ、’’それ’’の身体を包んだ。
容器の中に残された装置を一瞥する。
生き物のように脈打つ、黒い塊。
それは明らかに男の理解を超えていた。
男は’’それ’’を背負い、採掘場をあとにした。
*
街へ戻る頃には、空はすっかり暗くなっていた。
街の外壁には国軍の旗が掲げられ、見張り台では兵士たちが銃を構えている。
この国は、まだ生きようとしている。
だが、国境の向こうでは敵国との戦争が続き、街の市場では食料も金属も値上がりする一方だった。
明日にでも、機械兵器たちにこの街の人々が踏み潰されない保証もどこにもない。
そんなことを考えながら、男は街の門をくぐった。
向かった先は、いつも鉄屑を買い取ってもらっている仲介屋の店だった。
鉄屑の売却と依頼の報告。それだけ済ませれば、今日の仕事は終わる。
店の扉を開けると、カウンターの向こうにいた男が顔を上げた。
「お、遅かったな。例の機体はどうした?」
「悪い。逃した」
「ほぉ、お前にしては珍しい」
仲介屋は意外そうに眉を上げた。
「何かあったのか?」
「俺にだってしくじることくらいはある」
「へえ。あの報酬をふいにするとは、運がなかったな。日頃の行いが悪いんじゃないのか?」
「ほっとけ。とにかく報酬は諦める」
「ま、そう気を落とすなよ。こっちもお前の仕事には期待してるんだからな」
仲介屋は愛想よく笑いながら、カウンターの上に肘をついた。
男は答えず、背負った荷物をわずかに持ち直す。
外套の内側で、小さな身体が微かに動いた。
「……ところで、ずいぶん大荷物じゃないか。報酬を取り逃して、ヤケになって狩りつくしてきたか?」
「まあそんなところだ」
「ふーん。見せてみろよ」
「いや、選別してから持ってくる。今日売りたいのはこれだけだ」
仲介屋は一瞬、不審気な顔をしたが、男の渡した鉄屑をひとつずつ手に取り、傷の具合や摩耗の程度を確かめていく。時折、卓上の計測器にかけながら、慣れた手つきで値をつけていった。
「駆動軸が二本に、装甲片が三枚……悪くない。合計で八百クレドってところだな」
「千だ」
「うまい報酬を取り逃して、取り返したい気持ちもわかるがね…」
「いや、その駆動軸は軍用だ。民生品とは値が違う」
「……ったく。商売人泣かせだな、お前は」
仲介人は帳簿に数字を書き込み、報酬を渡した。
男は硬貨の入った袋を受け取り、重さを確かめた。
十分だ。
これだけあれば、数日は食いつなげる。
「そういえば、北の採掘区画の件だが」
仲介屋が何気ない調子で口を開いた。
「依頼主が、機体の状態を気にしていた。取り逃したのは仕方ないが、何か気づいたことはないのか?」
「何も」
「本当に?」
「なんで嘘をつく必要がある?」
「そりゃそうだ」
仲介屋は笑った。
だが、その目は笑っていなかった。
「まあいい。あの型は少々特殊らしくてな。依頼主も、ずいぶんご執心でねぇ。もし何か見つけたら、真っ先に俺に知らせてくれよ」
「ああ」
男は踵を返した。
「おい、ちょっと待て」
扉に手をかけたところで、呼び止められる。
「次の仕事はどうする? 最近は残党の動きも活発だ。腕の立つ傭兵が必要なんだよ」
「悪いが他の奴に回してくれ」
「そうか。手が空いたらまた来い。いい仕事を用意しておく」
「…ああ」
扉を開けると、冷たい夜風が吹き込んだ。
男は振り返らずに店を出た。
背中の荷物は、相変わらず軽かった。
それなのに、妙に重く感じた。
*
寝床にしているのは、街の外れにある廃工場だった。
屋根の一部は崩れ、壁には無数の弾痕が残っている。まともな人間なら近寄りもしない場所だが、雨風をしのげて、誰にも干渉されない。それだけで十分だった。
男は床に敷いた古い毛布の上へ、背負っていた’’それ’’を横たえた。
外套を取り払う。
銀灰色の髪が、薄暗い灯りの下で鈍く光った。
「……」
さて、どうしたものか。
ひとまず水筒の水を布に染み込ませ、顔についた汚れを拭う。
首には金属の輪が残っていた。無理に外そうとすれば、皮膚を傷つけるかもしれない。こめかみにはケーブルを引き抜いた痕があり、赤く腫れている。
まともな治療が必要だ。人間であれば。
だが、医者に診せれば、詳しく素性を聞かれることになる。ただでさえ戦時下だ。市民の警戒心は強い。
軍に知られれば、もっと厄介なことになる。
そもそも、’’これ’’は何だ。
敵国の兵士か。実験体か。それとも、あの機械を動かしていた部品のひとつなのか。
考えれば考えるほど、面倒な答えしか浮かばなかった。
「……目が覚めたら、全部聞いてやる」
返事はない。
男は壁際に腰を下ろし、鋸を手の届く場所へ置いた。
眠るつもりはなかった。
拾ってきたものが人間であろうと、兵器であろうと、正体のわからない相手を無防備なまま放っておくほど、お人好しではない。
しばらくして、毛布の上から微かな音がした。
「……ぅ」
男は顔を上げた。
銀灰色の’’それ’’は、苦しそうに眉を寄せている。
やがて、ゆっくりと瞼が開いた。
焦点の定まらない瞳が、天井をさまよい、壁をなぞり、最後に男の顔で止まった。
「……ここ、は……」
かすれた声だった。
「俺の寝床だ」
‘’それ’’はしばらく黙っていた。
それから、自分の身体を確かめるように手を動かした。首元の金属輪に触れ、こめかみの傷に触れ、何かを思い出そうとするように目を細める。
「……わたし、は……」
「名前は?」
相手はしばらくして口を開いた。
「……テツクズ…」
「は?」
「……そう呼ばれたような」
男は深く息を吐いた。
「おい、そりゃあ……。まぁ、いい。他に何か覚えていることはあるか?」
「……ない」
「……そうかよ」
男は鋸の柄に手を置いたまま、テツクズを見下ろした。
場が気まずい沈黙に満ちた。もとより男は口が回る方ではなく、こんな経験は初めてだった。
男が何かを言いあぐねていたところで、テツクズが口を開いた。
「…あなたの名前は?」
「ラスト。鋸についた赤錆だ」




