第三章 【業喚ぶ声】 八
「始まりは、皆様のご存じのとおり『原初の災厄』です。突如現れた破滅、それは多くの犠牲者を生みました」
場所をリビングに移し、全員が落ち着いたところでイルフが話し始めた。
「私たち、アルトフィリス教団はもともとは邪教と呼ばれ、人々に忌み嫌われていました。それもそのはず、禁忌であり、魔術師でも知らないような魔法を研究していたのですから……しかし、それもすべてこの地に住まう人々のため、やっていたことなのです」
「まァ、それはいいからよ。次話せ」
「……はい。あの破滅によって世界人口の約半数以上が死に至りました。このままでは破滅にすべてを滅ぼされてしまう──そう考えた我々は、当時連合を組んでいた国々の長たちにある話を持ちかけました。……そうです、ほかの世界から救世主を呼ぶこと」
すべての始まりはアルトフィリス教団と原初の災厄、か。
「当時のアルトフィリス教団は、時空間魔法を研究し、その確立まで至っていました。理論上は。その時空間魔法に召喚魔法を組み合わせ、救世主召喚魔法が出来上がったという訳です」
「なァるほどな。つまり今回もその方法で呼ばれたってわけかァ?」
「……いいえ、違います。救世主召喚魔法は、人為的に発動されます。あなたは、破滅が来る前にすでにこの地に訪れていた。故に私はあなたを探していたのです。救世主主観魔法のある地、それは北の最果ての、始まりの大地と呼ばれるところにあります。長い間、それは発動しませんでした。しかし何故か、誰が発動したのか──召喚場所をランダムに設定され、救世主召喚魔法は発動してしまった……」
──そうか。
「召喚魔法を発動したのは、サイファーか。謎を解けばまた謎が増える……性質がワリィな」
「救世主召喚魔法の発動を観測したアルトフィリス教団は、私を救世主探索へと向かわせました。白い髪、赤い目の人間を探すようにと」
「その、白い髪に赤い目ってのはなんでだ? 何の意味があるんだ」
「白は正義、潔白、高貴──何者も触れることのできない無類の強さの色。赤は信念と禁忌──その二つを兼ねそろえた人は人ならざる力が宿る、と。だれが言い出したのかはわかりませんが、原初の災厄より以前にあった言葉のようです」
もともとあった言葉か……神話、伝承、何かはわからないが、それをもとに自分を召喚したのは間違いないようだな。
「そして、私はトーヤ様を見つけました。これから迫りくる次なる災厄を救うお方だと」
「あァ……話はつながった。が、まだその救世主召喚魔法とやらが何故禁忌なのかを聞いてねェんだが?」
そう、今は『どうやって』の話。禁忌についてはまだ一言も出ていないのだ。
「……救世主召喚魔法も禁忌です。しかし、その構成前の時空間魔法が禁忌なのです。時空間魔法とは、世界が定めた法則を根源から捻じ曲げてしまう魔法。精霊の力も借りず、世界の法則を無視して使役されるもの。その時空間魔法が与える影響というのは想像をはるかに超えるものだ、と。故に禁忌なのです」
「し、しかし、イルフ殿、それでは原初の災厄の時、救世主を召喚したのは間違いだったと!?」
「正解など、正しさなど、どこにあるというのでしょう。私たちは救世主様を召喚することによって救われました。しかし、救世主様は? 誰かが幸せになる傍らでは、誰かが不幸になっているのです。それが、創世の時より紡がれてきた世界の理なのです」
「じゃァ聞くがよォ。今回救世主召喚魔法が発動したことによってどんな影響が出るってンだ?」
「それにはまず、救世主召喚魔法を構成する時空間魔法と召喚魔法の詳しい話をしなければなりません。……まず、召喚魔法というのはこの世界の中から特定の条件で何かをよびだすという魔法です。その特定の条件に引っかかったものをランダムで一つ、召喚するというのがネックになります。一つしかなければ一つだけ。複数あればその中から一つだけ。召喚される側も召喚する側も、その一つを選ぶことはできません」
つまりすべては運、か。俺がこの世界に来たのも、すべてはランダム。
「そして時空間魔法。時を操作し、空間を操ることのできる魔法です。空間を操る、ということだけに関して言えば、この世界で行えば問題ありません。世界の理を外れていることにはなりませんから。しかし、それを他の空間を操る、ということになると話は変わるのです。この世界にはこの世界の、他の世界には他の世界の理があるものです。その理の垣根を越えて魔法を行使すれば、当然世界の理から外れることになってしまいます」
「理の重複、だのぉ」
「はい。ヒザキ様の言う通りです」
その理の垣根を越えて、自分はこの世界に召喚された訳だ。この世界と、向こうの世界を繋いで。
「そして時を操ることにより、この世界の時間と向こうの世界の時間を操るのです。そうしておかなければ召喚された救世主様の体は急激な時の流れについていくことができず、崩壊してしまうからです。そうして構成された救世主召喚魔法には、もう一つ作用が付与されました」
「新たな作用? 召喚するだけならそれで事足りるんじゃぁないのかな?」
「勿論本来ならばそれだけでよかったのですが、構成する過程でどうしても作用してしまうようです。……召喚された救世主の過去、存在は、すべて元の世界から抹消されていしまう、という作用が」
抹消──?
つまりそれは……
「たとえ元の世界に帰ることができても、俺の戸籍は存在せず、俺を知っている奴も、俺のやってきたことも、すべて消えるってことか……」
「……いいえ。世界はその世界だけでいくつもある、というのが理論です。今、おそらくトーヤ様のいた世界では、世界が『あったかもしれない世界』に置き換えているでしょう。もし、トーヤ様が生まれていなかったら、という世界に。そして時間は補正され、あなたの存在はもともとなかったものに」
「っざけンな!」
なんだ、なんで俺は怒っているんだ?
あんな世界に未練などなかったはずなのに。
自分なんて、いなくたっていいものだと……思っていたのに。
「俺は……なんなんだ!?」
「トーヤさん!」
椅子を跳ね飛ばし、部屋から出ていく。
後に残された面々は、動くことができない。
「……まだ、なにか続きがあるんじゃなーいの? そう、たとえば……あの白の少年が無事に『役目』を終えたら、とか」
「……はい。でもそれは、すべて終わった後に。今はまだ、いうべきではないと思いますので」
◇◇◇
「……俺がいない、世界か。どうなってンのかなァ? ま、俺がいなきゃァお袋も死ぬことはないんだ。それでいいじゃねェか。あァ。それで」
思い出す、記憶。
自分がいたことで、日に日に痩せていく母の姿を。
母が、そのまま眠りについて、次の日も起き上がることはなかった事も。
悔しくて、強くなろうと思ったことも。
そして、独りになったことも。
今、自分にある過去は、この世界に来てからの記憶と、自分の中の記憶だけ。
その記憶さえも、もうあの世界にはない。ならば、自分はいったい何者なのだ。
救世主? 馬鹿を言うな。そんな大それたことは何もしちゃいない。救えなかった人だって、大勢いる。エリーも、リタも、アレックスも。
破滅の犠牲になった人たちだって。
もっと力があれば、救えたのに──
「ハッ……滑稽、だなァオイ。どうせ俺も、消えるんだろ? 神話とやらの英雄と同じように。この災厄を片付けたらよォ」
それが、救世主召喚魔法を使用した際に起こる、この世界の作用。
つまり、そうなってしまえばもうエリーとの約束を果たすこともできやしない。
「なーんだ。結局、俺は何一つ出来ねェってわけだ。この世界で、破滅とサイファーを倒したところで、また同じように破滅は出てくる。こんな意味のない存在が他にあるかよ? なァ?」
向こうの世界でも、この世界でも、結局意味のない存在。
「あーあ。急にバカバカしくなっちまった。ホント、つくづく滑稽だよなァ? 聞いてるんだろ? エレン」
「あや……ばれちゃってましたか」
数メートルも離れていない岩陰から、エレンが姿を現す。
「俺はもう、この世界で役目を全うしたら消える。これから数日のうちになァ。俺はもうシンに向かうけど、お前はどうするんだ?」
「……私は、そうですね、ついていきますよ。ニキちゃんともここでお別れです。この旅はニキちゃんをワコウまで送り届けるのが目的でしたから」
「へェ……じゃァお前の目的は?」
「──死に場所を、探すこと」
風が、吹いた。
次話までまたしばらく間があいてしまうと思います。
不定期更新で申し訳ありません。
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