ただいま
城を出て、人間の国フォンタステの城下町へ向かうリリスとガルディム。
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「ねぇ、ガルディム」
「私、あなたに酷いことをしてしまったわ」
「あなたの目を掻い潜って逃げるなんて」
「えぇ、そうですよ」
「あの後、魔王様にたっぷり叱られました」
「今すぐ探し出せーってね」
ガルディムは少し寂しそうに笑う。
リリスは、その笑顔を初めて見るように目を細めた。
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「ねぇ……もし私が一年の約束を守れなかったら、どうなるのかな」
「……魔王様のことです」
「リリス様とその男を引き剥がすため、魔王様自らその男を…」
「……私、圭介を巻き込んでしまったのね」
「いいじゃないですか」
「女の子は、わがままな方がいいのです」
ガルディムの満面の笑みが、リリスの心をほんの少し軽くする。
「えぇ、そうね」
二人は、城の近くの森まで、楽しそうに話しながら歩いた。
別れを感じさせないほどに。
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「リリス様、私はここで城へ帰ります」
「どうかお気をつけて」
「ガルディム……ありがとう!!」
リリスが精一杯叫ぶと、ガルディムは一度だけ振り返った。
「では」
そして、空高く飛び去っていった。
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森を抜け、城下町へ向かう途中。
「待て、そこの女」
「身分証を出せ」
「え、でも、この前までこんな取り締まりしてなかったわよね」
「魔族が侵入しそうになってから、警備が厳しくなったんだ」
「さぁ、身分証を」
「ごめんなさい、私……」
「通してやりな」
リリスは驚く。
「ルヴァンさん!でも、身分証がないと……」
「こいつはギルド横の路地の店の従業員だ。お前らもよく行ってるだろ?」
「ですが!」
「俺が保証する」
鋭い目付きに、門兵は言葉を失う。
リリスは小声で呟く。
「ギルマス……これで、あなたも巻き込んじゃう……」
「ここでは、私がなんとかする」
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かつて初めてこの街に足を踏み入れた時を思い出すリリス。
(懐かしいわ……)
(倒れそうなほどお腹が空いていて……)
(食べ物を出しなさいって、殺気まで放って……)
(圭介まで巻き込んで……従業員にまでなって……)
ギルド横の路地に着くと、ルヴァンがドアに手をかけた。
「おい、嬢ちゃん。入るぞ」
「ケイスケが待ってる」
リリスは立ち止まる。
「……私、このまま戻ってもいいのかしら」
「やっぱりケイスケのことを考えるなら……」
「……いいから来い」
ガチャ
「おかえりなさーい!!!」
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店の中には飾り付けがされ、これまで出会った客たちが集まっている。
カウンターの奥には、圭介。
「ケイスケ……これは……」
「リリスさんの従業員就任祝いですよ」
「でも、みんな忙しいのに……」
「リリスさんの明るい笑顔には、いつも癒されているんです!」
モーブが笑い、宰相が拳を落とす。
「私の部下が、この店には世話になっています。祝わせてください」
「僕からも!これ、プレゼントです!」
モーブは小さな金属の板を差し出す。
「名札?」
「それとこれ、俺からだ」
ルヴァンが箱を手渡す。
「これって……黒い服?」
「この店の制服だ。ケイスケの服と対になるよう、仕立て人に頼んで作ってもらった」
リリスの目に、涙が光る。
「嘘……嬉しい……」
圭介が声をかける。
「おかえりなさい、リリスさん」
リリスは笑った。
今までで一番の笑顔で。
「ただいま!」
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「ところで、ラガーはまだか?」
「ボルグンさんも居たんですね!」
ドワーフの長のボルグンだ。
「おう、嬢ちゃんもここで酒作るんだろ?」
「俺が味見してやる」
圭介がグラスを差し出す。
「リリスさん、出番ですよ」
リリスは涙を拭い、頷く。
「はい!」
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その頃、フォンタステ王城。
「勇者選定の儀の準備は進んでいるか」
「はい、滞りなく」
「今回は必ず成功させねばならん。新しい魔王が生まれる前に」
机の上には一枚の書類。
そこに書かれた文字――勇者候補者名簿。
名だたる冒険者や魔導師の名前が並ぶ。
側近がページをめくる。
「今回の有力候補はこの辺りか……S級冒険者、宮廷魔導師、騎士団長……」
最後の方に書かれた名前。
アレス
「……これは?」
「最近S級に上がったばかりの冒険者です」
「実力は、まだ未知数かと」
しばし沈黙。
「構わん。候補は多い方がいい」
「勇者とは、時に予想外の所から現れる」
窓の外に広がるフォンタステの街。
そのどこかにある小さな酒場――
まだ誰も知らない。
この街の片隅で、運命が静かに動き始めていることを。




