第三章 【業喚ぶ声】 七
爆風の後。
強大な龍種の影はなく、代わりに二人地面に横たわっていた。一人はもちろん刀哉。粉々に砕け散った楓の柄を握りしめたまま気を失っていた。もう一人は、といえば。
年は20代半ばといったところか。紫の長髪をした女性が、刀哉と寄り添うようにして倒れている。
「トーヤ殿! 大丈夫か!?」
ニキやエレン、イルフが刀哉のそばに駆け寄ってくる。
声をかけたり、揺さぶったり試してみるが刀哉は目を覚まさない。ダメージが大きかったのか──ひとまず起こすことを止めて、ニキの家に運ぶことにした。
残るはあの女性。いったい何者なのか……いや、予想はもう皆の中でついていた。
あれはおそらく先程まで戦っていた黒龍なのだろうと。
人里に姿を現すことの少ない龍種でも、伝説は数多く残っている。曰く、一定の歳月を超えた龍種は人型に変化することができるのだとか。
「この女性も、ニキちゃんのおうちに運んであげませんか……?」
「いや、しかし……龍種だぞ? まかり間違ってワコウに甚大な被害が出たら、と思うと……私は賛成しかねる」
ニキから帰ってきた答えは予想できるものだった。
起きた人型の黒龍に敵意がないとは限らない。それに、人にここまでやられたのだ。恨みを持っていないほうがおかしいというものだろう。
それでもエレンには目の前で傷ついたままの女性をほったらかしにしてどこかへ行くなんてことはできなかった。
「ニキちゃん、お願い……私、ほっとけないよ……」
「エレン……わかった。ただ、この黒龍がおかしな動きや敵意を向けてきた場合は……迷わず私は殺す。それでもいいなら」
「うん、わかった」
話はついた。刀哉と女性を抱えてニキの家に向かう。
二人は、まだ目を覚まさない。
「なかなか、いい戦いだったな……なぁ、ニキ。お前もそう思うだろう?」
「えぇ。トーヤどのは、すごいお方なんですよ、お祖父様。今まで見たことがないくらい強いお方なんです」
「ほう……? ニキ、あの小僧に惚れたのか?」
「お、お祖父様!? いきなり何を言うんですか!」
「ありゃ、違ったか?」
おどけたように言ってヒザキ老人は笑う。
「ぐ……あァ?」
「ニキちゃん! トーヤさん起きたよ!」
「なんで私!?」
少し顔を赤くしてニキが叫んだ。
「何の話だかわからねェし、ここがどこかもわからねェが……とりあえず死んでねェみたいだな。あの黒龍はどうした」
未だ状況が認識できていない刀哉。あたりを見回しながら聞く。
「黒龍さんはですね、たぶんそこにいらっしゃる女性ではないかなー……と思うのですよ」
「私もその推測で正しいと思います」
エレンに次いでイルフが答えた。
しかしその答えによって刀哉は余計に混乱する。
「……いや、訳が分からねェんだが……だってそいつ普通に人間じゃねェか。どこに黒龍がいるんだよ」
刀哉の隣ですやすやと寝息を立てている女性が、今まで戦っていた黒龍だとは到底思えない刀哉。
「いやしかしトーヤ殿、爆炎が晴れた後にいたのはトーヤ殿とその女性だけなのだが……黒龍の姿はどこにもなく……」
「つーことはなんだ、つまりあれか、いつも通りのご都合ファンタジーってやつな訳だァ。オーライよくわかった。じゃァそいつどっか捨ててこい」
「え、あの、トーヤさん?」
「このまま置いといたらヤバいんだろうが。とりあえずここまでやったんだ。それとも今やっちまうか? なァジィさんよ」
刀哉はヒザキ老人に目を向ける。
「いや、いい。ところで小僧、楓の柄はどこへやった?」
「知らねェよ。何分気ィ失ってたんでな」
「お祖父様、楓の柄でしたらこちらに……」
ニキがヒザキ老人に楓の柄を渡す。ヒザキ老人はそれをまじまじと見た。
「なるほど……こりゃぁずいぶん無茶な使い方をしたもんだ。だがまぁ、ここまで使ってもらえてこいつも満足だろうよ。小僧、約束だ。このシガラ:ヒザキ、最後の作に全身全霊を注ぎ込んでやろう」
「へェ……頼むぜ、ジィさん」
残るは、横の女性(黒龍?)だけなのだが。
「む……むむ……はっ!」
「……ホントにこいつ黒龍かァ?」
黒龍と思われる女性は突如として飛び起きた。あたりを見回し、顔ぶれを見て、そしてもう一度ベッドに──
「待て、寝るんじゃねェ」
「ぐわっ……何するんだ」
「こっちのセリフだこの野郎。テメェあの黒龍だろうが。さっきまで気付かなかったが、起きた瞬間にわかったぞコラ」
「うん、まぁそれはいいじゃん。疲れたから寝かせてよ」
「とっととどっか行きやがれ」
目を覚ました瞬間にこの女性から放たれた強大な魔力。あの感覚は先の戦闘中に感じたものと同じものだった。
「さっそくひどい。私も疲れたんだから少しくらい休ませてくれたっていいじゃない?」
「わざわざここ滅ぼしに来てるやつをのうのうと休ませるバカがどこにいるってンだ? あァ?」
「まぁ、白の君とも少し話したかったからいいじゃないの」
「話?」
「そうそう。なんなら力が回復次第シンに連れて行ってあげてもいーよ。たしかワコウからシンへ行くルートは船だけだよね。で、その船は一年に一度。来年まで待つつもり?」
そこまでは考えていなかった。まさか一年に一度しか船が出ていないなんて。
「で、話ってェのは?」
「うん、君がこの世界に来た理由」
この世界に来た理由──
「しかしまぁ、断片的にしかわからないけどね。詳しいことはそっちのお嬢ちゃんが知ってるんじゃない?」
そういって黒龍はイルフを指した。
「と、その前に自己紹介だけしておこっか? 私はね、ソフィア。スリーサイズと年は秘密ね?」
「んなことはどうだっていいんだがよォ。そいつが詳しく知ってるってのはどういうことだ」
「ま、それより先に私が知ってることから話そうか? まず君はこの世界の住人じゃぁないってことはもちろんわかっているよね?」
そんなことはこの世界に訪れた数十秒後には気付いていたことだ。
「でェ? それがどうしたってんだ」
「何故、どうやって呼ばれたのか? まずその何故、のところかな? 君は災厄を退けるために呼ばれた。よかったじゃない? 正義の味方だね!」
「ワリィがそんなもんには興味がねェな。災厄を退けるだァ? 破滅のことを言ってンのか?」
先に現れた英雄とやらも破滅を倒してすぐに消え去ってしまったという。
それにのっとって考えるならば自分も同じようなもの。この世界の人間にはもちえないほどの力を持ち、この世界に現れた瞬間から奇妙な出来事に巻き込まれている。陳腐な言葉でいうのならば、これが運命という奴か。
「勿論、破滅も含まれるだろうねぇ。しかし、君とっての災厄は本当に破滅だけなのかな?」
「サイファーも、ってことか」
「さぁ? それこまでは私にはわかんないんだよねぇ。何せこの目で見たのは一番最初の英雄だけだったから。しかし、あの英雄も破滅を消し去った後どこに行ったのか、誰も知らないんだってさ。そりゃそうだ。目の前で崩れ去るように消えたんだから」
死んだのか、どこかへまた飛ばされたのか──
「オーケー、つまり俺はこの世界に災厄とやらを滅ぼすために召喚された正義の使者ッてことでいいンだな?」
「まぁ、要約するとねぇ」
「ハッ……正義だなんてガラじゃァねェな。俺が少しひねればこの世界なんてもんは跡形もなく消し去れるってのによォ」
地球にいた時は、喧嘩を売ってくる輩全てをなぎ倒し、何度病院に送ったかもわからない。その中には障害を抱える奴もいただろう。
しかし刀哉はそれに対しもはや何の罪悪感も感じなかった。こんな自分を捕まえて正義の使者などと。滑稽だ。
「それでも君はこの世界に生きる人を守ろうと思ったんでしょ? ならそれでいいじゃない。思うが儘に生きて何が悪いの?」
「ホォ……いいこと言うじゃねェかソフィア。で? 次のどうやって呼ばれたのかを話してもらおうか」
何故あのタイミングだったのか。後数瞬遅かったならば、死体がこっちに来ていたというのに。
刀哉を狙って召喚したのか。ただランダムに召喚したのか。
「この世界にはね……かつて、世界を破滅から守ろうとした組織があった。それが今の、アルトフィリス教団。アルトフィリス教団のことはご存知かな?」
「知らん」
「まぁ、そこのイルフちゃんかな? ……が属している組織のことよ。そのアルトフィリス教団は、最初の危機に瀕したこの世界を救うため、英雄を召喚するシステムを作り上げた。……禁忌を冒してまでね」
「禁忌、だと?」
「そうよね? イルフちゃん」
「……はい」
禁忌──それがもし本当なら、イルフは何者なんだ?
「これを語るのは、まずあの時の戦争を話さなければならないのだけれど……どうする?」
「当然聞くに決まってンだろうが。早く話せ」
「まぁまぁ。待ちなって。せっかちな男は嫌われちゃうぞ? こんな体勢で聞いていても何だから、少し休憩してお茶でも飲みながら話をしようよ」
おちゃらけてやがる……だが、ここでこの話を聞いておかないとこれから先イルフを信用していいものかも怪しくなってきた。
あの時の直感は正しかったというべきか……。
なんにしても、ソフィアの話は興味深い。少し付き合ってでも、聞く価値はありそうだ──