第一話 怒られた夜のダンス
今日も、仕事で怒られた。
書類を一枚出し忘れただけ。
たしかにミスはミスだ。だが、上司には三十分にわたって説教され、最後には「お前、ほんと向いてないんじゃないか」とまで言われた。
胸がじん、と熱い。悔しいとか悲しいとか、そういう単語で説明するには雑すぎる感情。
むしろ心がじわっと溶けてなくなるような、そんな感じ。
家に帰ると、部屋はいつもと同じ。
明かりをつけ、靴を揃え、コートを掛ける。
ここまでは自動でやってる気がする。
そして──
俺はスマホをスピーカーに繋げた。
「……今日は、これだな」
検索欄:「インド 映画 ダンス」
ズン、ズン、チャッ。
派手な太鼓と笛。やけに明るい男声。なぜか背景は砂漠と宮殿。
曲が始まれば、身体が勝手に覚えている動きを引きずり出す。
手を上げる。
腰を落とす。
回る。
リズムを踏む。
理由なんてなかった。
高校のとき、深夜アニメのあとに流れたインド映画が面白くて、見様見真似で踊ってたら、なんとなく身についた。それだけだ。
だけど。
踊っているときだけは、息ができた。
今日も、呼吸が戻ってくる。
ズン、ズン、チャッ。
涙がこぼれないように、笑うふりをしながら踊る。
「……なんで俺こんなことしてんだろ」
曲は終わった。
身体が熱くて、心は少しだけ軽い。
その瞬間だった。
視界が、白く弾けた。
「──踊り子よ」
聞いたことのない声が、響いた。
目を開けると、広い石畳の広場に立っていた。
空は高く、雲は流れ、服は見知らぬゆったりとした民族衣装に変わっている。
俺の周りを囲むのは、鎧を着た兵士たち。
剣を抜いて、こちらに向かってくる。
「侵入者だ! 取り押さえろ!」
「えっ、ちょっ、待っ──」
剣先が迫る。
恐怖。
心臓が跳ねる。
そのとき──俺の本能が動いた。
曲もないのに、身体が“型”をとった。
右手を天に掲げ、腰をひねり、足を鳴らす。
ズン。
空気が震えた。
兵士たちが動きを止めた。
そして──
踊り始めた。
「なっ……なぜ身体が勝手に……!?」
「やめろ! 足が……足が勝手に!!」
石畳の中央で、俺を中心にぐるりと円陣ダンスができあがる。
俺はただ、困惑しながら言った。
「……俺、怒られた日はいつもこうしてただけなんだけど」
―———―———―———―———―———―———
【特殊スキル:インドダンス】
発動中、周囲の生物の身体動作をリズムに同期させる
敵味方の区別なし
恥ずかしさが消え、心が少し軽くなる
しばしの間、争いは止まる
―———―———―———―———―———―———
「踊り子よ……あなたこそ、この国を救う者……!」
広場の奥。
金と赤の衣装を着た巫女らしき少女が、目を見開いていた。




