1話 プロローグ
地軸逆回転により、セイレキという名の文明が消え去ってから1500年の時が流れた。
時を同じくして滅び去ったかのように思えた人類であるが、しかし、各地でしぶとく生き残っており、かつての栄華を取り戻そうと努力の日々を送っている。
ここ『浮遊大陸プロキオン』も、人類が生き残り、再発展しようとしている場所の一つである。
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「また、来ちまったよ兄弟……そっちじゃ仲良くやっているかい? 俺はもう、アンタ達の歳を超えちまったけど、まだまだそちらに行かないぜ……」
俺は墓標に掛けられた数枚のタグに手を伸ばし、軽く撫でた。
実はこの墓標の下に骨は埋まっていない。
冒険者となり、ダンジョンの中で死んだ者はそのダンジョンに吸収されてしまい、骨も装備品さえも残らないからだ。
残るのは死んだ者が身に着けていたこの特殊な認識票のみ。それも運よく他の冒険者が見つけてギルドに届けてくれたのならいいが、大抵は魔物のオモチャにされて跡形もなく壊されてしまう。こうやって墓標にタグを掛けられるのは運がいい方なのだ。
死んだのに運がいいとか矛盾している物言いではあるが、事実なのだからしょうがない。その証拠に周りの墓標には殆どにタグが掛けられておらず、単なるオブジェとなっている。
ここは浮遊大陸の外縁部――小高い丘に設えられた冒険者達の墓地である。
俺は決してダンジョンの中で死なないという自身の決意を確かめる為に、偶にこうやって墓地を訪れる。
「俺は……絶対に生きて、この浮遊大陸とは名ばかりの監獄から脱出してみせる」
この地を訪れるのは、死者の魂を慰めるのと自身の決意を確かめるだけではない。此処からでしか見えない風景を見る為に訪れるのだ。
俺は墓標に軽く手を振って別れを告げると、墓地の奥……浮遊大陸の境界を目指して歩く。
墓地から浮遊大陸の境界までは約100mほど。緩やかな坂を上って行くと簡単に辿り着く。そして、そこから見る外の風景は圧巻だった。
連なる山々、太陽の光を反射してきらめく湖、どこまでも広がる深緑の森、その果てに在るのは海だろうか……わずかに弧を描く水平線は、この星が本当に丸いのだということを教えてくれている。
そんな美しい世界に魅せられて、思わず手を伸ばし……バチッという音を立てて弾かれた。
これが俺達をこの浮遊大陸へと縛る忌々しいくび木だ。
風は吹きこんでくるし、鳥の行き来も自由ではあるが、人にあっては今までどんな手段を使っても超えられなかった透明の檻。
世界はこんなにも広く、美しいと言うのに、俺達は1500年以上もこの浮遊大陸に押し込められている。
なぜ俺達はこんなところに閉じ込めらえてるのか――
苛立ちも露に不可視の障壁を殴るが、同じくバチッという音を立てて弾かれる。
……これ以上は何をしても無駄だ。分かっていた事ではあるが忌々しい。
俺は一つ深呼吸して心を落ち着かせると、その場で踵を返して歩き出す。
午後からはまたダンジョンに入って稼がないと干上がってしまう。1~2日なら休んでも問題ないが、俺達冒険者はいつだってカツカツの生活を強いられているのだ。
さて、今日は何処まで潜ろうか……とは言っても俺の実力では2階までが関の山ではあるが……。
そんな事を頭の隅で考えつつ、墓地の方へ下って行くと珍しく人がいた。この時間に俺以外の人がいるなんて珍しいなと思いながら目を向けると、その人たちは俺とそう年齢が変わらない女性二人だった。
二人ともがタイプの異なる美人さんで、しかし、いずれもその美しい顔に似合わない武器を携えている。
ショートカットでキリリとした表情の女性は背中に大剣を背負っており、髪を三つ編みに結った女性は凶悪な形のメイスを腰に吊っている。
恐らくは俺と同じく冒険者だろう。しかし、あんなに目立つ女性二人をこれまで見たことはなかった。もしかしたらこの浮遊大陸の外からやって来た新しい監禁者なのかもしれなかった。
俺はその二人に目礼だけして通り過ぎた。
彼女たちの事は気になったが、ここは死者が静かに眠る墓地であって騒がしくする場所ではない。彼女たちが新しくこの浮遊大陸プロキオンに囚われた者であればダンジョンの中で、いや、その前にギルドか? で、会う事になるだろう。
そんなことよりは今日を生き抜くための算段を立てる方がずっと大事だ。ねぐらに帰ったら武器と道具の点検をして――
だから、そんな物思いに耽る俺を、ずっと見つめる女性二人の視線には気づかなかった。