第一章 【慟哭の空】 五
矛盾を発見しましたので
修正して再投稿しました。
「……さて、始めるかァ」
エリーが起きないようにこっそりベッドを抜け出す。幸い今日は抱き枕にされてなかったので比較的簡単に抜け出せた。
ベッドのすぐ近くに立て掛けてあった刀を手に取り、忍び足で部屋を出る。
「んむ……」
「ッ! ……ンだよ、寝言かァ?」
エリーが起きてないのを再確認して部屋を出た。
「まだ少しさみぃなァ」
刀哉は昨日来たあの空き地(?)に来ていた。この世界ではいつも以上に力が出せるとはいえ、何が起こるか分からない。ある程度は鍛えておかないと死ぬことになる可能性だってあるのだ。
「さぁて……始めるかァ」
左手に持っている刀ーー楓を抜いて、鞘を放り投げる。
まずは中段に構えて集中。
目をゆっくり開いて、仮想の敵をイメージする。
腕を捻り、刃を上に向ける。
「はァッ! せいッ!」
左、右、上、下ーーあらゆる方向に白刃が軌跡を残す。
刀哉以外には誰もいない空間に、空気を斬る音と刀哉の声が響く。
「……あと5日、かァ」
少しだけ、寂しくなった。
(自分でも気付かねェ内に、居心地良く感じてたッてことかよ)
雑念が混ざって少し剣筋が乱れた。刀哉はそれに気付いて、また集中する。
「……今日はこんなモンにしとくかァ」
刀を振るのを止めて、鞘を取りに行く。黒く塗られた鞘に、刀をしまう。
刀を左手に持って、森を出た。
「あ、おはようございます。今日はお早いですね」
「あァ、ちょっと体を動かしに行ってきたンですよ。どうも最近鈍ってる気がしてね」
「そうなんですか? では汗もかいているでしょう? お風呂に入りますか?」
「あァ、いやいや、そこまでしてもらわなくても大丈夫ッす。思ったより汗はかかなかったし、どうせ夜になるまでに汗かきますから」
居候の穀潰しの立場でそこまでお世話になるわけにはいかないと思い辞退する。
少しくらいはお金を渡した方がいいのだろうか。いや、しかしこの村ではお金が殆ど使われていない。ということはそこそこ大きい所に行かなければお金は意味を持たない。
刀哉はお世話に泣っている代わりにお金を渡すという案をボツにした。
「そうですか? それなら良いのですけれど……あ、ではご飯にしますか?」
それならばありがたいと、その提案に乗る。
「ンじゃあ、お願いします。何か手伝うこと、ありますかァ?」
「いえ、大丈夫ですよ。少しの間待っていてください」
「あー、じゃァエリー起こしてきます」
「ふふ、ありがとうございます。ではお願いしますね」
「承りしましたァ」
階段を上がって部屋の扉を開けた。エリーはまだ寝ているようだ。
(まァ、寝る子は育つッてよく聞くしなァ。……それともただ単に朝が弱いだけかァ?)
もう忍び足をする必要が無いので、足音を気にせずベッドに近付く。これで起きれば良し、起きなければ、アレをやればいいだけだ。
「まァ、当然のごとく起きねェよなァ……仕方ねェ、やるか。……ふー」
「ふにゃぁっ!?」
「よォし、起きたな。朝ご飯だから行くぞ?」
「はれ……? トーヤさん? ……ってもう朝ですかぁ!?」
「敬語」
「あ……ごめん。忘れてたよぉ」
頬を赤らめてエリーが笑う。
可愛いと、すこし思ってしまった。
「ッたく、ホラ、下行くぞォ」
「ま、待ってよぅ」
慌てて付いて来るエリーを横目に見ながら、階段を降りていった。
「ンじゃ、仕事いってきます」
朝食を済ませて刀を手に取る。
「はい。お気をつけて」
「お昼になったらまた呼びに行くね!」
「あァ、頼む」
「トーヤ君、ちょっといいかな?」
「アレックスさん? あァ、じゃ外出ますか」
アレックスが纏う雰囲気に真剣なものを感じ取って、外に出るよう提案する。アレックスはすぐそれを了承して、二人で外に出た。
「て、どうしたんすかァ? なにかマジメな話なンでしょう?」
「君が聡い人間で助かるよ……昨日、深夜に村長から報告があった。どうやら敵国の一団がこちらに向かってきているらしいんだ。この村は国境に一番近い。狙われるには十分な理由だろう。敵の数は少ないから、おそらく先遣隊だろう。この村はここままでは滅びる。持ってあと4日……」
「この村には戦える人間は?」
「実際に戦ったことがある人間など1人もいない。だから君は、先に逃げーー」
「なァるほどォ。じゃあ俺が守ります。一週間も泊めてもらうんだァ、このくらいしないとねェ?」
アレックスの話を遮って刀哉が口にした言葉ーーそれは、力を振るうという宣言。
「ば、バカな! 少ないとはいえ百人近くもいる兵士をどうやって! 私達もすぐ逃げる。君は早くこの村を出てーー」
「アレックスさん、ソイツは嘘だァ。4日ある。ならみんなで一緒に逃げてもおかしくない。途中で分散するならまだしも、時間差で逃げるなンて、囮になるって言ってるようなモンだよなァ」
そう、アレックスは嘘を吐いている。言葉の端々から綻びが見つかる。
「それにこの村には馬もねェ。百キロ離れた街まで徒歩かァ? 食料は? 水は? 魔物がいるのに何の装備もなく野営? ーーアンタ、死ぬ気だろォ?」
「……あぁ。せめて私達が囮になっていれば村の殆どは助かる……エリーやリタだって死ぬことはないんだ……だから、トーヤ君には逃げ出す村人の護衛をしてもらいたかった……」
アレックスは俯いて事実を話した。しかし、その考えを刀哉は良しとしない。
「俺が、守ってやるよォ。あァ、もちろん協力はしてもらうけどなァ」
「しかし……どうやって……」
「任せろォ。俺ァちょっと村長サンとこ行ってくるからよ」
答えを待たずに村長の家に向かう。現実を知った今、一分一秒が惜しい。
「村長ォ! 出て来い!」
いつもより強く、激しくドアを叩く。これなら寝ていても間違いなく起きる。
「朝からうるさいね……どうしたんだい?」
「しらばっくれんな! ネタ上がってンだよ! テメェ戦わずに村人見殺しにする気かッ!」
「逃がす、と言ったはずだがね……」
「逃がすだァ? 途中で追いつかれるか、野垂れ死ぬかのどっちかだろォが!」
「へぇ……じゃあ君には他にいい案があるのかい?」
刀哉の剣幕に全く怖じ気づくことなく、ただ淡々と質問を返してくる。
「先遣隊ごとき、潰しゃァいいだろォが」
「その間に本隊が来たら?」
「来る前に救援を要請すりゃいいだろ。時間は有るんだ」
「……ふ、いいだろう。トーヤ君。君の案に乗るよ。かつて【誘惑支配者】と呼ばれた私の能力彼らに味わって貰おう」
「そんじゃァ、出始めに村人を全て集めてこの事バラせ。事前に知って置いた方が動揺は少ないだろォ?」
「ふふ……はははは! 君は一体何者だい?」
「俺かァ? 俺ァただの人間だよ。心に欠陥を抱えた、なァ」
◇◇◇
暫くして、村長の家の前に村人全員が集まった。今この村に迫っている危機を村長に打ち明けられ、村人は動揺している。
無理もない。村長から告げられた言葉は、いわば死を示すものだから。死にたくない者は逃げることを。起死回生を願い戦うことを願い者にはともに戦おうという意志を。
「はは、見事に動揺しているね。これでは戦う以前の問題ではないかな?」
「だったら奮い立たせりゃいいだろォ」
刀哉が村長を後ろに下がらせて前にでる。そしてありったけの声を出して叫ぶ。
「聞けェ! お前らは逃げたきゃ逃げろ! 全部俺が殺る! 俺ァ逃げねェ! この村には世話ンなったからなァ! 俺と共に戦う意志がある奴ァ来い! これだけはテメェらに言っとくけどよォ! 逃げても追い付かれて殺される! ここにいても何もしなけりゃ死ぬ! どっちか選べェッ!!」
しん、と静まる。
「……へぇ……凄いね。君は人身掌握の術でも心得ているのかな?」
「ンなモン知らねェよ。つーかよ、シラフィ、テメェがチカラ使えば一発なんじゃねェの?」
「私の力は仲間を傷付ける為に非ず。私に敵対する者を徹底的に苦しめるために存在するんだ。故に、私に楯突いた敵はーー生きながらにして地獄を見る」
「おォ怖。そォいや、攻めてきたのはどこだァ? 説明求む」
「そうだね……国から説明しようか」
この世界は三つの島の中にある六つの国家で形成されている。一つはどこの国にも与することなく、どこの国にも争いを仕掛けない完全中立国家、東の海に浮かぶワコウ。
二つ目は圧倒的な技術を持ちながら人々に嫌悪され閉鎖的になった、西の海に浮かぶ魔族の国、シン。
そして一つの広い島に四つの国。
東のルノー。
西のザカ。
南のジュレル。
北のフェルディ。
私たちの住む国はジュレル。そして今回攻めてきたのはザカだろう。あの国は比較的好戦的てあるからね。
好戦的ということは兵士も強い。今回の戦いは苦戦を強いられることになるね。
「はッ……なァシラフィ、一騎当千ッて言葉知ってっかァ?」
「む? なんだいそれは」
「一人で千人を葬ることが出来る人間のこと。もしくは一人で千人の力をもった人間のことだァ。自惚れる訳じゃねェが、俺ァそんだけの戦闘技術を持ってるつもりだァ」
ちゃきりと左手の刀が音を立てた。
「それは心強い。となると私とトーヤ君が組めば無敵、といったところかな?」
「ハハハ! 期待してるぜェ」
戦闘開始まで、あと4日ーー
「さァ、どンくらい集まるかなァ?」