いつも聴いていたい
「君の全てを守ってみせる!」
ああ、もうメロメロです。
ソファーの上で、抱き枕をぎゅっと抱え込み、彼に魅入る。
「あいつらは美奈を探しているんだろ? だったら、俺と一緒に逃げよう」
テレビの画面を一心不乱に見つめる私に、後ろで彼がため息をはいた。彼は今現在、私のためにホットケーキを焼いてくれている最中だ。ありがたいことに。とはいえ、ヘッドホンをし、大音量でテレビの音を聞いている私には、彼の発する音は聞こえない。
なんとなく、雰囲気で分かる。
彼の家には、大きな液晶テレビがある。無駄に金持ちでうらやましいと以前言ったら、「お前だって金持ちだろ」と返されたっけ。
いや、そんなことより、続き続き。
「和久くん……」
「逃げよう、美奈」
「う、うん……」
今回のヒロインはなかなか可愛いなあ。恥じらいの表情もなかなかうまいし。
「どこか、隠れられるところはっ!?」
しかし、本当にかっこいい。
この番組、この回だけでも20回以上は見ている。この後、一番良いシーンなんだよね。
しかし、どうやら彼はもうそろそろ飽きてしまったようだ。テレビの画面がいきなり黒に変わる。リモコンを持った彼が、後ろで仁王立ちをしていた。
「こら、そろそろ止めろ」
「あうっ!」
「あのな、ミセイ。それは彼氏の家ですることなのか? だいたい、有名人とはいえ、他の男に目を奪われているのを見て、俺が楽しいと思うか?」
「目を奪われてないもん」
失礼な、という顔をしたら、非常に嫌そうな顔をされた。
でも、生まれてから今まで、まさちゃん以外に目を奪われたことなんて無いもん。
「……ミセイ」
どうやら、めちゃくちゃ怒らせてしまったらしい。
「嘘つくんじゃねえよ! じゃあ、一体なんなんだよ!?なんで、こんな番組を何十回も見て、俺をほったらかしにするんだよ!?」
やっぱり、ホットケーキを作らせちゃったのがまずかったのか。
でも、まさちゃんの作るホットケーキは美味しいんだもん。他の料理は、まあ……うん……だけど。
「声を聞いてるんだよ! この番組に出てる人たち、すっごい素敵な声なの!!」
「はあ?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私、人の声がめちゃくちゃ好きなんだって」
「……聞いてない」
「この主演の人、顔はいいけど性格悪いって聞くし、別に目を奪われるなんてことないもん。ただ、ずっと聞いていたい声だとは思うけど」
「……」
やっぱり、まだ納得できていないらしい。
でも、エプロン姿で凄まれても、実はあんまり怖くないんだよね。
「この後の、『一生をかけて美奈を守り続けるから。だから、僕と結婚してくれませんか?』っていう台詞がね! もうめっちゃ素敵なの!!」
呆れているのか、理解できていないのか、彼は呆然と私の言葉を聞いていた。
結構、友達の間でも有名な話だったんだけどな。まさちゃんが知らないなんて、意外だった。
「……ちょっと、こい」
「え? あ、うん」
ホットケーキ、焦げないかな?
もっとも、そんな事言える雰囲気では無かったんだけど。
彼はそのままパソコンの前においてある椅子に座り、電源を入れた。
「パソコン付けて、どうするの?」
「ミセイ、マイク、取って」
少し高い位置にあるマイクを、背を伸ばして手に取る。そして、彼に渡すと、パソコンのデスクトップ画面が開いていた。
彼は無言のまま、マイクをパソコンに繋げる。
首をかしげながら、彼のすることを見続けていると
彼は、あるソフトを起動し、マイクに向かってしゃべり始めた。
「俺は一生をかけてお前のことを愛してやる。だから、俺の傍に一生いてくれないか。好き……だ」
キーボードをのキーを押すと、「録音、終了しました」の文字画面に出てきた。
「えっと……」
「何度も声を聴きたいんだったら、これを聴けよ」
それが言い終わると、彼は私の方を見ることなく、そのまま立ち上がって、キッチンに向かった。
……ちょっとぉ!!
こ、こんな……。
こんなの、何度も聴けないよ!
「しかも、まさちゃん、耳まで赤かったし」
すごい勢いで顔が赤くなっていくのを感じる。
いまさらながら、ヤキモチ妬いてくれたのが、嬉しくなる。
「まさちゃん!!」
エプロン姿のまさちゃんに後ろから抱きつき、耳元で自分にできる精一杯の可愛いコエをだした。
「私も、大好きだよ」
どうやら、その一言で、ホットケーキは焦げる羽目になってしまったらしい。