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かくげーぶ!  作者: 直春
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プロローグ





式守執しきもりしゅうは焦っていた。


バイトの繁忙期で残業。珍しく帰りが遅くなっていた。店を出たのは夜の7時。自宅でゆっくりと観戦する予定だった「ファイターズ・ユナイト」世界大会――そのグランドファイナルが、もう間もなく始まる。


バイトを無理矢理抜け出し、全力疾走でなんとかバス停に着いた式守は息を切らせながらスマホを取り出し、配信を付ける。

スマホ画面には試合前の熱気漂うステージが映し出されている。


「…間に合った。よし…。」


まだグランドファイナルは始まっておらず、式守はほっと胸を撫で下ろす。

優勝者は誰なのか…対戦が進むにつれて会場のボルテージは高まってゆく。

式守はバスを待つ人々の目線に気付かず、配信に見入っていた。


一方、同じ時間帯、天土亜留あまとあるはジムでリハビリを兼ねたトレーニングを終え、疲れた体を引きずるようにしてバスに乗り込んだ。空いている席を見つけて腰を下ろし、ようやく一息つく。


(はあ、疲れた…。)


ふと、どこからか小さな声が聞こえてきた。


(なんか聞こえる……?なんだろう)


天土は隣の席に目を向けた。そこには、黒いパーカーを羽織った猫背の少年がいた。彼はスマホを凝視しており、画面には見慣れないゲームの画面が映し出されていた。


スマホからは熱気を帯びた実況者の声がかすかに聴こえる。

「…さあついにBGS(Battle Ground Sydney )グランドファイナル!この勝負を制し『revolt cup』の出場権を手にするのは一体どちらのプレイヤーなのか!破竹の勢いで勝ち抜いたウィナーズ側タタラ選手!優勝カップを日本に持ち帰ることができるのか?!…始まります!1P側『タタラ』レオン!2P側『ハボック』ライアン!いってみましょー!!…」


(この人音漏れしてるんだ……。あれ?なんか見覚えある…。もしかして同じクラスの…式守くん?だったかな?いつも寝てる男の子だ。なに見てるんだろう…。)


天土はその真剣な表情に引き込まれ、つい式守のスマホ画面を覗き込んでしまう。


画面の中では、2人のプレイヤーが激しい攻防を繰り広げていた。実況の熱のこもった声とともに、式守の表情にも熱がこもる。


「よし!いい……対応できてる…。」


式守の小さなつぶやきを聞いた天土は、目を輝かせた。


(学校ではいつも眠たそうな顔してるのに……こんな真剣な顔をするんだ。)


試合は一進一退の攻防を続け、ついに決着の瞬間が訪れる。日本人プレイヤー、タタラが逆転勝利を収めた。


「よっしゃー!」


「やったー!」


式守と天土の声が重なった。その瞬間、式守は隣に人がいることに気づき、驚いて顔を向けた。


「え?」


「勝った!すごいすごい!」


天土が興奮して話しかけると、式守は真っ赤になり、慌ててスマホをポケットに突っ込んだ。そして、急いで降車ボタンを押す…。ちょうど停車中のバス停に慌ただしく飛び降りた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!式守くん!」


天土は慌てて式守を追いかけ、バスを降りてすぐに追いついた。


「びっくりした……急に降りないでよ……式守くんでしょ?わたし天土亜留。わたしのこと知らない?同じクラスなんだけど……」


式守は天土を振り向こうともせず、顔を伏せたまま答えた。


「す、すいません。知りません!て、手を離してもらえませんか……!」


しかし天土は掴んだ上着を離さない。


「いや、離さない……!わたしの話を聞いてくれなきゃ離さない!」


根負けした式守は、渋々天土の話を聞くことにした。バス停のベンチに二人で腰掛ける。


「あの……話ってなんですか……?」


天土は興奮した様子で式守を問い詰めた。


「ねえ、バスで観てたのなに?ゲーム?あのゲームのこと教えてよ!」


「いや、な、なんですか急に…。興味…ないですよね…?早く帰りたいので…離してください…。」


天土は今見たばかりのゲームに心を掴まれていた。

自分自身でも、何故こんなにも惹きつけられるのか全くわからなかった。

格闘ゲームどころか、ゲーム自体ほとんど触れたことがなかったのに…。

何故だか居ても立っても居られない。

もっとこのゲームのことを知りたい!

天土は興奮気味に捲し立てる。


「興味ある!今観て興味持ったの!教えてよ!どうせバス来るまで帰れないんだしさ!」


式守はため息をつき、観念したように答えた。


「……『ファイターズ・ユナイト』」


「え?」


「『ファイターズ・ユナイト』っていう格闘ゲームです…。今流行ってて…その大会を観てたんです。」


「格闘ゲーム?あー『格ゲー』ってやつ?クラスで話してる子いたかも。最近Vtuberとかストリーマーの人がやってるやつでしょ?へー、あれが格ゲーかあ。ふむふむ…。」


「後は自分で調べてください…。もういいですよね…?バスそろそろ来るんで…は、離してください。」


「もうちょっと!あ、あのさ…いきなりこんなこと言うのめちゃくちゃ急だし、意味不明だと思うんだけど…。」

天土は大きな深呼吸をして、式守の正面に立つ。

(このチャンスを逃しちゃダメだ!変なヤツだって思われるかもしれない…気持ち悪がられるかも…。でも、今言わなきゃ!)


「な、なんですか…?」急に改まった天土の態度に戸惑う式守。

それに構わず天土は意を決して言う。


「わ、わたしに格ゲー教えてください!お願いします!」


「…はあ?」


式守は驚きつつも、天土の勢いに圧倒される。こうして、偶然の出会いから始まる二人の物語が、静かに動き始めた。

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