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おはじきとブラックコーヒー

作者: 月凪
掲載日:2025/08/26

大学3年生の中野芽衣が、小学生のときに出会った不思議で儚い友達の記憶から物語は始まる。

幼い日の淡い夏の時間、宝物のような日々、そして「忘れないで」とだけ残した言葉。

あの不思議な日の出来事に、芽衣は自分なりの答えを見つけていく――そんなお話。



「はぁ、なんで五限に必修入れてんのよ」

平日の昼下がり、中野芽衣は次の講義が始まるまでの退屈な時間をもてあましていた。


三限で授業が終わり、次は五限。

そのあいだ三時間以上。長すぎてどこにも行けず、短すぎて帰る気にもなれない。

微妙すぎる時間だ


芽衣が向かったのは、大学から徒歩十分ほどの隠れ家的なカフェ「トワイライト」だった。


古いレンガ造りの建物の二階にあるこの店は、学生にはあまり知られていない。だからこそ芽衣は気に入っていた。


店内に入ると、いつものようにジャズが静かに流れている。少し古びた革のソファ、年季の入った木製テーブル、薄暗い照明。まるで時が止まったような空間で、芽衣はいつものカウンター席に腰を下ろした。

「ブラックコーヒー、お願いします」


マスターは無言でうなずき、豆を挽く音が店内に響く。芽衣はその音を聞きながら、窓の外を眺めた。六月の午後、梅雨の晴れ間から差し込む陽射しが、街角を淡く照らしている。

アイスコーヒーが運ばれてきた頃、カウベルが鳴って新しい客が入ってきた。


「やっぱりここにいた」

振り返ると、杉谷香奈が笑いながら立っていた。

肩にかかる髪が今日も柔らかく波打っている。

芽衣の隣の席に滑り込むと、香奈はカフェオレを注文した。

「またブラックコーヒー? 芽衣ってほんと渋いよね」

ストローをくるくる回しながら、香奈が言った。


「渋いっていうか……慣れた。もうミルク入れるのもめんどくさいし」

「それを”慣れ”って言う? ただの修行じゃん。苦行だよ」

「苦行を積むことで、大人になるんです」

「いやいや、まだ二十歳でしょ? ブラックコーヒーの似合う大人は二十五からだよ」

「どういう基準よ」

そんなくだらないやりとりに、つい笑いがこぼれる。香奈とは大学一年の時にサークルで知り合った。


文学サークルといっても、実際は読書好きが集まって感想を語り合うだけの緩い集まりだったが、そこで意気投合したのが始まりだった。


二人の間には、軽い冗談も、重たい悩みも並べられる気楽さと安心感が漂っていた。サークルの愚痴も、親のことも、将来の不安も。ここではなんでも話せた。

「そういえばさ」香奈が氷の音を立てながら言った。


「もう六月だよね。あっという間に夏になる」

「そうだね」

芽衣はふと、窓の外に視線をやった。

アスファルトの隅に、小さな茶色い物体が転がっている。蝉の抜け殻だった。まだ梅雨も明けていないのに、もう夏の使者が現れている。


「もうすぐ夏だねぇ」

香奈がそう言った瞬間、芽衣の胸の奥に遠い光景がにじみ出した。

『私のことを忘れないでね』

――強い日差しのなか、石段を上った神社。蝉時雨の向こう、白い髪が風に揺れていた。境内に落ちる木漏れ日を透かして、あの子は笑っていた。


「……芽衣?」


香奈の声で現実に戻る。

気づけば、芽衣はグラスの縁を指でなぞりながら、外の蝉の抜け殻を見つめていた。

「なに? なんか考えごと?」

香奈が首をかしげる。

「うーん、ちょっとね。昔のこと思い出してた」

「昔?」

「子どもの頃にね、神社で――」


そこで言葉が止まる。自分でも不思議なほど、その記憶はあやふやで、どこまで話していいのかわからない。夢だったのかもしれないし、誰にも言ったことがなかったから。


香奈はカフェオレのストローを口から離して、じっと芽衣を見た。

「いいじゃん。教えてよ」

その声に背中を押されるように、芽衣はグラスを両手で包み込みながら、口を開いた。

「……うん。じゃあ、ちょっとだけ」


あれは、小学校三年生の夏休みだったと思う。

芽衣が住んでいたのは、都心から電車で一時間ほどの住宅街だった。


新しく造成された住宅地の中にも、まだところどころに畑や林が残り、そこに小さな祠や神社がひっそりと建っていた。芽衣にとって、近所の「八幡神社」はそんな残された自然の一部だった。


夏の午後、家にいても暑くてたまらなくなると、芽衣はよくその神社へ出かけた。母からは「危ないから、あんまり遠くに行かないのよ」と口を酸っぱく言われていたが、神社は家の二階からでも見えるほど近い。


大人の目からすれば安心できる範囲だったのだろう。

もっとも芽衣にとって神社は、遊び場であると同時に、どこか特別な場所でもあった。境内に入ると、蝉の声がいっそう大きく聞こえてきて、石畳に落ちる木漏れ日や、苔の匂いに包まれる。


まるで別の世界に入り込んだような気がするのだ。


今思えばおかしな話だけれど、小学生だった芽衣はお賽銭箱にときどき「おはじき」を入れていた。

「神様にはなにかをあげなきゃいけない」と思っていたからだ。財布なんて持っていない芽衣にとって、家に転がっていたガラス玉のおはじきがいちばん価値のあるものに思えたのだ。


その日も、暑さに耐えかねて神社へ向かった。石段をのぼりきった時、境内はひっそりと静まり返っていた。いつもなら近所の子が数人、鬼ごっこやかくれんぼをしているのに、この日は蝉時雨ばかりが耳に届いた。


――その時、奥のほうで影が揺れた。


芽衣は目を凝らした。

白い――いや、光を透かすように淡く輝く髪が、夏の木漏れ日に溶け込んでいる。

最初は蝉の抜け殻が風に揺れているのかと思った。


けれど、それは確かに人の形をしていて、自分と同じくらいの背丈の子どもが、石畳にしゃがみ込み、なにかを拾っているのだった。


「……なにしてるの?」


気づけば声をかけていた。普段なら見知らぬ子に声をかけることなんてしないのに、不思議と口をついて出た。

その子は振り返った。光を透かすような身体が夏の空気にゆらめき、目だけは不思議に澄んでいて、芽衣をまっすぐ見つめた。


「蝉の殻、集めてるの」


小さな手のひらに、茶色い抜け殻がひとつ。

それをまるで宝物のように、大事そうに握っていた。

「なんで?」

芽衣は首をかしげる。


「だって、きれいだから」

その答えが、少し大人びて聞こえた。理解できないけれど、妙に説得力があって、芽衣は思わず黙り込んだ。


しばらく沈黙が続いたあと、その子が首をかしげて尋ねてきた。

「ねえ、君、名前は?」

「……芽衣」

名を告げると、その子はふっと笑った。声も、澄んだ水面のように透明に響いた。

「いいな。僕、名前がないんだ」

胸の奥がざわついた。


名前がないなんて――それはどうしようもなく寂しいことのように思えた。 


とっさに芽衣は言った。

「じゃあ……光ちゃん、でいい?」

白い髪が光を透かして見えたから。


自然にその名前が浮かんだ。

木漏れ日の中で、その子は目を細めて笑った。

「光……いいね。ありがとう、芽衣」

その笑顔が、胸に鮮やかに焼きついた。


――


それから芽衣は、毎日のように神社に通うようになった。

「ねえ、芽衣」

「なに?」

「僕に会いに来るときは、なにかひとつ持ってきて」

「持ってくるって、なにを?」

「なんでもいいよ。きれいな石とか、お菓子とか」

「どうして?」

光ちゃんは少し困ったように微笑んだ。


「そうしないと、君は僕を見つけられないから」


意味はよくわからなかったけれど、芽衣は素直にうなずいた。


――


翌日、芽衣はポケットにビー玉をひとつ忍ばせて神社に行った。

光ちゃんはいつもの場所にいて、ビー玉を見せると目を輝かせた。


「わあ、きれい。青い空みたいだ」


両手で包み込むように受け取るその仕草が、芽衣にはとても嬉しかった。


それ以来、芽衣は毎回違うものを持っていくようになった。

駄菓子屋で買った飴玉。庭で拾ったガラス片。ラムネの包み紙。

どれも子どもにとっては他愛もないものばかり。

けれど光ちゃんは、どんなものでも目を細めて「ありがとう」と笑ってくれた。


芽衣にとって“お土産”は、光ちゃんに会うための入場券になった。


――


ふたりの時間は、ただ遊んで過ぎていった。

境内の石段を競争して駆け下りたり、砂利の上に寝転んで雲のかたちを言い合ったり、木の幹に残された蝉の抜け殻を並べて「これは大きい」「これは小さい」と比べたり。


ときには光ちゃんが妙なことを言った。

「この神社は、三百年前からここにあるんだよ」

「へえ、学校の先生みたい」

「……先生よりも、もっと前から知ってるんだ」

芽衣は笑ったけれど、どこか冗談に聞こえなかった。

「空の青って、飽きないんだよ」

「どうして?」

「毎日ちがう顔をしてるから」


そう言われると、ただぼんやり空を眺めるだけの時間が、いつもより楽しくなった。


――


夏休みが終わりに近づくと、夕暮れの風が少しずつ涼しくなってきた。

ある日の帰り際、光ちゃんが石段の上で立ち止まった。


「ねえ、芽衣」


その声が、妙に大人びて聞こえた。

「もし、また来られなくなっても……私のこと、忘れないで」

「……え?」

芽衣は思わず聞き返した。

光ちゃんは夕陽を背に、かすかに笑っていた。


「どういう意味? 私、毎日来てるのに」

「うん。でも、もうすぐ学校が始まるでしょ?」

「始まるけど……放課後にだって来れるし」

「そうだね。でも、もしも……の話」

そのときの笑顔は、なぜかとても遠く感じられた。


帰り際、少し石段を降りてから振り返ると鳥居の下に腰を下ろした光ちゃんが、赤く染まる空をじっと見上げていた。その後ろ姿が、なぜだか胸を締めつけるほど遠くに思えた。


芽衣は胸がざわざわして、思わず石段を駆け上がった。そして、光ちゃんの頭に全力でチョップを振り下ろした。

「いった!」

光ちゃんが目を丸くする。

「忘れないよ。ぜったいに」

芽衣は真っ直ぐに言った。

「だから光ちゃんも、そんな寂しそうな顔しないで」

しばらく沈黙のあと、光ちゃんはふっと笑った。

さっきまでの遠さが、少しだけ近くなった気がした。

「……うん。芽衣なら、そう言うと思った」

夕陽に透ける白い髪が、やさしく揺れていた。


そして翌日――

夏休みの最後の日、芽衣は神社へ走っていた。


新学期の準備で母に手伝いをさせられ、いつもより遅くなってしまったのだ。

ポケットをまさぐりながら、ふと気づく。


――あ。今日は何も持ってきてない。

石ころも、飴玉も、ビー玉も。


いつもなら「光ちゃんに見せるんだ」と思って握りしめていたのに、その日に限って何もなかった。

でも、どうしても会いたかった。最後にもう一度、あの笑顔を見たかった。


石段を駆け上がり、境内を探す。木漏れ日がきらきらと揺れて、蝉の声が頭上から降り注ぐ。

「……光ちゃん?」

何度も呼んだ。でも返事はなかった。

それでも確かに、一瞬だけ見えた気がする。社の影に、白い髪が揺れた。透けるような肩が木漏れ日に溶けた。


「光ちゃん!」

駆け寄ろうとしたとき、眩しい光に目がくらんだ。次に見たとき、そこには誰もいなかった。

芽衣はその場に立ち尽くした。ただひとつ思った。


――お土産を持ってこなかったから、会えなかったんだ。

次の日から新学期が始まった。芽衣は毎日、ランドセルにおはじきやビー玉を忍ばせて学校に行った。


放課後、急いで神社へ向かう。


「光ちゃん? いるでしょ? お土産持ってきたよ」

でも、光ちゃんが現れることはなかった。

九月、十月、十一月……季節が変わっても、芽衣は諦めなかった。雪の降る日も、雨の日も、お土産を持って神社に通い続けた。

でも光ちゃんに会うことは、二度となかった。


やがて芽衣も諦めた。小学校を卒業し、中学に上がり、高校受験を経て大学生になった今でも、あの夏の記憶だけは色褪せずに残っている。


「なにそれ、妖精? 子どもの想像力ってやつ?」

香奈は最初、くすくす笑いながら聞いていた。

「……かもね」

芽衣も笑ってごまかそうとしたけれど、言葉は止まらなかった。

「でも……声をかけても、もう返事はなかった」

芽衣は氷の溶けたグラスを両手で包みながら言った。


「それで思ったの。きっと、お土産を持っていかなかったから、会えなくなったんだって」

そう言うと、自分でも子どもっぽい理由だとわかって、苦笑いが浮かんだ。

けれど香奈は笑わなかった。グラスを指でつつきながら、少し考えてから言った。


「でもさ……ほんとにそうかな?」

「え?」

「私、思うんだよね。光ちゃんにとってはさ、もう十分だったんじゃない? 芽衣と過ごした時間が」

芽衣は香奈を見つめた。

「……時間?」

「そう。駄菓子とかビー玉とか持って行ったんでしょ? でも、光ちゃんがほんとに欲しかったのは、“一緒にいる時間”だったんだと思う」


カフェに静寂が流れた。遠くから車の音が聞こえ、氷がグラスの中で小さく鳴った。

「考えてみてよ」香奈が続けた。「光ちゃんって、お土産がないと会えないって言ったけど、芽衣が持ってきたものを見てどうしてた?」

「……嬉しそうに見てくれてた」

「そうでしょ? つまり、光ちゃんにとって大切だったのは、物そのものじゃなくて、芽衣が自分のために何かを選んで、持ってきてくれるっていう気持ちだったんじゃない?」


芽衣の胸に、光ちゃんの笑顔が蘇った。ビー玉を見つめるときの、あの優しい表情。

「それに」香奈はふっと笑った。


「最後の日、お土産がなかったから会えなかったって思ってるけど、もしかしたら逆かもよ?」

「逆って?」

「光ちゃんが、もうお別れの時だって思ったから、姿を見せなかったとか」

芽衣は息を呑んだ。


「あの子、言ってたんじゃん?『また来られなくなっても私のこと忘れないで』って。もしかしたら、光ちゃんは最初から知ってたんじゃない? 芽衣との時間がいつまでも続くわけじゃないって」


カフェの窓から、夕陽が差し込んできた。六月の陽射しが、二人の影を長く伸ばす。

「芽衣、いつも言うじゃん。私といると落ち着くって。あれも、お土産みたいなもんだよ」

「……は?」


「だって、日常の中で誰かと分け合える時間ってさ、特別なものでしょ? だから光ちゃんにとっても、きっとそうだったんだよ」

胸の奥がじんとした。窓の外では、相変わらず蝉が鳴いている。あの夏の日と同じように。


「……なんか、香奈、いいこと言うね」

「でしょ? 私は二十歳にしてブラックコーヒーより大人だから」

そう言って、香奈は笑った。

芽衣もつられて笑いながら、心の奥で光ちゃんの言葉を繰り返した。


――忘れないで。


「あのね」芽衣がぽつりと言った。

「実は、今でもたまに神社に行くんだ」

「え、ほんと?」

「うん。大学の近くじゃないけど、実家に帰ったときとか。もう会えないってわかってるけど、なんとなく」

芽衣は窓の外を見つめた。


「光ちゃんに会えなくても、あの場所にいると思い出すんだ。一緒に過ごした時間のこと。それだけで、なんだか嬉しくなる」

「それでいいんじゃない?」香奈が言った。


「光ちゃんも、きっと喜んでるよ。芽衣が忘れずにいてくれることを」

時計を見ると、もう四時を過ぎていた。五限の授業まであと一時間。

「そろそろ準備しなくちゃ」

芽衣がそう言うと、香奈もうなずいた。


「今日はいい話聞けた。ありがと」

二人は席を立ち、レジで会計を済ませた。店を出ると、六月の午後の風が頬を撫でていく。

「香奈」

「なに?」

「今度、一緒にあの神社行かない? 光ちゃんに紹介したいんだ」

香奈は少し驚いたような顔をした。それから、にっこりと笑った。

「いいね。お土産、何持っていこうか?」

芽衣も笑った。


「きれいな石でも拾っていこうか」

二人は並んで大学へ向かって歩いていく。夕陽が二人の影を長く伸ばし、どこからか蝉の声が聞こえてくる。


その週末、芽衣は約束通り香奈を連れて実家に帰った。

「懐かしいなあ」

電車を降りた香奈が、住宅街の風景を見回した。芽衣の実家は都心から一時間ほどの、静かな住宅地にある。新興住宅地とはいえ、まだところどころに昔からの自然が残っているのが特徴だった。


「あ、見て」

芽衣が指差した先に、小さな神社が見えた。八幡神社。十数年前と変わらず、古い鳥居がひっそりと建っている。

「ここが光ちゃんの神社?」

「うん」

二人は石段を上がっていく。境内は相変わらず静かで、午後の陽射しが木漏れ日を作っている。蝉の声は、あの夏と同じように響いていた。


「なんか……本当に出てきそうな雰囲気だね」

香奈が小声で言った。芽衣も同感だった。ここに来ると、いつもあの夏の日に戻ったような気持ちになる。

「光ちゃん」

芽衣は境内の中央で、そっと呼びかけた。

「お友達を連れてきたよ。香奈っていうの。とってもいい子なんだ」


返事はない。


でも芽衣には、どこか遠くから光ちゃんの笑い声が聞こえるような気がした。

香奈は持参した小さな袋から、色とりどりのおはじきを取り出した。


「お土産、持ってきました」

そう言って、石段におはじきを並べた。青、赤、緑、透明。陽射しを受けて、キラキラと輝いている。

「きれいだね」

芽衣が言うと、香奈もうなずいた。


「光ちゃんも喜んでくれてるかな?」

「きっと」

二人はしばらく境内に座って、静寂を楽しんだ。蝉の声、風の音、木々のざわめき。都会の喧騒とは全く違う、穏やかな時間が流れている。

「ねえ、芽衣」

「なに?」

「私、思うんだけど、光ちゃんって今でもここにいるんじゃない?」

芽衣は香奈を見つめた。


「どういう意味?」

「だって、芽衣がここに来るたび、あの頃のこと思い出すでしょ? それって、光ちゃんが生きてるってことだと思うの」

香奈は青いおはじきを手に取った。

「記憶の中で生き続けるって、きっとそういうことなんだよ。芽衣が忘れない限り、光ちゃんはずっと芽衣と一緒にいる」

芽衣の目に涙が滲んだ。それは悲しい涙ではなく、温かい涙だった。


「ありがとう、香奈」

「なんで?」

「光ちゃんのこと、理解してくれて」

香奈は笑った。

「だって、私にとっても光ちゃんは大切な存在だもん。芽衣の大切な思い出は、私の大切な思い出でもあるんだから」


夕方が近づき、二人は神社を後にした。石段を下りながら、芽衣は振り返った。

境内の木陰で、白い髪がちらりと揺れたような気がした。

『また来るね、光ちゃん』

心の中でそう呟くと、どこからか小さな声が聞こえたような気がした。

『うん。待ってる』


それから数年が過ぎた。

芽衣は大学を卒業し、出版社に就職した。香奈とは今も親しくしていて、時々一緒にあの神社を訪れる。

結婚した香奈が娘を連れてくることもあった。


三歳になる小さな女の子は、境内で無邪気に遊び回る。

「ママ、あそこに誰かいるよ」

ある日、女の子がそう言った。香奈と芽衣が振り返ると、社の影がゆらめいている。

「あら、誰もいないわよ?」

香奈が言うと、女の子は首をかしげた。

「白い服の子がいたの。笑ってた」

芽衣の胸が高鳴った。


「どんな子?」

「きれいな子。髪がふわふわしてた」

芽衣は微笑んだ。きっと光ちゃんは、今でもあそこにいるのだろう。新しい友達を待ちながら。

「今度、お土産持ってきてあげようか?」

芽衣が女の子に言うと、女の子は目を輝かせた。

「うん! 何がいい?」

「きれいな石とか、お菓子とか」

「わかった!」

女の子は嬉しそうに手を叩いた。


芽衣は香奈と顔を見合わせて笑った。きっとまた、新しい夏の物語が始まるのだろう。

光ちゃんと新しい友達の、特別な時間が。


神社を後にしながら、芽衣は心の中で光ちゃんに語りかけた。

『忘れないよ、光ちゃん。ずっと、ずっと』

蝉の声が、今日も夏を運んでくる。あの日と変わらず、永遠に。


――完――

私、こういう少し不思議な夏のお話が大好きです。

ちょっぴり寂しさがあるけれど、また会えるかもしれない――そんな希望を感じられる物語。


読みづらいところもあったかもしれません。

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 きれいなビー玉や飴玉、ガラス片など、キラキラしていながら他愛ないプレゼントを喜び、何気ない空の青に関心を向け、プレゼント以上に芽衣との出会い・触れ合いを大切にする、不思議だけど素敵な女の子・光ちゃん…
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