第五話「あした、学校で。」
帰り道のバスの中、天土は静かに目を閉じた。
窓の外では、赤く染まった夕陽がゆっくりと地平線へ沈んでいく。今日一日を思い返すと、まるで夢のようだった。
――まさか自分が、こんなにゲームにのめり込むなんて。
「面白かったな…。」
小さく呟きながら、天土は指先をそっと見つめる。爪の先にかすかに痛みが残っているが、それすらも心地よかった。
集中しすぎて体全体が疲れ切っているのが分かる。でも――この疲労感が嬉しい。
…2年前のあの日から、天土の時間は止まっていた。
怪我でバスケを失って…。
それまでバスケに注いだ努力や時間がすべて無駄になってしまったと思っていた。それ以来、何をやっても楽しいとは感じられなかった。
しかし、今日――。
「無駄じゃなかったんだ…。」
式守が褒めてくれたあの瞬間。バスケで培った技術や感覚が、違う形で活かされていると気づけた。過去の自分を、今の自分が認めてくれた気がしたのだ。
「式守くん、ありがとう。」
バスの揺れに合わせて、天土はふっと息を吐く。心が軽い。
――次は、もっと上手くなって式守を驚かせたい。
そんな思いを胸に、天土を乗せたバスは静かに街の中を進んでいった。
ーーーー
一方、天土を見送った式守は、バス停からの帰り道を歩きながら、少しぼんやりとしていた。
「すごい一日だったな…。」
自分の部屋に女子をあげるなんて、ましてやほぼ初対面の相手と一日中格ゲーをするなんて――想像すらしていなかった。
(本当に上手かったな、天土さん…。)
素直に感心していた。操作はまだぎこちないものの、天土の動きは決して初心者のそれではなかった。相手との距離を適切に測り、隙を突く冷静さと直感的な判断力。
「ゲーム以外の経験が、ゲームに役立つなんて…。」
式守にとって、それは新鮮な驚きだった。
自分はただゲームをやり続けて上達することしか考えてこなかった。
しかし、天土は違う。
彼女はバスケで培った経験を(おそらく無意識に)ゲームに応用していた。
「才能…だけじゃないんだろうな。」
努力に慣れている人間だからこそ、短時間でここまで成長できたのだろう。
――また彼女のプレイを見たい。もっと高度なテクニックを教えたい。
そんな気持ちが自然と湧き上がる。今まで他人に興味を持ったことがなかった式守にとって、それは新しい感情だった。
考えながら家の前までたどり着いたとき、ポケットの中のスマホが震えた。
画面を確認すると、天土からのメッセージだった。
ある:「今日はありがとう!明日、学校でね!」
「学校…?学校って…そういえば昨日のバスで…。」
式守は一瞬固まり、ようやく思い出した。
――天土って、同じクラスの子だった。
「…あした、学校で…。」
天土のメッセージを小さく繰り返す。
これまでクラスメイトの名前や顔なんて気にしたことがなかった式守にとって、クラスに知り合いがいる状態は、嬉しいような、照れ臭いような、なんとも言えない不思議な感覚…。
「まあ…いいか。」
なるようになる。
考えるには、今日の式守の頭は疲れすぎていた。
しゅう:「はい。また明日。」
送信ボタンを押すと、思いがけず心が軽くなるのを感じた。
――明日はどんな日になるのだろうか。
そう思いながら、式守はそっとスマホをポケットにしまった。
思いがけずワクワクしている自分に驚く。
一直線に部屋に入りPCを起動する…。
体は疲れていたが式守のモチベーションは高まっていた…。
CC2日目も熱かったですね!