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2話 ゴブリン


 目の前を凄まじい勢いで通り過ぎた棍棒――それに漏れそうになった悲鳴を何とか堪え、俺はその場から大きく飛び退いた。


 アレが当たっていたら間違いなく頭蓋骨を粉砕されていただろう。その凶器の持ち主は全く表情を変えないまま、距離を取った俺を冷静に見据えて迫って来る。


 まったく、これで最弱の魔物だと言うのだから嫌になるぜ……。


 俺は乾いた唇を一舐めして湿らせると、持っているダガーを逆手に持ち替え、迫って来る魔物――小鬼ゴブリンと相対する。


 小鬼というだけあって身長は15歳の俺とそう変わらない。なんなら俺よりも幾分低いくらいだ。しかし、その発達した筋肉は腐っても『鬼』の名を冠するだけあって太く大きく実っており、もしも腕相撲でもしたなら台座ごと腕を粉砕されるだろう。


 そんな短身のマッチョが無表情で何の躊躇いもなく俺を殺そうと迫って来るのだ。常人であれば恐怖で身が竦んで何も出来ないまま殴り殺されるだろう。しかし、こちとら若年者であるとはいえ冒険者である。命の遣り取りは日常茶飯事で……これまで幾十体ものゴブリンを屠って来た実績がある。


 再び俺の頭目掛けて振り下ろしてきた棍棒を今度は横にステップして躱し、逆手に持ったダガーを振るってゴブリンの首筋に切りつけた。


 人間であれば頸動脈にあたる場所だ。


 その急所はゴブリンであっても変わらず、凄まじい勢いをもって血液が噴出した。


 ヒトであれば赤い血液であるのだが、魔物であるゴブリンの血液は緑色であり、それが勢いよく噴出している光景と言うのはいささか現実味がない。


 現実味が無いと言えば、首筋から大量の血液を噴出しながらも、怯むことなく此方へ向かって来ようとするその姿だろう。なんで重傷を負ったと言うのに逃げるでもなく、その部所を押さえるでもなく、俺を殺そうと迫って来るのか――


 まるで生物とは思えないその姿に怖気を覚えながらも、俺は注意深くダガーを振るってゴブリンを牽制する。


 あの出血量からすると、まともに動けるのはあと一分ほどだろう。此処がダンジョンの中でなければ逃げ回って失血死を待つと言う選択肢もあるのだが、下手に逃げ回って新たなゴブリンと遭遇したならソロで活動している俺の手には負えなくなる。


 自らの体液で顔を緑色に染めながら棍棒を滅茶苦茶に振り回し始めた姿に、ようやく出血多量の影響が出始めたかと安堵の想いを抱きながらも油断はしない。


 あの棍棒ひと振りを受ければ西瓜を割るが如くその部位が破裂するだろう。そうやって油断して死んでいった同業者を何度も見たことがある俺としては、一瞬たりとも目の前のゴブリンから目は離せなかった。


 ヒヤヒヤとした思いを抱きつつも油断なくゴブリンの振り回す棍棒を避け続けていると、やがて目に見えて動きが鈍って来た。


 ……ここいらが勝負の掛け時か。


 俺はダガーを右手から左手に持ち換えると、振るってきた棍棒を間一髪で避けつつ、出血している方とは反対側の首筋を切りつけた。


 再び噴出した緑色の血液を距離を取って避けつつ、ゴブリンの様子を見る。


 流石に二本の頸動脈から血を噴出させては屈強な魔物も堪らないらしい。一瞬の後、棒立ちとなってからその場にドスンと倒れ伏した。


 すると、あっと言う間もなく、その短身マッチョな躰が、そして持っていた棍棒さえもが地面へずぶずぶと飲まれていく。


 その場に残ったのは『核』とも『魔石』とも言われている拳大の石のみで……これがダンジョンの上にある浮遊大陸の都市部を動かす動力源の一部となっている。


 俺は安堵の溜息を一息吐くと、歩み寄って魔石を拾い上げた。


 これ一つで3000オンスか。命を懸けて得た対価としては、とても割りに合わないが……対価は冒険者組合ギルドに定められているので仕方がない。


 俺は背嚢に得られた魔石を放り込んだ。


 これで今日は三つ目で約3kg……そろそろ体の動きに支障が出てきそうな重さだし、時間もいい頃合いだ。帰りにもゴブリンと遭遇する可能性があるし、ここいらが潮時か。


 俺は周囲をぐるりと見まわして敵が近くに居ない事を確かめると、ダンジョンの出口に向かって歩き出した。




---




 ここは『浮遊大陸プロキオン』の中心部にあるダンジョンである。


 このダンジョンには魔物と呼ばれる凶悪な敵性生命体が生息しており、ヒトを見かけると襲ってくるのだが、逆にその魔物を斃すと『魔石』を落とす。この魔石は都市部においては電池のような使い方をしており、冒険者組合ギルドを通して流通している。


 そして、魔物から魔石を回収する役割を担っているのが俺達、冒険者であり……日々、魔物と命のやり取りをしながら魔石を回収している。


 やっている事は狩人とそう違わないが、何故そんな俺達が『狩人』ではなく『冒険者』と呼ばれているのか――それは、一方的に獲物の命を刈り取る狩人に対して圧倒的に殉職率が高い事に依る。

 

 先ほどの戦いでも分かるように、ダンジョン内の魔物は低階層でもヒト以上の力を持っており、それなりの技量を持ち合わせていないとすぐ死ぬ事になる。


 特に新人の殉職率は高く、6割は初戦で死ぬとされている。そして、初戦を生き延びたとしても平均生存年数は3年ほど。


 こんなにも殉職率が高い職業に望んで就いているのだから、他の職業から『冒険者』と言われても仕方がないだろう。


 命の惜しい者はとっととこの職業から身を引いて別の職に就くのが当たり前なのだが……ある理由に惹かれて、冒険者となる者は後を絶たない。


 その理由が何かというと――いや、それはいずれ話す事もあるだろう。


 

 俺はダンジョンの出口……数時間ぶりに見えて来た陽の光に目を細め、今日も生き延びたことを自らに感謝しつつ、歩みを強めた。


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