9話 代償
俺は初めて刀を握っはずなのに、なんて自然に振えたのか……。
まるで最初から決まっていたように理想の軌道を辿った刀は、ダガーでは傷一つ付けるのも難しそうなオーガの太い腕を何の抵抗も無く断ち切った。
俺どころか、当のオーガさえも何が起こっているか分からない表情をしており、正直、白昼夢でも見ているようだ。だが、ぼとりと落ちた腕と、僅かな時間をおいて噴出した緑色の血が、これが現実だと物語っている。
現実と言えば、刀を振るった腕がやたらと痛い。なんだが筋肉痛を数十倍にしたような痛さで、刀を持っていられずに右手から左手へ刀を持ち換える。
その時になってようやく自分の右腕を断ち斬られたことに気付いたようで、オーガが悲痛な叫び声を上げた。
普通の人間であれば戦意を喪失している状況であるが、しかし相手は冒険者殺しと謳われるオーガだ。狂乱しつつも放たれた蹴りは俺の胴体を捉え、吹き飛ばし、ダンジョンの壁に叩きつけられた。
普段の俺であったなら、確実に致命傷となる一撃である――が、今は身を包んでいる妙な鎧のおかげか、なんの痛さも感じない。動きにも支障はなく、筋肉痛?となった右腕の方が問題なくらいだ。
本当にどうなっちまったんだ、俺の体は。なんて戸惑っている暇はないか!
続けて放たれた左拳や蹴りを何とか避け――咄嗟に振るおうとした刀を理性の力で押し留める。
どういう理屈かは分からないが、先ほど振るった右腕は極度の筋肉痛となって使えなくなってしまった。であるならば、今、刀を持っている左腕もそうなるだろう。次に刀を振るう時は必殺のタイミングでないと。
幸いな事に今の俺の体は普段以上に五感が研ぎ澄まされており、オーガが放ってくる打撃を見て躱すことができる。そして狂乱して滅茶苦茶に打撃を放ってくるオーガは隙だらけだ。
俺は機を窺い……放ってきた蹴りを上に飛んで避けると、その足を土台にして更に跳んだ。そして、同じ目線となって驚いているオーガの首を狙って横なぎの一閃を繰り出した。
その一撃はまるで吸い込まれるかの如くオーガの首へとすっと入って行き、何の抵抗も無く切り飛ばした。
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「やっぱり左腕も使えなくなったか……これじゃあ折角の魔石も拾えないし、この状態でゴブリンと出くわしたら逃げるしかないな」
既にオーガの遺体はダンジョンに吸い込まれ、残っているのは魔石だけという状況で、俺は溜息交じりにぼやく。
最初の一撃の時は気付かなかったが、再度刀を振るった事で分かった事があった。
どうやら俺が今身に着ているこの鎧、斬撃を放つ際に理想の軌道を描くように無理やり修正するらしく、それについていけなかった俺の体が損傷して極度の筋肉痛に似た痛みを受けてしまったという事なのだろう。
戦力はオーガを圧倒するほど劇的に増加するが、継戦能力はほぼゼロになってしまうなんて、なんという欠陥品を着せられてしまったのか。これは早いところ、この鎧を脱ぐための方法を教えて貰わないと……。
そんな想いに耽っていると後ろから二人分の足音がした。恐らくはあの二人だろうと思って振り返ると、やはり大剣女と三つ編み女だった。
「オーガを斃したか。想定より時間が掛かったが、初戦という事を考慮してぎりぎり合格という事にしてやろう」
「そいつはどーも……さて、アンタ達に聞きたいことは山ほどあるが、まずはダンジョンを出ないか? こんな状態でダンジョンの中で長話とか、厄介事を背負い込みかねない。オーガがあの一匹だけだと決まったわけじゃないしな」
俺は動かなくなった両腕をぷらぷらと振って見せた。
いくら大剣女の腕が立とうが、俺がこんな状態ではお荷物を抱えていると同じであり、ダンジョンはお荷物を抱えて滞在できるほど甘い場所ではない。
「……神器を初めて使ったことによる後遺症ですね。適合者でなければ、神器を振るった時点で腕が爆砕していたはず。それがその程度で済んでいるという事は姫様の見立てに間違いがなかったと言うこと。このマリー、感服いたしました」
「よせ、私は単に神器――神魔刀の導きに従っただけだ」
オイオイ、何だか聞き逃せないような単語があったような……下手をすれば再起不能になっていたのか、俺!?
やはりこの二人は信用が置けないな。ダンジョンを出てこの鎧を脱ぐ方法を教わったらとっとと逃げるのが吉だろう。問題はそれをコイツらが許すかだが……。
「さて、神器の適合者である貴様には叩き込まねばならないことが山ほどある。先ほどのように逃げられるとは思わぬ事だ」
「姫様が直々に教育してくれるというのです。これ以上、栄誉な事はありませんよ、適合者殿。それでも逃げると言うのなら、この大剣に誓ってぶった斬ります」
……少なくともこの腕が治るまで、逃げるのは止めておこうかな。




