君とクッキー作ります
「やった!ちゃんと出来たね!味は?どうかな?食べてみてよ。秋人お願い。」
出来上がったクッキーをひとつ食べてみる。
「…うん。普通に美味しいと思う。これならみんな喜んでくれると思うよ」
初めて作ったにしては、なかなか、いい出来ではないだろうか。
朝起きてから、今に至るまで本当に大変だった。いや、クッキー作りは問題なく、手順も難しい事は無かったので、思ったよりも簡単に出来たと思う。
問題は…、幽霊がどうやったらクッキーを作るのか…だっ!
冬花が、良い案があるって言ってたが、信用した僕が馬鹿だった。今回のことで、冬花に任せるのは駄目だと改めてわかった。
本当に、いつから、こんなに無鉄砲な子になったんだ。生きてた頃は、そんな素振りなかったと思うんだけど、死んだらみんな性格が変わるのか…。いや、もう本当に別人くらい変わりすぎだろ。
お陰で僕は今日、心身ともに疲れきり、10歳は年を取った気分だよ。
まさか…冬花があんなことを提案してくるなんて…。はぁ、思い出したら…恥ずかしさで死にそうだ。
♢♢♢♢♢
「おはよう!秋人起きて朝だよ!クッキー作りしよう!」
休日は、ゆっくりしたいタイプの僕にとって、早起きは敵だ。それなのに、朝早くから起こされて、気分は最悪だ。
「まだ、もう少し後でもいいだろう。眠い…」
もう一度寝ようとして、布団を頭から被る僕に、さっきよりも大きな声が上から降ってきた。
「もう、ダメだよ。早く起きて!一度で上手くいく保証はないんだから、早めに始めないと今日中に出来なかったらどうするの!」
朝からやる気の冬花には、誰も敵わない。眠い目を擦りながら、嫌々起きる。
「ふぁあ…、そんなに焦らなくても、時間はたっぷりあるだろう。昨日調べた感じなら、すぐに作れるよ。」
欠伸しながら、ダラダラとベットから起き上がる僕に、鋭い視線を向けて、冬花が真面目に語り出す。
「そんな油断したら駄目。簡単だと思ってる物ほど、実は難しいこともあるの。クッキー作りを嘗めたら駄目よ。それに、私達には他に重要なミッションがあるでしょ?どうやって私がクッキー作りに参加するのか。これが一番大事なことよ。私には良案があるけれど、上手くいくかは分からないから、まずは試してみないとね。と言うことで、秋人協力して」
「はぁ、わかったよ…。顔洗ってくる」
冬花の語りを聞き、目が覚めてしまったので、仕方なく起きて身支度を整える。
その間冬花は、落ち着かずソワソワしながら部屋を歩き回っていた。
「それで?どうやって冬花がクッキーを作るの?」
支度を整えて、冬花のところに戻ってくると、待ってましたとばかりに、笑顔で僕に信じられない提案をしてきた。
「あのね、私が秋人の体の中に入るの」
「………………ん?なんて?」
今、冬花は何て言ってた?僕の体に入るって聞こえたような気がするが、何かの間違いだよな。
「…今…彼女は…何て、言ったんだ」
ああ、シュンもあまりの事に衝撃を受けてるようだ。信じられない様な顔で冬花を見ている。
「だから、私が少しの間だけ、秋人の体に入ってクッキーを作るの。いい考えでしょ」
いい考えかどうかは置いておいて、僕の体に入るとはどういうことだ?
本格的に幽霊に取り憑かれるってこと?それって、体の乗っ取りじゃないのか…。普通に拒否したい。
「いや、それは…僕としては嫌だよ。そもそも、そんなことが出来るのか?冬花が僕の体に入るなんて、無理だよな?」
シュンの方へ視線を向けるが、シュンは何も答えない。
「出来ると思うの。だって、この前一緒に傘に入った時に、肩がぶつかったでしょ。その時に、私の肩が秋人の体に一瞬入ったのを感じたの。だから、秋人の体に入れると思うの。」
「…一緒に…傘に入った…?どういうことだ?秋人…」
冬花の話を聞いて、シュンから殺気が漏れでている。死神の殺気は、本当に勘弁して欲しい。あの日の事は、シュンに知られるとまずい気がする。
「いや、あの…、そんなことより、冬花が僕の体に入るってことが問題だろ。死神として、冬花が人の体を乗っとるようなこと許していいのか?」
冬花のことに話を戻して、死神としての立場から、どうなのか確認してみる。
「…駄目に決まっている。男の体に入るなんて許せるわけないだろう。」
死神の立場からの意見を聞きたかったのに、後半は、シュンの私情が入ってなかったか。
しかし、死神から駄目だと言われたら、流石の冬花も諦めるしかないだろう。
チラッと、冬花を見てみると、いい笑顔で僕を見ていた。
(あっ…これは、諦めてないな…)
急に僕を指差して、冬花が昨日僕の言った事を繰り返す。
「''リストにも料理がしたいって書いてあるし、手伝うって言ったから約束は守らないとな''。これは、秋人が昨日私に言った言葉です。約束は守るんだよね?秋人は自分の言ったことに責任を持たない悪い人ではないよね?」
「うっ、確かに言ったけど、体を乗っとるなんて聞いてない。シュン、何とか冬花を止めてくれ」
シュンに助けを求めると、任せろと頷いたシュンが冬花の前に立つ。
「死んだ人が、生きてる人の体に入ることは禁止されている。だから、君が秋人の体に入ることは出来ない。諦めるんだ。」
シュンが、冬花に説明して諦めるよう伝えている。しかし、そんなシュンを素通りして冬花が僕に近づいた。
「お願い秋人。少しだけでいいから、体を貸して。今回だけって約束する。秋人が了承したら大丈夫だと思うの。」
素通りされたシュンは、ショックで放心状態だ。
「冬花、さっきからシュンが言ってるだろう。それは、禁止されている事なんだよ」
キョトンとした顔で、僕を見つめる冬花に、やっと僕は思い出した。
「そっか、冬花にはシュンが見えないから、さっきからシュンが言ってることが聞こえてないのか。」
「えっ?シュンが何か言ってるの?何?何て言ってるの?」
見えてないって言葉に反応して、シュンの意識も戻ってきた。無視されてないことがわかって安心したらしい。
「シュンは、駄目だって言ってるよ。生きてる人の体に入ることは禁止だって」
「でも、霊能力者が憑依させてるのテレビで見たことあるよ。本人が了承したらいいんじゃないの」
予想外の反撃だ。確かに、そう言うの見たことある。降霊術とか言うんだったか。
「そういうの僕も見たことあるけど、それとこれとは話が違うだろ。シュン、そうだよな?」
シュンが青ざめた顔で僕を見ていた。なんだ、その顔は…。まさか、本当に?了承したら憑依していいわけ?
「えっ?嘘だろ…」
「秋人、シュンは何て言ってるの?ねぇ、シュン、了承したらいいんでしょ?そうだよね?」
シュンが無言で、僕達に背中を向けた。両手で顔を隠して、何やらブツブツと呟いている。
すると、突然こちらを振り向いたシュンが、何かを決心したように唇を噛みしめ、言葉を詰まらせながら辛うじて話しだす。
「くっ…彼女に、嘘は…つきたく…ない。あ…相手が、受け…いれたら、っ………問題ない。今すぐ拒否しろ秋人!」
最後だけは、はっきり言ってたな。つまり、僕が受け入れなければいいだけだ。それなら、僕は絶対に了承しない。
「相手が了承したら憑依出来るらしいけど、僕は嫌だ。他の方法を探そう。」
冬花の表情から、一気に笑顔が消えた。少し俯いた顔には、涙は出ていない。それなのに、泣いてるように見えて目が離せない。
「他の方法なんて知らない。秋人の嘘つき。約束は守るって言ったのに、ちょっとくらい体を貸してくれてもいいじゃない。」
いや何故、僕が責められるのか。幽霊に憑依されるのなんて普通は嫌だよな。僕が悪いのか。
「私の我が儘なのは分かってるけど、約束したのに…少しだけなのに、それでも駄目なの。」
(いや、だから…そんな顔、反則だって…)
何なんだよ。他の女子と同じように、無視して断ればいいだろう。今まで我が儘な女の言うことが一番腹立って、嫌いだったはず。
それなのに、冬花のその顔見ると、何故か胸がざわついて仕方ない。
「…少し。少しの間だけなら。計量や材料を混ぜるのは僕がやる。その後生地を伸ばしたり型を取ったりは、体を貸してやる。それでいいなら了承する」
パッと、顔を上げ泣きそうな顔の冬花が、僕の方へやって来て、手を握って小さく笑う。
「我が儘言ってごめんなさい。了承してくれて、ありがとう。ありがとう秋人。」
少し離れたところで、唖然とこちらを見ているシュンは放っておいて、僕は覚悟を決めた。
―――想像通り、いやそれ以上の苦痛だ。
体に憑依されるのは苦痛だった。体というか、精神的に耐えられない。
「じゃあ、よろしくお願いします。へへっ、何だか照れるね。」
「僕まで照れるから止めてくれ。早く終わらせよう」
僕の背中側に回った冬花が、ゆっくりと近づいてくるのがわかる。冬花が体に触れた瞬間、僕の体は緊張で固まった。そのまま、背筋がゾワゾワして、鳥肌が止まらない。
(大丈夫なのか…これ…)
不安になってきた時、体の中に僕とは違う声が響いてくる。
「秋人、大丈夫?」
『あ…ああ、大丈夫だ。』
僕が声を出しても、外には声が出ない。変な感じだ。そして、僕の意思とは関係なく僕の口から言葉が出てくる。
「じゃあ、早めに作ってしまうね。」
口から出てくる声は僕の声なのに、言葉使いが僕と違っていて混乱する。
「うわぁ、ちゃんと触れる。フニフニで柔らかい。冷たいな。えーと、これを平らに伸ばしてから、型を取る。やった、いろんな型がある。どれにしようかな。フフン」
冬花が楽しそうに、生地を伸ばしては、型を取りを繰り返している。
聞こえてくる声が僕なのに、女子の様に、はしゃいでて、似合わなくて気持ち悪い。
しかも、僕の中にも感情が伝わってくる。
嬉しい、楽しい、喜びなど、冬花の気持ちがどんどん変化して、全て僕にも伝わってくる。
(ちょっと、恥ずかしくなってくるな)
冬花が、心の底から喜んでいて楽しそうで、僕も体を貸してよかったと思う反面、細かい感情まで伝わるので、照れてしまう。
(僕への感謝の気持ちが凄く伝わってくる。それに…これは、好意…?それに、なんだ…苦しくなるような…この気持ち…。)
本当に微かだが、好きだと言う気持ちが伝わってきて困惑する。
冬花が僕を好きなのは有り得ないから、友達としての好意だよな。多分そうだ。いつも親切にしてるから、僕に対して悪い印象がないってことだな。
知りたく無くても、勝手に気持ちが伝わってくるので、僕は冬花が体にいる間ずっと、恥ずかしさで死にそうだった。
「秋人ありがとう。楽しかった。」
冬花が体から外に出てみれば、特に僕の体に異変はなく、いつものように自分の意思で体を動かすことができる。
ただ、冬花の笑顔に、さっきまでの彼女の心を思い出して、居たたまれない。
「秋人どうしたの?顔赤いよ。体調悪い?」
ズイッと顔を覗き込む冬花に、僕は後ずさりして、首を横に振る。
「いや、大丈夫だ。特に何もないよ。冬花も大丈夫か?」
訝しげな顔で、こちらを見るシュンと目が合って、少し冷静になれた。
「私も平気だよ。クッキー焼けるのが楽しみで待ちきれないかな。出来立て味見するの楽しみだな」
冬花が、普段通りで、少し拍子抜けだ。でも、あの気持ちは…好意とは別の苦しくなるような気持ちは、一体何だったんだろうか。
「秋人、私の願いを聞いてくれてありがとう」
目の前では、冬花がいつもの笑顔で僕を見て、その右隣でシュンが僕を睨んでいる。
(人の気持ちなんて考えてもわからないよな。忘れよう。)
最近のいつもの光景に安堵しつつ、クッキーが焼けるまで、昨日買ってきたケーキを食べることにした。




