壱:薬師と極龍
───それは、偶然だった。
「冥 龍」その男、家族はなく、自分の名前しか知らない。平和な国「東国」において最も嫌悪される存在「家無し子」の一人であったが、彼は最強だった。飢えを満たすためにゴミ箱を漁り、見つかれば殴って黙らせる。そういう生活を送って、いつしか彼は逞しい青年となっていた。そんな彼は、自ら厄介事の渦中に飛び込んでは傷だらけで解決する(彼自身は「修行」と呼んでいる)ということをしていた。そんな彼はいつしか東国でも有名な存在となり、皆、彼のことを「極龍」と呼ぶようになった。
この世界の人間は誰しもが「能力」を持っている。じゃあ冥龍が最強の能力を持っているのかと言われると、違う。なんなら彼は能力を持っていない。その上で「最強」なのだ。彼は体技で数多の能力者を制圧してきた、まさに「規格外」の存在なのだ。そんな彼は、指名手配犯ながら、堂々と道の真ん中を歩ける。誰しもが、警察もが彼を恐れて近づこうとしないのだ。
そんな彼が偶然出会ったのは、国際指名手配犯の「鈴」という女だった。彼女は龍よりももっと若く、か弱く見えた。彼女は路地裏でうずくまって、泣いていた。そんな彼女の声を、龍は聞き逃さなかった。龍は元来より泣いている人を見過ごせない性格であり、彼の功績のほとんどがその性格によるところである。彼が声をかけても、彼女は反応しなかったので、仕方なく待つことにした。
そして時が過ぎ、ようやく彼女が泣き止むと、彼は話を聞いた。彼女は怯えていたが話してくれた。聞くところによると、謎の組織が自分の家族を殺して、研究途中だった数々の植物を持ち去ったというのだ。その植物はどれも強力な治癒効果があり、彼女の家族はその効能を研究して薬を作る「薬師」の一族で、抵抗した末に惨殺されたらしい。彼女だけが逃げ延び、今に至るという。
話を聞いた後、龍は居ても立っても居られなかった。そんな悪いことをする奴らをこの世にのさばらせてはいけないという強い意志が彼の中に芽生えたのだ。それと同時に、そいつらなら自分の家族についても知ってるような気がした。彼女は言った。研究材料の一つ「虹晶花」はどんな病気をも治せる可能性のある植物で、それがまだ自然に咲いている場所がある。奴らはそこを狙っていると。龍は生まれて初めて、この平和な東国を出て、見ず知らずの国際指名手配犯の為に危険を冒して旅に出ることを決意した。これをはたから見れば異常行動だと思うだろうが、龍はそんなことは気にしない。自分の正義を貫き通すためなら、例え海や山を越えてでも、自分の命を賭して行動する覚悟があった。それに彼には親がいない。だから、どこへでも行けるのだ。
鈴という少女は「なぜ自分のためにそこまでしてくれるの?」と問うた。それは龍自身にも説明できなかった。前述した理由もあるが、それ以外に、彼の中に脈打つ「血」が彼を動かしているように感じた。彼はしばらく黙り込んだ後に答えた。「例え指名手配犯だろうが、お前は悪いやつには見えない。むしろいいやつに見える。俺が言うんだからそうだ、お前はいいやつだ。いいやつを助けるのに理由はいらない。むしろ助けなきゃあ、どこにいるのか、あるいは生きてるのかも分からないけど、親父と母さんに怒られちまいそうだからな。」
───すべてを失った二人の秘伝が始まるとき、世界はそれを見るのだろうか?




