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兄でいて兄ではないもの

夏のホラー2025に参加してみました。R15です。

リハビリで数年ぶりに書くので短くなっています。

「かすみー、兄ちゃんこんな田舎耐えられるかなぁ」

ゲンナリした顔で兄が私をみる。

私は苦笑しながら、ノートに大丈夫だよ、と書いた。


亜麻色の兄の髪が風に靡いている。


都会よりは涼しいかもしれない。


私が喋られなくなったのは、ちょうどそう。

成績でクラス1位になり、陸上部では県大会で走り幅跳びの競技で1位になり、生徒会に選出された時のことであった。


心療内科に通ったところ、極度のストレスに晒されたから、とのことだった。


私の母はイギリス人の細菌学者で、兄の父は日本人の細菌学者だった。


イギリスと日本の行き来をする夫婦は再婚ながらも忙しく、とりあえず言葉がでない私とその世話係を任命された兄は父方の祖父母のもとへ来た。夏休みである。


田んぼを抜けると神社があり祭りの準備をしていた。


「へぇ、祭りあるんだぁ。週末かな。かすみの浴衣ある?ばぁちゃん」

兄は頭の後ろに手を組んで、祖母に語りかけた。


「あぁね。十年に一度の水神さまの祭りじゃ」

「え、毎年じゃねえの。少なくね?」

「生贄が必要だからな。その代わり水神様が通ったところの水瓶の水を飲むと、不老不死の効果があるんじゃよ」

「ふーん」

兄の興味の失い方の速さよ。

兄は見てて面白い。飽きない。

彼のゆるさが私の救いになっているのだ。


私は畦道にあるお地蔵様をみていた。

お地蔵様はどんな人でも救ってくれるという。

私は手をそっと合わせた。


祖父母の家につくと、大きな仏壇があり、線香の香りがした。

テーブルには、沢山の漬物と枝豆が並べられる。


静かだった。


兄は少し酸味のある白菜漬けをすごい勢いで食べている。すごく暇そうで申し訳ない。本来なら兄はサッカーの合宿にいっていたのだから。


祖父母は枝豆をとりに行ってしまった。


しばらくして帰ってきた祖母に兄は「ちゃんと浴衣用意してやれよ。青春大事!」と言っている。


兄が出来たのは2年前のことだった。

綺麗で優しい生き物だった。

サッカーを愛し、相手が嫌がることは言わない。すらっとした身体には筋肉が程よくついており、顔をまじまじと見れば、こんな綺麗な顔の日本人男性がいることに驚いた。


憧れにも似た好意があった。


「橙色のこの浴衣なら、貴方にもよう似合うよ」祖母から用意された浴衣を羽織ると丈は短いものの着るには問題がない気がした。


兄も腕を組み満足気だった。


あんなに私に浴衣を勧めた癖に、兄はTシャツとGパンでいくらしい。


祖父がしばらくして畑仕事から帰ってきてから夕食を食べた。発酵食品や野菜が多く身体に良さそうな夕食だった。


毎日が暇で、私はランニングがてら神社にいっていた。

綺麗な境内である。

急に尿意を感じ、社務所の隣のトイレに入る。

そこで、私は震えたのだ。


「生贄は確保してある」

と、白い髭が混じったおじいちゃん達が話していた。


こわくて、私は静かに走って逃げた。

生贄とは私だろうか。

祖父母の家に帰って兄に相談した。


「んー。かすみは祭りはいっちゃだめ」

過保護な兄に言われ、私は祖父母に体調不良を訴え、祭りの日はお留守番することになった。


好奇心旺盛な兄は行くらしい。


あ、お兄ちゃん財布忘れている。

そう思い、神社に向かう。

ランニングシャツ姿で。


その時だ。

畦道のお地蔵様の頭がとれていたのをみた。

するどい刃で裂いたような切れ目。


何がここを通ったんだろうと思った。


動けず立ち尽くしていると、聞き慣れた声の人が私の方に腕をのせてきた。


「今日は駄目な日だ。今日だけは来ては駄目な日だった」

そういって兄は私の手を繋ぐ。


兄の亜麻色の髪も白いTシャツも水だらけだった。

まるで水鉄砲遊びしたみたいに。


兄は山道を走る。

何故、山に登っているか分からなかったが。


後ろから何かがついてくるのが分かった。

水で破裂しそうな人間のような生き物。

化け物だった。


激しい山道を登ると、息が苦しくなる。


「小屋だ。ここで少し休もう」と兄はいった。古びたでもしっかりした山小屋だった。


「かすみ、大丈夫か?」

心臓はドキドキしたが、兄といれるのが嬉しい。


丁寧に服の水を絞る兄をみる。


あ、そうだ。

私は、私は。

兄が家に女の子を呼んでいて、そこからーー。


「すき」

久々に出た言葉はそれだった。


兄は嬉しそうな困ったような驚いた表情をしてる。


「いつから?」

いつからかは分からなかった。きっと。

「出会った時から」


「早くいってよー」兄は亜麻色に濡れた髪をかきあげながら、私を見つめる。


金色の瞳だった。

こんな色かなぁと思いながら、自分が服を脱いでいるのに気づいた。


好きな人に抱かれるのだ。


痛くは無かった。

生殖はこんなもんかなという気持ちと、交わる喜びに満ち溢れた。お腹の中が温かい。


夜があけて朝になると、兄は隣にいなくて、そこには寒天で固めたような半透明な人がたがあった。


私は何を思ったのか、それを空のびんに一塊を入れ持ち帰った。祖父母が家におらず、電話すると父がきてくれた。


それからのこと。

兄の記憶は私にだけしかなく、存在自体ないことにされていた。

また、胸がじんじんし、生理が来なかった私はどうやら妊娠しているらしいこと。

持ち帰った一塊を、母に研究してもらったところ、人食いアメーバの巣窟であったこと。


頭がぐちゃぐちゃだった。

兄は存在しない。

お腹は胎動がある。


私の愛したものはどこにいったのだろう。

私を助けてくれたのは兄でいて、兄でないものだったのであろうか。

じゃあ、このお腹の存在は。




お読みくださりありがとうございました。

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