第一章 【慟哭の空】 四
話がこっちの方が書きやすい…
ルークスが進まない…
何故?
「お仕事、どうですか?」
「まァ、今のところ何もありませんねェ。リタさん、も何かあったら言ってください」
昼食を食べ終わって、お茶を飲みながら一息つく。
「私からは特には何もないですね。あ、そうそう、いつもでしたらそろそろ魔物が来てもおかしくないですから、気をつけてくださいね」
「そろそろッすかァ。たしか来るのは日暮れあたりでしたッけ?」
オジサンが言っていた言葉を思い出して言う。やはり魔物というのはイメージ通り闇に生きる種族らしい。
「そうですねぇ。それでめ稀に昼間来る魔物もいますからね。見回り、お願いします」
「あァ、わかりました。……ンじゃあ、そろそろ行ってきます」
「はい。それではまたエリーを迎えに行かせますね」
「あ、いえ、大丈夫ッす。仕事終わったらそのままここ来ますから」
「そうですか? わかりました。気をつけてください」
「お仕事頑張ってくださいね!」
「あァ、行ってくるわ」
家のドアを開けると眩しい光が刀哉を照らした。それを手で遮りながら村の入り口に向かって歩く。村の入り口の近くには井戸に水を汲みに来た人たちがいる。
「あー、スイマセン、この辺に人が来なくて少し広い場所ってないッすかァ?」
「広い場所かい? それならあっちだねぇ。村からでちゃうから少し危ないけど大丈夫かい?」
答えてくれたのは気が強そうな、オバサン。こういうタイプは必ず恰幅がいい人というのが相場だと思っていたのだが……
(どうやら例外がいるみてェだなァ。まァ、この村の質素な食事が太るのを抑えてるンだろうな)
「あ、アンタもしかして用心棒さんかい? あっはっは! よろしく頼むよ!」
バシバシと刀哉の背中を叩く。テンションが高い。そして痛い。
「あァ、はい……じゃ、俺ァ行きます」
言うや否や、言われた通り村の外に向かって歩き出す。後ろの方では未だにオバサンの笑い声が聞こえる。
「……ノリが分からねェよ」
しばらく歩くと、開けた場所に出た。ここがオバサンの言っていた所だろうか。
「ここなら……邪魔されねェな」
腰に差していた刀に手を掛ける。
そのまま、抜刀。
鋼鉄の刃と鞘が擦れて鋭い音が辺り一面に響く。
流れの動きで刀を返し、手首をクロスさせた上段の構え。そこから大きく袈裟斬り、返す刀で逆袈裟斬り。半歩下がって中段に構える。
「……マトモに刀振ったのは久々だなァ。最近は鉄パイプやらなんやらで片手でしか使ってなかったからなァ……」
ひゅっ、ひゅっと風を斬る音が断続的に響く。過去の記憶を呼び覚ます為に基本的な動きだけを繰り返していたのだが、思いの外体が覚えている。それにーー体が付いてくる。いや、それ以上だ。
「ちゃんとした稽古してなかったからとっくに衰えたと思ってたんだがなァ……これなら、少しくらい技使っても問題ねェかな」
刀を一度収める。そしてもう一度ゆっくりと刀を抜く。
中段の位置まで刀を持ち上げ、捻り、左肩の上の位置で止めて構える。
目を閉じて、呼吸を整えた。ゆっくり息を吸って、体の隅々まで通すイメージ。そこからまたゆっくりと吐く。
目を開き、刀に力を入れた。
「“初曲・閃花”」
たん、たん、たんーー
リズムを刻んで舞う。最初の足運びで体を捻り回転して虚空を斬る。次の足運びで逆回転。3つ、4つ、5つーー一つ一つの動き全てが違う。しかし、繋がっている。娯楽として世に出ている剣舞とは一線を画す、流れる動きで翻弄し、確実に仕留める真田家独自の剣術。一人が相手だろうと複数だろうと相手を死に導く業。
争いのなくなった現代日本で街の喧嘩相手を倒すのには鍛えた胴体視力だけで十分。しかしこれから先はそうは行かないだろう。
「“初曲・閃花・絶”」
流れの終わり、左に体を捻り、1秒にも満たない時間、瞬間的に力を溜めて解き放つ。
全方位に向けて一回転。
足元から土や草が千切れて散った。
「……なンだァ? こんな威力強くなかった気がしたんだけどなァ」
周囲を斬った衝撃だけで風が起こるなんて今までは無かった。来たときから感じていた事だが、これはーー
「身体能力が向上、してるッつーことかよォ。……まぁそうじゃねェと説明がつかねェけどな。ッたく、どうなってんだかなァ」
一つの技を終えて、刀を鞘にしまう。鋼と鞘が触れて音を立てた。
「つーか……腰に差すの面倒だなァ……普通に手で持ってりゃいいかァ」
刀を腰に差すのを止め、左手で持つ。
ーー気配。
「……出て来いよォ。隠れてんじゃねェ。バレバレなんだッつーの」
ガサリと草むらが揺れて、人の半分程度のイキモノが出てきた。手には棍棒らしきものを握っている。おそらくこれがゴブリンとやらだろう。
「へェ……一匹だけかァ? まァいいや。死ねよ」
刀哉が向けた殺気に危険を感じたのか、ゴブリンは棍棒を振りかざして向かってくる。
刀哉はそれに慌てる事なく、腰を落とし、抜刀の構えを取る。ごく冷静に。
「ギィッ」
ゴブリンは刀哉の胴体を狙い棍棒を横に振る。対峙する刀哉はギリギリまでゴブリンを引きつけてーー
「“一閃”」
居合いの要領で刀を引き抜く。鞘走りを利用した高速抜刀術。狙い澄まされた凶刃は棍棒すら切り裂き、ゴブリンを二つに切り落とした。
血飛沫も飛ばず、ただ崩れ落ちたゴブリン。切り裂かれたゴブリンから、ゆっくり血が広がり、大きな血溜まりが出来た。
「なンだァ? 呆気ねェな……」
刀に付いた僅かな血を振って落とす。
イキモノの命を奪うのはこれで二度目。壊れた刀哉の心が揺れ動くことはない。命を奪うことに、なんの躊躇いも無くなってしまっている。
「……村に戻るかァ」
元来た道を引き返す。日はだいぶ傾いていた。
◇◇◇
「ここを……こうしてっと……」
外はもう暗い。村長への報告をすませた後、家に戻って食事と入浴を済ませた。まだ寝る時間ではないし、エリーも風呂に行っているので、空いた時間を利用して刀の手入れをしていた。
「よォし、外れた」
刀を分解し、目釘や鍔を外された鋼鉄の塊が姿を現す。
銘と刀匠の名が入れられている部分には、見たことのない文字が彫られていた。
(見たことがねェのに……読める?)
不思議に思いながらも、彫られた文字を読み上げる。
「刀匠の名は……ヒザキ? 銘が……カエデ。……楓かァ。それにしても、この世界には漢字ッつー概念はねェのか?」
異世界なのだから当然かーーなどと思いながら、刀に付いた血を拭き取っていく。拭き取った刃に浮き出る波紋。緩やかな乱れ刃。この乱れ刃が楓という銘の由来なのかもしれない。
「……いい刀、だと思うんだがなァ」
自分には刀の良し悪しなどは分からない。故に、振った感覚で良し悪しを決める。だがこれは、美術品としても一級ではないかーーそう思う。
刀をあらかた拭き取ったところで、元に戻す作業を始める。
丁寧に、一つずつ。
「さて……終わりっとォ」
全て戻して刀をしまう。
それと同時に部屋のドアが開いた。
「お待たせしましたー」
頬を赤く染めながらエリーが入ってきた。髪が全く乾いていない。
「オイ……髪乾いてねェじゃねぇか。タオル貸せ。こっちこい」
半ば強制的に連れてきて髪を拭いてやる。エリーのような長い髪は1人ではしっかり拭けないのだろう。
「……そォいえばよォ、昨日俺の話聞いてたかァ?」
ふと、昨日エリーが途中で寝たことを思い出して聞いてみる。
「えとー、トーヤさんが宇宙人さんだっていう所までですか……」
どうやらあの時びくりと震えたのは、寝ているときに良く起きるアレらしい。
「……異世界人だ。宇宙人じゃねェ。……まァ聞いてなかったらそれでもいい。でもな、これだけは覚えとけよォ? “今の幸せを逃がすな”……それだけだァ」
「あ、はい……わかりました!」
「よォし、いい返事だ。ホラ、拭き終わった。寝るかァ?」
「はい! ありがとうございます! それじゃ、寝ましょう」
エリーがベッドに潜ったのを確認して、唯一の光源である蝋燭を消す。ランプというのがあることにはあるらしいのだが、この部屋には無い。若干不便だ。
「今日みたいに抱き枕にすンなよォ?」
「し、しませんよ! 今日は……その、たまたまです!」
「そォか、たまたまかァ……まァ、いいや。そういや、なンで俺に敬語使うンだ?」
「え? いえ、年上ですから敬語は当たり前じゃ……」
「ガキが敬語なンて使わなくていいんだよ。それに俺が気持ち悪ィ」
「が、ガキじゃないですっ! ですから敬語も使えます!」
「ほォ……敬語止めねェってか。それなら……こうしてやる。……ふー」
「ひゃわっ」
ベッドの中で暴れるエリー。リタと同じ事をやったのだが、効果は予想以上だった。
「さて……敬語、やめるよなァ? 止めねェならもう一回……」
「や、止めます! 止めますから止めてくださいぃ!」
「止めてねェじゃねぇか」
「や、止めるよぉ……これでいい……?」
「オーケー。じゃ、寝るかァ」
「わかりまし……じゃなくて、わかった!」
「よしよし……お休み、エリー」
「うん! お休み!」
静寂が訪れる。
この村をでるまで後5日の予定。
エリーや、シラフィ、アレックスやリタと分かれるまで、あと5日ーー