第一章 【慟哭の空】 八
戦闘って難しい。
今回はなんだか微妙です。
だいぶグロ配合。
感想とか、待ってます。
怖い。
ただ純粋にそう思った。
生物としての本能。目を合わせたら死んでしまう。殺されてしまう。そう思わせる程の重圧。ただ一つ救いなのは、その矛先がこちらへと向いていないこと。それだけにシラフィはほんの少しだけ安堵した。
「本当に……君は何者なんだい……?」
シラフィは見てしまった。
刀哉から立ち上るあの黒い光。矛盾しているようだが、あれはまさしく黒い『光』だった。揺らぎ、弱々しさを感じさせるのに、圧倒的な威圧感を出す、力の奔流。
あれはーー魔力。
しかし、おかしい。シラフィが刀哉の精神を覗いた時にあったのは、間違いなく超能力の片鱗。自分と同じ魔族だと思った。魔族と言うのは魔力がなく、超能力を持っている人間の事を指す。故に、刀哉に魔力があるのはおかしい。
それに、魔力が視覚化して溢れ出るなんてまず有り得ない。余程高密度の魔力でなければ。
だから、化け物だーーそう思ってしまった。
「化け物、か……そう呼ばれる悲しさは、私たちが誰よりも知っているのに、ね……」
自分を嘲笑う。
シラフィは沈んだ心持ちのまま、シェルターへと向かった。
「死ね……死ねっ……死ねぇぇぇっ!」
逃げる者にも容赦なく刀を振るう。体から立ち上る黒い光が、刀にも絡みつく。
一度に襲ってきた兵士のおよそ半分ーー十人程を僅かな時間で切り裂いた。
「一度に来いよ……瞬殺してやる」
ザカの国の兵士は好戦的だ。要は頭に血が上りやすい。
仲間を瞬く間に殺されて、少しだけ恐怖が芽生えたが、刀哉の挑発によって再び闘争心を煽られた。
血にまみれた楓を右手だけで持って、左手を横に伸ばす。
それだけで黒い光ーー魔力の奔流は腕に絡みついて、蔦が伸びるように絡まってーー刀の形になった。
楓より僅かに短い、黒い刀。
それを楓とともに刃を前へ突き出す。
「ーー“協奏曲・蓮華”」
ひゅるん、と緩やかな風の音。ザカ兵の首が飛んだ。
ごろりと首が落ちて、頭を失った首が血飛沫を上げる。手が、血を止めようと傷口を押さえようと動くが、すぐに力を失って崩れ落ちた。
「“協奏曲・蓮華・一輪裂”」
ぼそりと呟く。そしてすぐ次の動作に入る。
流れるような動き。足音が立たない、不自然な摺り足。
そしてまたも緩やかな風の音。
刀哉を 囲むようにして立っていたザカ兵の二人の首が落ちた。
ごとっと重たげな音の次に、倒れる体。ザカの兵は何が起こったかも認識できずに、ただ呆然。数瞬後にはっとして、剣を振りかざして襲いかかる。
「“協奏曲・蓮華・二輪裂”に続きーー“協奏曲・蓮華・三輪裂”」
振り下ろされる剣さえも切り裂いて、三人の首が落ちる。しかし一度振られた剣は止まらない。それを無視して更に襲いかかる四つの剣。
「次いで“協奏曲・蓮華・四輪裂”」
刀哉の体が廻る。降りかかってくる四つの剣をいとも容易く切り裂いて、四人の首を落とす。
刀哉の周りに作られた人の山。血溜まりは既に、川となって流れていくだけ。
「ばっ……化け物がぁぁぁぁぁっ!」
ザカ兵の残った二人の内一人が自棄になって切りかかってくる。
「“協奏曲・蓮華・終曲・一輪裂大輪”」
ザカの兵士とすれ違うようにして駆け抜ける。
「え……」
ザカの兵は止まる。否、止まらされた。そして、つー、と目から、鼻から、耳から、口から血を流しすべての動きが止まる。
足が支える力を失ったように、がくがくと震え、立てなくなりそうになる。
それは、数瞬してーー弾けた。
残り、一人。
「最後、テメェだけだ……来いよォ。他の雑魚よりは楽しませてくれるんだろォ?」
「……」
奥に控えた、今までの兵士とはどこか違う、威圧感を漂わせている兵士を挑発する。
「貴様、何者だ」
「あァ? さァな? ただ一つーーオマエラ全員殺す。それだけだァ」
左手の黒刀を魔力に戻し、楓を両手で構える。
揺らぐ魔力は腕を伝い、刃に絡み、妖しい光を放つ。
「貴様は脅威だ。この場で殺す」
腰からすらりと抜かれたロングソード。ただの雑魚の持つ得物とは格が違う業物だ。
「おォ、やってみろ。デケェ口叩いたの一瞬で後悔させてやるよォ」
黒い魔力を纏う楓を下段に構えて待つ。
「いざーー」
走る。どちらともなく。
「ーー参る」
楓がザカ兵の剣と打ち付けられる。振るう度に鋼と鋼のぶつかる音が響く。
実力は同じだろうか?
否、刀哉が上回っている。
刀を振るえば、絡み付いた魔力が相手の剣を傷付ける。
少し動けば、すぐに背後を取れてしまう。
そもそも、根本的な技術の差で刀哉が上位に立っていた。
「つまらねェな……せめて苦しんで死ね」
背後に立ち、足払いをかけて転ばせる。瞬く間にマウントポジションを取った。
ひゅるりと左手に魔力を集め、四本短刀を造り出し、それをーー四肢に刺す。
「ぐあぁっ!」
ザカの兵の顔が苦悶に歪む。
「どォだ? 殺される側の恐怖、味わってるかよ?」
「殺すなら……とっとと、殺せ……」
ぐりっ
「がぁっ!」
男の体が跳ねる。
刀哉が左足に刺さった魔力の短刀を捻ったからだ。
「それがなァ……聞きたい事があるんだよォ」
「誰が、喋るか……」
「いーい覚悟だなァ。……左手、貰うぜェ」
左腕に刺さった魔力の短刀を魔力に戻す。そのままそれを自分の中には戻さずにーー男の腕へと浸透させる。
血管と同調。毛細血管まで完璧に。
起爆。
「あっ……ぎゃあぁぁぁぁあぁっ!」
びちゃびちゃと流れ出す血。
男のは痛みに悶え、戒めから逃れようと体を揺さぶるが、地面と縫いつけられた体は動こうとしない。
生暖かい血。段々温度が下がっていく体。自分の血に浸りながら、死が隣にあることを認識する。
「まだ死なせねェぞ」
魔力を男の肩の辺りに集め、魔力で傷口を焼く。
「ッ……あ゛っ……」
じゅう、と肉が焼け、辺りに人肉の焼ける嫌な臭いが立ち上る。
傷口はぶすぶすと音を鳴らし、焦げ、血は焦げた隙間から少量漏れ出るだけになっている。これで止血という目的は果たされた。
「本隊はどの位置にいる?」
刀哉はなお、ザカ兵に問う。
質問に答えなければどうなるかーーそれを言葉の裏に滲ませながら。
「誰が言うかっ……」
「へェ……根性あるなァ」
またも拒否。刀哉はそれに顔を歪ませて、次の行動に移った。
右腕の短刀を魔力に戻し、血管や細胞の隙間へと流す。
さっき左腕を吹き飛ばした時と同じようにーー親指を吹き飛ばした。
「ぐぅっ……こんな事をしても、俺は、口を割らんぞ……」
「そーかよォ……じゃ、専門家に任せるとするかァ。……なァ? シラフィ」
刀哉の後ろに立つ影。赤い瞳を輝かせた、忌み嫌われし魔族ーー。
「あぁ。すぐ終わる。……さぁザカの兵よ。『教えてくれ』」
目を合わせて命令する。
それだけで彼の意識とは無関係に口が勝手に動き出す。人の意志を掌握して思い通りにする。
「あ……う……ここ、から、……遠、い。国境、付近、で、待、機。2日、連絡が、なけれ、ば、こちらに、向かって、くる……」
ザカ兵の目は焦点を失い、口からは涎を垂らしながら、途切れ途切れに喋る。
「これで全部だ」
シラフィはすっと目をそらし、刀哉に向き直る。
「……そォか。シラフィ。……離れてろ」
シラフィは刀哉に言われて、ザカ兵から少し離れる。
「死ね」
左手を、くっと握る。
ザカ兵の体は弾けた。
「これで、終わりだね」
「あァ……虚しいな……」
楓を振って、纏わりついた血を落とす。
数十人を切った刀が、途端に重く感じた。
楓を納めるために鞘を探す。少し歩いたところにそれはあった。救えなかった命と共に。
「アレックスさん……」
もう永遠に口を開くことはない彼に呼び掛ける。
「結局、救えなかったな……クソ……」
「君のせいじゃない。むしろ、これだけの被害に抑えられただけでも良かったと思うべきだ」
ぎり、と刀を強く握る。
「救えなかったんだよ……それに変わりはねェ……あんなとこで俺が油断しなけりゃァ……」
震える。
過ぎたことだとは分かっていても、それで済ませられない事だってある。
「……エリーに何て言えばいいんだよォ……」
刀哉らしくない、沈んだ声。
シラフィには、彼にかける言葉を見つけることは出来なかった。
だから、責めて。
この場から離れようとした。
「戻ろう。……まだ夜は明けない」
「あァ……」
楓を鞘に納め、アレックスの体を背負う。
自分を庇って斬られた、彼をこんな場所に置いておきたくなかったから。
◇◇◇
彼女は泣いた。
何故救ってくれなかったのかと。泣いて、糾弾して、罵倒した。
リタは何も言わず、ただ涙を流した。
力が足りない。
守るための力が。
力があれば、誰も悲しませずにすべてを終わらせることが出来る。
そう思った。
刀哉は、決めた。