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6話 逃走


 俺は彼女らが何らかの脱出手段を持っているという事に、血が逆流するような感覚を覚えた。


 彼女達と協力すれば俺の最終目標であるプロキオンからの脱出を成し遂げられるかもしれない。それは今は亡き兄弟たちと誓った約束、そして夢。


 今までは果て無き夢と思い込んでいた『それ』が、いきなり実現できるものとして目の前に現れたのだ。そんな感覚を覚えるのも仕方がない。


 ――だが、問題はその手段を持っているヤツが無礼と言うだけでほぼ初対面の俺を殴ったり、殺そうとしたりするヤバイやつらだという事だ。


 先ほどは一旦、俺を殺そうとするのを止めたようだが、再び気が変わって俺を殺そうとしてくるかもしれない。いくらこの浮遊大陸からの脱出手段を持っているかもしれないとはいえ、そんな連中と関わっては幾ら命があっても足りやしない。ここは無理をしてでも逃げるのが正解か――?



「では神魔刀よ、今からお前が示した適合者の心臓を貫く。それで儀式は完了するのだな?」



 俺が悩んでいると、三つ編み女の方がそう言って何処からともなく刀?を取り出し、鞘を払った。するとそこにはやたら光り輝く刀身があり、俺の方に切っ先を向けて……って、いや、殺されようとしているじゃん、俺!?


 コイツらにどんな思惑があるか分からないが、黙って座っている手はないな!



「あっ、こら、動いては……早いっ!?」



 俺は座ったままその場から横に転がると、その勢いを利用してギルドの窓を目指して跳んだ。そして窓ガラスをぶち破って外に転がり出る。


 後で弁償を求められるかもしれないが……死ぬよりはマシだ。いや、いまはそんな事よりも、早くこの場から離れないと。


 しかし、離れた後はどうする?


 この浮遊大陸は広い様で狭い。少なくとも俺の居場所をたかが一日程度で探り当てる程度には。


 ここで普通に逃げたとしても、彼女らは程なく俺を見つけ出すだろう。で、あればだ。天然の迷宮であるダンジョンに身を隠すのが正解か?


 あそこであれば時間を稼げるだろうし、その間に対策を考え付くかもしれない。まぁ、いきなり殺しに掛って来る異常者に対策なんて立てられるかどうかは分からないが……。


 し、しかし、このまま座して何もしないよりはいいだろう。今はとにかくあの狂人どもから離れないと。


 俺は服に付いたガラスの破片を払うと、ダンジョン目掛けて走り出した。後ろからあの二人の罵声らしきものが聞こえて来たが知ったこっちゃない!




---




 そんな訳で、俺は今ダンジョンの中に居る。


 場所は地下一階で、いつもとは違ってゴブリンを斃すことなく、逃げ、隠れ、やり過ごし、奥の方を目指してひた走る。


 このダンジョンは逆のすり鉢状になっているらしく、一階が一番狭く、地下に行くほど広くなっており、そしてまた魔物達の強さも下行くに比して強大になっていく。

 

 逃げに徹したとしても俺が生き残れるラインは地下三階までだろう。なので、せめて地下二階まで行ってあの狂人どもを撒ければよいと思っている。


 因みに地下二階に出る魔物は犬頭鬼コボルトである。


 小鬼ゴブリンと似たり寄ったりの体格で、ゴブリンよりは力が弱く、敏捷性が増したのがコボルトだと思ってくれればいい。なお、武器は持っておらず、持ち前の鋭い爪や牙で襲い掛かって来る。


 その敏捷さに対応できない冒険者にとってコボルトはゴブリンよりも厄介な敵なのだが、斥候スタイルの俺は対応できるのでゴブリンよりも幾分対応が楽だったりする。


 そんな俺がなぜ地下二階で稼がないのかと言うと、単に体力がないからだ。二階で死闘を繰り広げた後にダンジョンの出口まで戻るには、体が成長しきっていない俺にとっていささか荷が重い(まだここから体が成長すると仮定しての話だが)。


 ……まあ、今はそんな事はどうでもいいか。


 とにかく俺が言いたいのは、逃げに徹すれば地下二階までなら余裕をもって何とかなるということ。そして見るからにパワー系である狂人どもにとってコボルトの敏捷さは苦戦するだろう。つまり、地下二階まで行けば俺が逃げ切れる可能性が大きくなるということだ。


 さっさと俺を諦めてくれればいいのだが、彼女らの言葉を思い返すに、そう簡単に諦めるとは思えない。


 思い返すと言えば、あの連中、変な事を言っていたな。


 適合者やら儀式やら……もしかすると、何かの生贄に――例えばこの浮遊大陸から脱出するための儀式に俺を使うつもりだったとか!? だとすれば、尚更捕まるわけにはいかないな。俺は生きてこの浮遊大陸から出たいのであって、誰かが浮遊大陸を出るための犠牲に成りたくはない。



 ――さてと、そんな事を考えている間に地下一階も最奥だ。この先にある階段を下れば地下二階へ行ける。考え事をしながらでも迷宮を踏破できる自分の記憶力に感謝だな。


 そんな訳で、後はもうこの角を曲がって直線の回廊を抜ければ階段という所まで辿り着いたのだが……そこには予想もつかない怪物が待ち受けていた。



「まさか、大鬼オーガだと……普段は地下五階にいるって魔物が何で一階に!?」


 

 その怪物は戸惑う俺を余所に、手に持った大きな斧を構えると凄まじい勢いで振り下ろしてきた。


 

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