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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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欲しがりな妹は、存在ごと消えました

作者: 七星鈴花
掲載日:2026/01/29

 目を開けると、見慣れた天蓋が視界に入った。

 白いレースで縁取られた、淡い桃色の天蓋。幼い頃から私を見守ってきた、この部屋の象徴。

 また、この朝だ。

 体を起こすと、窓から差し込む朝日が眩しかった。小鳥たちのさえずりが聞こえる。穏やかで、美しい朝。何も知らなければ、幸せな一日の始まりに見えるだろう。

 私は、セレスティア。ローゼンクランツ伯爵家の長女。今日は、私が死ぬ日だ。

 何度目の朝だろう。もう数えることをやめてしまった。十回、二十回、いや、もっとかもしれない。何度死んでも、私はこの朝に戻ってくる。

 最初は混乱した。次に恐怖した。やがて、真相を探るようになった。そして今、私はすべてを知っている。

 なぜ私が死に戻りを繰り返すのか。なぜ妹が私を殺すのか。すべて。


「お姉様、おはようございます」


 扉を開けて入ってきたのは、私の妹ミレーヌだった。亜麻色の髪に、すみれ色の瞳。誰もが振り返る愛らしい容姿。私より二つ年下の、可愛い妹。

 かつては、そう思っていた。


「おはよう、ミレーヌ」


 私は、微笑んでみせた。何度も繰り返したこの朝を、何事もないかのように演じる。

 ミレーヌも微笑んでいる。その笑顔の裏に何があるか、今の私は知っている。


「今日は特別な日ですね、お姉様」

「ええ、そうね」


 今日、私はクラウス様との婚約を解消する。そして、その婚約者を妹に譲る。ミレーヌがずっと欲しがっていたものを、ようやく手に入れる日。

 その夜、私は死ぬ。妹の手によって。


 ◇◇◇◇


 最初の人生で、私は何も知らなかった。

 ミレーヌとは仲の良い姉妹だった。少なくとも、私はそう信じていた。

 幼い頃、私たちはよく一緒に遊んだ。庭で花を摘み、人形で遊び、同じ本を読んだ。ミレーヌは私の後をついて回る甘えん坊の妹だった。


「お姉様のドレス、素敵。ミレーヌもほしい」

「お姉様の髪飾り、きれい。ミレーヌもほしい」

「お姉様のお菓子、おいしそう。ミレーヌもほしい」


 ミレーヌは、いつも私のものを欲しがった。私は、それを可愛らしいと思っていた。妹が欲しがるものは何でも分けてあげた。ドレスも、髪飾りも、お菓子も。

 けれど、ミレーヌの「ほしい」は止まらなかった。

 成長するにつれ、それは加速していった。

 私が褒められれば、ミレーヌも褒められたがった。私が招待されれば、ミレーヌも招待されたがった。私に友人ができれば、ミレーヌはその友人を欲しがった。


 そして、私に婚約者ができた。

 クラウス・フォン・シュタインベルク侯爵令息。

 私たちの婚約は両家の利益のためだったが、私は彼を愛するようになった。彼も私を愛していると、そう思っていた。


「お姉様の婚約者様、素敵ですね」


 ミレーヌの瞳が、あの光を帯びていた。幼い頃から見てきた何かを欲しがるときの光。


「ミレーヌもほしい」


 妹は、私の婚約者を欲しがった。

 私は、笑って受け流した。さすがに婚約者は分けてあげられないと。でも、ミレーヌは本気だった。

 彼女は、クラウス様に近づいた。偶然を装った出会い、無邪気な笑顔、計算された仕草。私の知らないところで、二人の距離は縮まっていった。


 ある日、クラウス様は私に言った。


「セレスティア、君の妹は素晴らしい人だ。純粋で、可愛らしくて、君とは違う魅力がある」


 その言葉の意味を、私は理解できなかった。いや、理解したくなかった。

 やがて、周囲の視線が変わった。私を見る目に、同情と軽蔑が混じるようになった。ミレーヌが何を言いふらしたのか知らないが、私は「妹から婚約者を奪った冷酷な姉」になっていた。

 事実は逆だった。でも、誰も信じてくれなかった。

 両家の話し合いの結果、私はクラウス様との婚約を解消することになった。表向きは私から申し出た形になっている。家の名誉のため、そうするしかなかった。


 婚約解消の手続きが終わった日の夜、ミレーヌが私の部屋を訪れた。


「お姉様、ありがとうございます」


 その声は甘く、瞳は冷たかった。


「これでクラウス様は私のもの。お姉様のものは、全部私のものになるの」


 私が異変に気づいたときには遅かった。体が動かない。紅茶に何か入れられていたのだと、朦朧とする意識の中で悟った。


「お姉様、ごめんなさい。でも、私、幸せになりたいの」


 ミレーヌの手が、私の首に伸びた。


「お姉様の命も、私にちょうだい」


 それが、最初の死だった。


 ◇◇◇◇


 目を開けると、見慣れた天蓋が視界に入った。最初は夢だと思った。悪夢から覚めたのだと。

 けれど、すべてが同じだった。日付も、天気も、使用人たちの動きも。そして、ミレーヌの笑顔も。


「お姉様、おはようございます」


 私は、震えた。恐怖で声が出なかった。

 その日も私は死んだ。逃げようとしたが、ミレーヌは私の行動を読んでいた。まるで何度も繰り返したかのように。


 また目を開けた。同じ朝。同じ天蓋。

 何度も死に、何度も戻った。逃げても、隠れても、人を頼っても、結果は変わらなかった。私は必ず殺される。

 どうして私だけが死に戻りを繰り返すのか。

 答えを求めて、私は調べ始めた。死に戻りのたびに、少しずつ情報を集めた。

 そして、私は王宮の古い文献にたどり着いた。神殿に保管された禁断の神託の記録。

 そこに、すべてが書かれていた。


『姉が幸せを諦めれば、妹は幸せになれる。しかし、姉が幸せを諦めない限り、姉は蘇る』


 神託。ミレーヌは幼い頃、神殿でこの神託を授かっていた。

 私が幸せを諦めれば、妹は幸せになれる。そのために、妹は私から幸せを奪い続けた。ドレスも、髪飾りも、友人も、婚約者も。そして最後に、命も。

 私が死に戻りを繰り返す理由も分かった。私が幸せを諦めていないから。どれだけ殺されても、私の心のどこかが幸せを求めているから、私は蘇る。

 私が諦めれば、死に戻りは終わる。ミレーヌは幸せになり、私は死ぬ。それで終わり。

 妹が欲しかったのは、私の命ではない。幸せだ。ただ幸せになりたかっただけ。でも、その方法が間違っていた。

 神託など関係なく、私たちは幸せになれたはずだ。分け合えば良かった。姉妹で、一緒に。

 でも、ミレーヌは分け合うことを選ばなかった。私のすべてを欲しがった。


 ◇◇◇◇


 また同じ朝が来た。今日、私は終わりにする。


「お姉様、おはようございます」

「おはよう、ミレーヌ。少し話があるの」


 私の言葉に、ミレーヌは一瞬だけ表情を変えた。すぐに笑顔に戻ったが、私は見逃さなかった。


「何でしょう、お姉様」

「二人きりで話せる場所に行きましょう」


 私はミレーヌを屋敷の離れに連れて行った。誰にも聞かれない、静かな場所。かつて私たちが一緒に遊んだ、思い出の場所でもあった。


「お姉様、改まってどうしたんですか」


 ミレーヌは首を傾げてみせた。無邪気を装った、完璧な演技。


「神託のことを知っているわ」


 ミレーヌの動きが止まった。


「……何のことでしょう」

「『姉が幸せを諦めれば、妹は幸せになれる。しかし、姉が幸せを諦めない限り、姉は蘇る』。これがあなたに与えられた神託でしょう」


 沈黙が流れた。

 やがて、ミレーヌの表情から笑顔が消えた。代わりに浮かんだのは、見たことのない冷たい目だった。


「いつから知っていたの、お姉様」

「何度も死んで、何度も戻って、ようやく辿り着いたわ」

「そう。じゃあ、何度も殺したのに、お姉様は諦めてくれなかったのね」


 ミレーヌは、笑った。どこか疲れたような笑い。


「羨ましいわ、お姉様。何度殺しても蘇れるなんて」

「羨ましい? 私を殺し続けたあなたが、それを言うの?」


「だって、そうしないと私は幸せになれないもの」


 ミレーヌの声が震えた。


「神託を聞いたとき、私は絶望したの。お姉様が幸せを諦めなければ、私は永遠に幸せになれない。お姉様は何でも持っている。美しさも、才能も、お父様やお母様の愛も、素敵な婚約者も。私には何もない。お姉様の妹という立場だけ」

「ミレーヌ……」

「お姉様のものを奪えば、私も幸せになれると思った。お姉様が持っているものを全部私のものにすれば、お姉様は幸せを諦めてくれると思った。でも違った。どれだけ奪っても、お姉様は諦めてくれない」


 ミレーヌは、私を睨んだ。その瞳には涙が浮かんでいた。


「最後に残ったのは、お姉様の命だけ。それさえ奪えば、お姉様は幸せを諦めざるを得ない。そう思った。でも、何度殺しても、お姉様は戻ってくる」

「私は諦めないわ」


 私は、静かに言った。


「あなたがどれだけ殺しても、私は幸せを諦めない。だから私は何度でも蘇る」

「そんなの、不公平よ」

「不公平なのはあなたよ、ミレーヌ」


 私は一歩、妹に近づいた。


「私たちは分け合えたはずでしょう。神託なんか関係なく、姉妹で一緒に幸せになれたはずでしょう。なのにあなたは、私のすべてを奪うことを選んだ」

「分け合う?」


 ミレーヌは、嘲笑った。


「お姉様はいつもそう。余裕があるから分けてあげるって顔をする。でもそれは、お姉様が持っているから言えることよ。最初から何も持っていない私に、分け合うものなんてない」

「それは違う。私があなたに分けたものを、あなたは受け取らなかったのよ。いつも私から奪うことばかり考えていた」


 私たちは、見つめ合った。

 長い沈黙の後、ミレーヌは力なく笑った。


「もういいわ」


 その声には、諦めが滲んでいた。


「お姉様は諦めない。何度殺しても蘇る。私は永遠にお姉様を殺し続けなければならない。そんなの、疲れたわ」

「ミレーヌ」

「もう終わりにするわ。こんな終わりのない戦い、続けられない」


 ミレーヌは、懐から短剣を取り出した。銀色の刃が、窓から差し込む光を受けて冷たく輝いた。


「最後に一度だけ、お姉様を殺させて」

「何を……」

「お姉様は蘇る。でも私は、もう続けられない」


 ミレーヌの瞳から涙がこぼれた。


「私は幸せを諦めるわ。だから、これで終わりにしましょう」


 私が言葉を発する前に、ミレーヌは私に飛びかかった。鋭い痛みが胸を貫く。視界が歪み、床に崩れ落ちた。

 薄れゆく意識の中で、ミレーヌの顔が見えた。泣いていた。


「ごめんなさい、お姉様。私、お姉様のこと、本当は……」


 最後まで聞こえなかった。妹も床に倒れたような気がするが、私は意識を失った。


 ◇◇◇◇


 目を開けると、見慣れた天蓋が視界に入った。

 白いレースで縁取られた、淡い桃色の天蓋。何度も見た、この部屋の象徴。

 また、この朝……いや、違う。何かが違う。

 私は、体を起こした。いつもと同じ朝日、同じ小鳥のさえずり。でも、何かが決定的に違った。

 扉が開いた。入ってきたのはメイドだった。


「お嬢様、おはようございます。今日は婚約者様がいらっしゃる日ですよ」


 婚約者。クラウス様。


「ミレーヌは?」


 私は、尋ねた。メイドは、首を傾げた。


「ミレーヌ様? どなたのことでございましょう」


 心臓が跳ねた。


「私の妹よ。ミレーヌ・ローゼンクランツ」

「お嬢様は一人っ子でいらっしゃいますが……。どこかでそのようなお名前の方とお知り合いに?」


 一人っ子。私は、一人っ子。


「お嬢様、顔色が悪いですよ。お加減が悪いのでしたら、婚約者様には日を改めていただきましょうか」

「いいえ、大丈夫」


 私は、首を振った。メイドが去った後、私は部屋の中を見回した。

 ミレーヌの痕跡を探した。妹が使っていた部屋、妹の肖像画、妹との思い出の品。何も見つからなかった。

 屋敷の中を歩いた。使用人たちに尋ねた。誰もミレーヌを知らなかった。両親に尋ねた。二人は困惑した顔で、私たちに娘は一人しかいないと答えた。

 ミレーヌは、最初からいなかったことになっていた。


 離れに行った。

 かつて私とミレーヌが遊んだ場所。最後にミレーヌと話した場所。

 そこには何もなかった。ミレーヌがいた痕跡は、どこにも残っていなかった。

 私だけが覚えている。欲しがりな妹がいたことを。

 私のドレスを欲しがり、私の髪飾りを欲しがり、私の友人を欲しがり、私の婚約者を欲しがり、私の命を欲しがった妹。

 最後には、幸せを諦めて、自ら消えた妹。ミレーヌ。

 あなたは、幸せを諦めると言った。だから、あなたは消えたのね。

 神託の言葉が頭をよぎる。


『姉が幸せを諦めれば、妹は幸せになれる。しかし、姉が幸せを諦めない限り、姉は蘇る』


 私は、諦めなかった。だから蘇った。ミレーヌは、諦めた。だから、消えた。

 涙が頬を伝った。なぜ泣いているのか、自分でも分からなかった。

 何度も殺された相手だ。私のすべてを奪おうとした相手だ。憎んでいたはずだ。

 でも、ミレーヌは私の妹だった。

 分け合えば良かった。最初から、二人で幸せを分け合えば良かった。神託なんか無視して、姉妹で一緒に笑い合えば良かった。

 ミレーヌが欲しがったものは、結局、幸せだけだったのだ。私の命が欲しかったわけじゃない。

 ただ、幸せになりたかっただけ。その方法が、間違っていただけで。


「馬鹿な妹」


 私は、呟いた。

 誰もいない離れに、私の声だけが響いた。


 その日の午後、クラウス様が屋敷を訪れた。

 金色の髪に青い瞳。相変わらず端整な顔立ち。かつて私が愛した人。


「セレスティア、久しぶりだね。元気にしていたかい」


 その笑顔を見て、私は気づいた。

 この世界のクラウス様は、ミレーヌを知らない。ミレーヌに心を奪われていない。私だけを見ている。

 私が望んでいた状況のはずだった。でも、私の心は動かなかった。


「クラウス様、お話があります」

「何だい、改まって」

「婚約を解消させてください」


 クラウス様の顔から笑顔が消えた。


「どういうことだい、セレスティア。何か不満があるなら——」

「不満ではありません。ただ、私にはもう、あなたと結婚する気持ちがないのです」


 長い沈黙の後、クラウス様は深くため息をついた。


「理由を聞いても?」

「申し訳ありません。お話しすることはできません」


 クラウス様は、何か言いたそうだったが、最後には頷いた。


「分かった。君がそう決めたのなら、僕は受け入れるよ」


 婚約解消は、あっけなく決まった。


 夜、私は一人で庭に出た。

 月が明るく照っていた。ミレーヌと一緒に見た月と、同じ月。でも、もう隣に妹はいない。

 私は、幸せを諦めなかった。だから、私は生きている。

 ミレーヌは、幸せを諦めた。だから、ミレーヌは消えた。

 これが因果応報というものなのだろうか。

 ミレーヌは、私のすべてを欲しがった。分け合うことを知らず、奪うことしか考えなかった。その結果、妹は存在ごと失った。

 妹が欲しがるものは何でも分けてあげた。それで良かったはずなのに。

 ミレーヌは、分けてもらうことでは満足できなかった。自分で奪い取ることでしか、幸せを感じられなかった。

 だから、こうなった。


「ミレーヌ」


 私は、月に向かって呟いた。


「あなたが最後に言おうとしたこと、聞きたかったわ」


 答えはない。

 この世界に、ミレーヌは存在しない。私以外の誰も、ミレーヌを覚えていない。

 私だけが、欲しがりな妹を覚えている。私だけが、妹を失った悲しみを知っている。

 これからは、一人で生きていく。幸せを諦めずに。

 たとえ妹がいなくても、誰も妹を覚えていなくても、私は、私の幸せを生きる。それが、ミレーヌが教えてくれたことだから。

 分け合える人がいるなら、分け合うべきだ。奪い合えば、すべてを失う。

 ミレーヌ。あなたが、もう少し早く気づいていたら、私たちは、一緒に幸せになれたのに。

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― 新着の感想 ―
何度も何度も生き返ったということは、婚約者も両親も信じられないし、友人も使用人も信用できてないってことですよね…。妹にされたことは忘れていないわけで、しかもそれを知っているのは自分だけなんですよね…。…
>『姉が幸せを諦めれば、妹は幸せになれる。しかし、姉が幸せを諦めない限り、姉は蘇る』 この神託は完全に呪いでしか無いな、逆説的に考えると 『姉が幸せになれば、どうやっても妹は幸せになれない、しかも姉…
神託って呪いですね。 それがなければ普通の姉妹になれただろうに。
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