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7話 オーガ


 斧をダガーで受け止められるワケが無い。ましてや斧を振るうのは筋肉ダルマの大鬼オーガで、掠っただけでも致命傷だ!


 凄まじい勢いで縦に落ちて来た大斧を俺は横に身を躱す事で何とか避けた。そして少し時間を置いての横なぎの一撃を後ろに飛ぶことで回避する。


 俺の半身はありそうな大斧を小枝のように振り回すとは、やはり尋常な筋力ではない。幸いなのは此処はダンジョンの中でも狭い通路で、大斧を振り回すには動きが制限されることか。その巨体も動きに制限を加えており……ここが自由に動ける広間であったなら、俺は出会った直後に物言わぬ肉塊にされていただろう。


 その巨体と絶大なる膂力から『冒険者殺し』と呼ばれる怪物がなんでこんな低階層に出現したのかは分からないが、現実を受け止めなければ。そしてこれが現実と言うのなら、俺がオーガに敵うわけがない。今の細道にいる間に逃げないと!


 俺は窮屈そうにしているオーガに背を向けると脱兎のごとく逃げ出した。



「なんなんだ今日はッ、厄日かってーの!!」



 声を出せばその分だけ他の魔物に見つかる可能性が高まるが、そうでもしなければやっていられない。


 ギルドでは美女二人に殺されかけて、逃げた先のダンジョンでは1階層でオーガに出会うという、普通では考えられないような不運。まるでカミサマから殺意を向けられているようだ。


 しかし、そんな事を嘆いている暇はない。今は何とかしてオーガから逃げないと、あの冒険者殺しに追いつかれたら死あるのみだ。

 

 ヤツはどういうわけか俺の位置が分かるらしく、どれだけ走っても後ろの方から響いて来る足音が消えない。


 そう言えば……以前にギルドでダンジョンに生息する魔物について調べ物をした際、オーガは犬並みの嗅覚があって一度見定めた獲物は死ぬまで追いかけるという習性がある、と見たことがあるのを思い出した。


 冗談じゃないぞ……!


 こちとら3階層のホブゴブリンにだって逃げ回るのがやっとだって言うのに、そのホブゴブリンの約1.5倍もの質量があるオーガと戦って倒すなんて無理に決まっている。


 ここは素直にダンジョン出口まで逃げ切ってギルドに救援を求めるのが正解だと思うが、ギルドにはあの狂人共が待ち構えている可能性が高い。


 そうなると、次策としてはこのダンジョンに潜っている冒険者に助けを求める事しか思いつかないが、この広いダンジョンのなかで、オーガに対応できる力を持った冒険者と出会う確率はかなり低いだろう。しかも此処は第一階層で、初心者やソロで活動する変わり者しかいない階層だ。なおさらオーガとやり合えるような戦力を持っている冒険者と出会えるとは思えない。


 えぇい、考えながら走っている間に、背後からの足音のが大きくなってきた。


 あれだけの巨体だと言うのに俺と走る速度が同等かそれ以上というのはどういう理屈なんだ!? 歩幅か? 体力か? くそっ、このままだと追いつかれて殺される未来しか描けない……!!


 そうやって焦りパニックになりかけている俺の前に人影が現れた。あの大剣とメイスを構える姿は……。



「ようやく追いつけたか。随分と舐めた真似をしてくれよって……気が変わったぞ、マリー。こ奴は神器を宿らせる前に折檻して躾けてやらねばなるまいて」

「はい、姫様。躾はこのマリーめにお任せください。立派な従者に仕立て上げてみせます」

「あ、アンタ達は……!!」



 ギルドで俺を殺そうとした狂人二人じゃねーか! 此処にいるって事は俺を追ってダンジョンの中まで入って来たということ。予想していた事ではあったが、こうも殺意が高いとなると流石に血の気が引く。なぜ俺如きを殺すことにそんなに執着するのか――


 何にしてもこの前門の虎、後門の狼と言った状況、絶体絶命だ。どう切り抜ける!?



「さて、まずはこやつを跪かせよマリー。私が誰であるか存分に教えて……なんだ、この大きすぎる足音は?」

「これは……とてもこの階層に住むと言うゴブリンのモノではありませんね。そこな下郎、この足音に心当たりは?」

「げ、下郎って俺の事か!?」

「貴様以外に誰がいる? さっさとマリーの問い掛けに答えぬか、この痴れ者が」



 こ、このっ、自分の無礼さを棚に上げておいてなんつー言い草だ。どこの姫さんだが知らないが、外の人間というのは皆こんな調子なのだろうか? 流石に腹が立ってくる。


 そうだ。本来ならルール違反もいい所だが、こいつ等にオーガの相手をして貰っている間に逃げると言うのはどうだろうか? どちらも俺を殺したがっている者同士、相食めばいい――って、それは都合よくオーガの標的が彼女らに移ったらの話だ。


 どうやら極限状態で頭のネジが緩んでいるらしい。此処は彼女らに手早く事情を話して一先ずは逃げるというのが順当な所だろう。彼女達もオーガを前にして俺をどうこうしている暇は無いハズだ。



「……これはオーガの足音だ。何故だかこの階層にいて俺を追っている。死にたくなかったら早く逃げる事をお勧めするぜ、俺もさっさと逃げるからそこを開けてくれ」

「なるほど、オーガか……マリーよ、お前ならいけるか?」

「流石に私一人では厳しいかと。サポートしてくれる者がいれば別なのですが、この者に頼ると言う事は今は難しいでしょう」

「そうか。ならば仕方あるまい、再度予定を変更する」

「おい、聞いているのか! 死にたくなかったら早く……!?」


 

 そこから先は言葉が続かなかった。なぜなら三つ編み女の手にはいつの間にか光り輝く刀があって、俺の心臓を刺し貫いていたからだ。


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