4話 出会い
朝、階下から響いて来る物音で目が覚めた。
いつもは日が昇る前の、他の冒険者が起き出す前に目が覚めるというのに……こんな時間になったのは、寝る前に慣れない仲間募集の張り紙を作っていた所為か……。
俺は起き抜けで意識がハッキリしない頭を掻きながらゆっくりと身を起こした。そして窓の方にある申し訳程度の机に目を向けると、その上には昨日頭を悩ませながら作った仲間募集の張り紙が確かにある。
さて、今日はこれをギルドの掲示板に貼った後にダンジョンへ行かないとな。
俺はベッドに座り直すと靴を履いて立ち上がった。
なお、服は一張羅であるからして着替える事はない。前に洗濯した日から計算して、そろそろ洗濯しないといけないなと思いつつ、ついつい後にしてしまう自分のズボラさが恨めしい。
まあ、匂いはそれほど感じないし、ギリギリセーフだろうと自分に言い訳をしながら、愛用の背嚢を背負い、使い古しのダガーを腰のベルトに刺し込む。そして机の上の張り紙を掴むと急ぎ足で階下に向かった。
「ようカルマ、今日は随分とおせーじゃねぇか」
「ん? ああ、偶にはこんなこともあるさ」
「朝飯は?」
「パンだけ貰うよ。今日はギルドに向かいながら食うから、他のはいらない」
「ちゃんと食わないとダンジョンの中で後悔することになるぞ?」
「はいはい」
この宿も3年目で感覚は下宿に近い。
呆れ顔の男主人へ適当に返事を返しつつ紙に包んだパンを受け取ると、俺は馴染の宿を出ようとしたが、何やら用があるようで引き留められた。
「ああ、そう言えばカルマ、昨日お前さんが居ない間に客があったぞ」
「客? 俺に? 何かの間違いじゃないか……全く心当たりがない」
「そうか? 女の二人連れでな。両方ともえれー美人で、こりゃあ朴念仁のお前にもついに春が来たかと思ったんだが……」
女の二人連れと聞いて、昨日墓地で会った美女二人が脳裏をよぎる。しかしあの二人とは一瞬視線を交わしただけでそれ以外の接点はない。
ただ、彼女達以外に心当たりはなく、宿の主人が言っている客とは恐らくあの二人ではなかろうか……もしそうだとすると何故俺を探す? うーむ、なんだか厄介事の予感がするが……当の本人達がいない場所で悩んでいても仕方がないだろう。理由は会った時にでも聞けばいい。
俺は気持ちを切り替えると、改めて宿を発ち、ギルドへ向かうのだった。
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朝のギルドは夕方の喧騒が嘘のように静かだった。
それもそのはずで、多くの冒険者は陽が昇っている間にダンジョンへ潜り、戦い、陽が落ちる頃には魔石を回収して帰って来る。
無論、ダンジョン攻略の為に徹夜や連泊をして朝方戻って来る者も居るにはいるが、そちらは圧倒的に数が少ない。
いや、どちらかと言えば、その方が冒険者の本来の姿だと思うのだが……長らくダンジョンで戦っている内に疲れ果て、本来の目的を忘れて魔石の回収を主目的にしていく者が多いのは事実だ。
俺だって定期的に墓参りをして誓いを思い出していなければ、日々の戦いに疲れて『ダンジョンの最下層に辿り着いて浮遊大陸から脱出する』という最終目標を忘れていたかもしれない。
――さて、それは兎も角、ギルドが騒がしくならないうちに掲示板へ仲間募集の張り紙を張ってしまおう。
俺は募集用紙を片手に専用の掲示板へ歩み寄った。
そこには俺と同じく仲間を募集する張り紙が張られている。当たり前ではあるが切実なものが多く、俺の作った応募用紙など埋もれて見ては貰えないかもだが……まぁ、やらないよりはマシだろう。
ちなみに俺が仲間に望むのは一つだけ。
本気でこのダンジョンの最下層へ到達する意思があるかどうかだ。
……これこそが俺達が冒険者と言われる最大の理由なのであるが、先ほども述べた様に、魔石を回収することを本業としてしまった連中は非常に多い。そんな中で俺の募集用紙は奇異な物として彼らの目に映るかもしれず、下手をすると妙に目立つ事になるかもしれないが……まぁそれでも、埋もれてしまって全く目を向けられないよりはよい。
俺は募集用紙を掲示板に貼り終えると今日の段取りを考えながら、ギルドの建屋から出て行こうとしたのだが……その行く手を遮る者がいた。
出口からの逆光で詳細は見えていないが、女の二人連れらしい。
「姫様。件の男、ようやく見つけられましたね」
「ああ、随分と手間を掛けさせられたものよ」
「しかし、思った以上に貧相な身体をしているのですが、本当にこの男がそうなのですか?」
「なんだ、我が神器の神託を疑うのか? 私の騎士たるお前が」
「いえ、決してそう言う事では……失礼致しました」
なんだ? どうやら俺に用があるようだが、目の前の二人は当の俺を無視して言い合っており、その内容は全く以って分からない。
もしかしたら人違いをしているのではないかなと思って近づいてみれば……昨日に墓地で会った美女の二人連れだった。そして双方ともに俺に厳しい視線を向けており、俺に用があるのは間違いなさそうだった。