第二話 踊りが止めたもの
兵士たちはまだ踊っていた。
俺を囲んで、剣を持ったまま、腰を落とし、腕を振り上げ、
全員が完全に俺と同じ“型”をなぞっている。
息は荒いが、誰も苦しそうじゃない。
表情は、どこか呆けて、だけどほんの少しだけ笑っていた。
先ほどまであった敵意も、殺気も、緊張も。
ここにはもう、なにもない。
ただ踊るだけの、静かで馬鹿みたいな時間。
「――踊り子よ」
その声に振り向くと、
長い黒髪を金色の飾り紐で束ねた少女が立っていた。
俺は思わずダンスを止め、少女と向き合った。
巫女。
さっき俺を“国を救う者”と言った人。
だけど、近づいて見える彼女の表情は、どこか泣きそうだった。
「あなたは……どうして踊るのですか?」
その問いかけは、呆気ないほどやさしかった。
俺は、少し考えてから答えた。
「……怒られたり、しんどかったりすると、息がうまくできなくなるんだよ」
巫女の目がわずかに揺れる。
「だから踊る。それだけなんだ。踊ってるときだけは、胸がつまらないから」
自分で言って、少し恥ずかしくなる。
だが巫女は、ゆっくりと頷いた。
「――それでいいのです」
その声は、まるで俺より先に俺の痛みを知っていたみたいだった。
「この国は、争いが絶えません。憎しみは連鎖し、悲しみは積もり……人々は息が、できなくなっていきました」
巫女は兵士たちを見た。
踊り疲れて座り込んでいる者もいれば、笑いあっている奴らもいる。
「ですが、今……あなたは、皆に呼吸を思い出させました。」
胸が、少し熱くなる。
俺はただ、逃げるために踊っていただけだったのに。
「あなたの踊りは、争いを止め、癒すことになるでしょう。戦場も、人の心も」
巫女は両手を胸に当て、深く礼をした。
「どうか、この国を……助けてください。」
重い。
さすがに重い。
「いやいや無理だよ!」
俺は本能的に両手をぶんぶんと振った。
その瞬間。
どこからともなく――
\ズン……ズン……チャッ……/
「!?!?!?」
「ま、また音楽が……!?」
「うわッ……身体が……勝手に……っ!」
俺の手の動きに合わせ、発動した。
無慈悲なダンス・オートマチック。
巫女も、口を開いたまま固まった。
そして――
始まった。
スッ
(腰が落ちる)
クイッ
(手が優雅にひらめく)
「わ、わたくし!? わたくしまで踊って……っ!?!?」
「いやほんとごめん!止め方わからんのよこれ!!」
「曲……どこから……!? なぜこんなに陽気……!? 心が……軽い……!」
巫女の表情が、なぜかだんだんと柔らかくなっていく。
恥も戸惑いも、音楽に溶かされていく。
「……ふふ」
気づけば、彼女は笑っていた。
涙がひとすじ、頬をつたっていた。
「こんな……こんなに楽に息ができたのは……久しぶりです……」
その言葉に、俺の心臓がぎゅっとなる。
俺は、ただ、逃げるために踊っていた。
でも今、この瞬間だけは。
誰かを救っていた。
「いやでも止め方ほんとにわからないんだけどね!?」
「腰が死ぬのでそろそろお願いします!」
「たすけて! たすけて踊り子さま!!」
「わ!わかった!!落ち着け!!」
俺は深呼吸し、手を胸元に引き寄せる。
踊りの動きの「終わり」を示す型。
いつも曲を止める時にやっていた動作。
ス……っと手を沈める。
――とたんに、音楽が止まった。
兵士たちは一斉にへたり込み、巫女は胸に手を当て、震える息を整える。
「……あなたはやはり、選ばれた方です。」
いや選ばれるような覚えはないんだけど!?!?!?




