8話 儀式
まさか、オーガから逃げる事よりも俺を殺す事を優先するとは……完全に予想外だ。
薄れゆく意識でそんな事を考えながら地面に倒れ込んだ。
心臓を刺されたことで血液が循環しなくなったためか、手足が痺れたように動かない。五感も潮が引くように急速に消えていく。
これが死。
生きて浮遊大陸から脱出してみせると改めて誓った翌日に殺されるなんて、何て皮肉めいた運命なのか――
そんな思いを抱えながら意識を手放そうとしたとき、それは起こった。
止まったはずの心臓から活力が溢れ出し、死にかけの肉体を活性化させ、消えかかっていた五感も元のように、いや、それ以上の瑞々しい力を得て蘇っていく。
俺を生き返らせた活力はそれだけには留まらず、体外へも溢れ出して何かを形成していった。
これは……一体何が起こっているというんだ!?
俺の戸惑いを余所に、体外に溢れた活力は何かを形作って行き……気が付くと立ち上がっていた。
なんだ? いつもより目線が高い位置にある。そして、ふわふたとしたこの感覚は宙にでも浮いているかのようだ。どうなっているんだと思って自身の体を見下ろせば、そこには見た事も無いような意匠の鎧があって俺の身を包んでいる。
どうやらこれが先ほどの体外に溢れ出した活力の結果らしいが……本当に何が起こっているんだ?
「いつまで呆けているのだ、愚か者。もう神魔刀の力は身体に馴染んだはず。目が覚めたのなら一人で時間稼ぎをしているマリーの手助けに行ってこい」
いつの間にか目の前に立っていた三つ編み女がそう言ってくるが、頭が混乱していてもう何が何だか……。
えーと、俺はこの三つ編み女に心臓を貫かれて死んだはずだ。しかし、どういう訳か復活した。それどころか妙な鎧を着ており、頭身さえもが変化している始末。そこへ俺を殺した当人が自分の仲間を助けろと言ってくるこの状況……うーむ、やっぱり頭がどうにかなりそうだ。
ただ、今の状況が三つ編み女に刺された直後というのなら、オーガに追われているのも変わらないだろう。そして俺の復活の為?に時間を稼いでくれたらしい大剣女を見捨てるのは些か気が引ける。
なぜあんなことをしたのか、なぜ俺は復活できたのか……疑問は尽きないが、とりあえずは身に迫る危機を何とかするのが先だろう。
何よりも、だ。先ほどから俺の体の芯から戦いを促す衝動が止まらない。復活前はとても敵わないと思っていたオーガが赤子のように思えて来る高揚感が……抑えられない!
このまま素手でも何とか出来そうな感じはあるが、ふと腰に目を落とすと先ほど俺の心臓を貫いた刀があって、強烈な存在感を発している。ダガー以外の武器を扱ったことはないが、素手よりはマシだろう。
「おい、いい加減しろ。早く救援に向かわなければマリーが危ないだろうが」
「……戻ってきたら、すべて説明して貰うからな?」
流石に状況把握に時間を取り過ぎた所為か、三つ編み女が怖い顔をして迫って来た。この女に命令されるのは癪だが、今後の事を考えて今は従おう。
俺はその場に三つ編み女を残して、剣戟音のしてくる方向へ走り出した。
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何というか、走っていて体が軽い。視線の高さも変わった所為か、まるで自分の体じゃないみたいだ。
こんなふわふたとした状態でオーガと戦えるのかと思うが、そんな想いに反して五感は今まで以上に研ぎ澄まされているように感じる。本当に俺の体はどうなってしまったのか……まあいい、考えるのは後だ。
剣戟の音が聞こえて来る角を曲がると、オーガと大剣女が真正面から武器を打ち合っている所だった。驚くべきことに筋肉ダルマのオーガに対して一歩も引けを取っていない。
「こりゃあ、アイツ一人でもいけたんじゃ……いや、やっぱりキツイか?」
見れば至る所に傷を作って一撃一撃が全力な大剣女に対して、オーガは相変わらず大斧を小枝のように振り回して涼しい顔だ。膂力も体力もオーガの方が上だろう。助力に入らなければ、やられるという彼女たちの判断は正しかったという事になる。
さて、呑気に見ているどころじゃないな。
「おいっ、アンタ、加勢するぜ」
「……やっと来ましたか。随分と待たせてくれましたね」
そう返事をした大剣女はオーガの横なぎの一撃を大剣で受け、その衝撃を利用して俺の横まで飛んできた。そして、そんな彼女の横にいる俺を見つけたオーガは嬉しそうな咆哮を上げる。
なんでだ!? 俺はお前に好かれるような事は何一つやっちゃいないだろうにっ!
「どうやら私はお役目御免と言うことらしいですね、では後は貴方にお任せしましょう」
「あ、おいっ!」
止める間もなく大剣女はバックステップして後ろに下がってしまった。それと同時にオーガが俺に突進してきて斧を振り上げる。
くそっ、どいつもこいつも。俺はお前らのオモチャじゃないんだぞッ、舐めるんじゃ、ねぇッ!
俺は腰の刀を引っ掴むと抜刀――逆袈裟の形でもってオーガの振り上げられた右腕を斬り飛ばした。




