第三章 【業喚ぶ声】 六
今回も戦闘メインで少々短いかと……
「あァ。これがこないだのワイバーンとは別種の奴かァ? またデケェ奴だなァオイ」
岩山の上に鎮座する黒い龍種。
それはさながら伝説に出てくるような龍そのものだ。
恐竜のようなワイバーンとは違う、全く別の進化をたどった龍種。その生態は謎に包まれて知られることはない。
「あれは黒龍……龍種の中でもまた別格の存在。白龍と対をなす龍種の中でも最上位の存在だ。それがなぜこんなところに……龍種は北の島にしか生息していないのではなかったのか」
「ニキ……儂にもようわからんが、世界中で異変が起きていることは間違いないようだ。少し前にも、滅んだはずの破滅が現れたのだろう? そして……そこのおかしな小僧も」
ヒザキ老人は刀哉のほうを見て言った。
「小僧、この世界の生まれではないのか」
「……あァ。違う」
「ならば英雄か」
「それはわからねェ。だが、見た目だけなら……そうかもしれねェな」
そう。
英雄とやらは一撃で破滅を葬り去るほどの力を持っていた。だが、今の自分にその力があるとは思えない。
この世界での自分の存在の意味。何故死んだはずの自分がここにいるのか。
全て疑問だらけだ。
「そうか。今、このワコウの全戦力を集結させたとしても、あの黒龍には到底かなわないであろう。一度あの黒龍が力を放てば、ワコウの島は地図から消え去るだろうなぁ」
「ジィさん。まどろっこしいぜ。何が言いたい?」
「──今あの黒龍を倒すことが出来るのは、小僧しかおらん、ということだ。ジュレルで破滅を退かせた白銀の髪の少年……それは小僧のことだろう? 葬り去るほどの力はなくとも、退かせるくらいならできる。ならば、黒龍を倒すのもそう難しいことではなかろうに」
──確かに、難しくはない。が、それは楓があればの話だ。
夜桜はあくまで楓の補助的な立ち位置の刀だ。もちろん業物であるから、切れ味も申し分ないのだが……使い勝手は格段に落ちる。
そもそも刀哉の使う真田家の技は、大太刀を主として構成されている。それを脇差より少し長いだけの夜桜で技を使えばどうなるか……本来の威力など出せはしない。
もちろん楓で技を使っているときも身体と楓に魔力強化を施しているため、ただ刀単体で使う際の数十倍の威力が出る。普通に使っていたら破滅など退かせることはできなかっただろう。
「この夜桜一本でやれって言うのかァ?」
「それも使うといい」
そう言ってヒザキ老人は楓を指す。
楓は持って後一振り。この老人は、なんと無茶を言うのか。
使いどころを間違えれば間違いなく死んでしまう。あの黒龍がどれほどの強さかはわからないが、この世界のモンスターの頂点に立つ存在だ。以前戦ったワイバーンとは別格の強さだろう。
「ジィさんよォ……死ね、っていってンのか」
「放っておけば皆死ぬ。それに、儂は見極めたい。小僧に儂の刀を持つだけの資格があるのか。儂がもう一度鍛冶をするだけの価値があるのかをな」
こいつ……このワコウの存亡がかかってるって時に俺を試してやがる……!
「いいぜェ。やってやろうじゃねェか」
「まて、トーヤ殿! いくらなんでも黒龍相手では!」
「ニキ……前に言ったっけかァ? その人間の強さがギルドランクで決まるわけじゃねェってよ。見てやがれ。ジィさん、ビビりすぎて心臓止めんじゃねェぞ?」
「ふん、結果出してから言わんか、小僧」
一度、楓を鞘から抜き放つ。
あの美しかった緩やかな乱れ刃の波紋はもう見る影もなく、刀としてはもう使い物にならないのは見てわかる。
「悪いな……うまく使ってやれなくてよォ。悪いが、最後の一仕事、頼むぜェ。お前の親父にいいとこ見せてやんな」
楓を鞘にしまい、夜桜とともに腰のホルスターに納める。
「じゃァ……行くか」
とはいえ、あの岩山を登るのは骨が折れる。もし登れたとしても、体力が尽きたところをやられるに違いない。となれば……
「こっちに呼び寄せるのが得策だなァ。オイ、ジィさん、このあたりで広いとこは?」
「この裏だな。平原になっておるよ」
「よし、決まりだなァ」
まずはあの黒龍にこちらの存在を気付かせなければならない。
刀哉は夜桜を引き抜いて、船の上でやったように魔力をまとわせ始めた。
「まずは一発……あいさつ代わりだァ」
見る見るうちに刀身が見えないほどの魔力を纏い、漆黒に染まる。
あの船上で見せた魔力の斬撃よりも待機時間が短くなっているようだ。
「これで終わってくれりゃァ楽なんだがな……そう上手くはいかねェよっと……」
夜桜に十分な魔力をため込んだのか、次に刀哉は黒龍を見据える。
「喰らいやがれ!」
狙いを定め、斬撃を飛ばす──
しかし、黒龍は気付いた。
斬撃が飛んでいくのと同時に黒龍がこちらを向くのが確かに見えた。その一瞬後、閃光に包まれる。
「なんだァ!?」
閃光が走ったのも一瞬で、目はすぐに回復した。
黒龍は未だ岩山の上に鎮座し、こちらを見据えている。放った斬撃は──消え去っていた。
「マジかよ……あれだけの魔力を掻き消したのかァ?」
あの閃光……いったい何の能力かはわからないが、一瞬であの斬撃を消滅させることができるところを見ると、威力はあちらのほうが上……!
「あれはおそらく雷だなぁ? 龍種はそれぞれに属性を持つ。一つだけな。だが、最上位である黒龍と白龍は何故か二種類持っている。……まぁ、これは言い伝えにしかすぎんがな。真偽はさておき、二種類あるとみて戦ったほうが有利であろう」
「たかが雷ごときにあの量の魔力を消し去られるたァ……だが、あっちも俺に気付いたみてェだな」
翼を広げ、黒龍がゆっくりとこちらに向かってくる。
遠距離ではどちらにも分はない。ならばもはや接近戦、それしかない。黒龍もそれは分かっているようだ。
「来るぞォ……俺は平原のほうに行く。テメェらはここに居やがれ」
「トーヤ殿!」
ニキの声も聞かずに平原のほうに走っていく刀哉。
その横顔に笑みはなかった。
その刀哉を見つけたのか、黒龍が追ってくる。
遠巻きでしかその姿を確認できなかったが、近付いてくるにつれてその大きさが分かる。
「オイオイ……デケェじゃねェか。こりゃァ骨が折れるな」
そういいつつも夜桜を引き抜く。それと同時に刀身に魔力を込め始めた。
「そんじゃ、とりあえずもう一発……っと」
夜桜も最上の魔力加工が施された逸品だ。メイヤ……どんな刀匠かはわからないが、こちらも相当な腕を持った職人だということが使っているうちにわかってきた。
「こいつならまだ行けンだろォ!」
さっきと同じ要領で夜桜を振るう。
圧縮された魔力の塊は何物でも切り裂く鋭さを帯びて黒龍へと向かっていった。
「ぐっ……」
しかし、また閃光。
視界がクリアになった時には、刀哉が放った斬撃は消え去っていた。
「無駄、ってことかァ? ハハハ! 上等だトカゲ野郎!」
さっきよりも多く。一気に夜桜へと魔力を送り、圧縮し始める。しかし、先程を上回る魔力量を圧縮しようとすれば必然的に時間がかかるのは分かり切っていた。
その間、黒龍が何もせずただじっと待っていてくれるか──そんな甘いことはない。
黒龍は巨大な顎の中に魔力を変換した炎を蓄え始めた。
「なァるほど……雷と炎ってわけか。厄介だぜェ」
それに、今収縮を始めている夜桜の魔力をあの黒龍にぶつけても大したダメージにはならない。
魔力量的にはほぼ互角。こちらが少しだけ多いくらいか。
今放てば相殺されるか、かすり傷程度のダメージを与えられるか……その程度。
しかし、あの黒龍の熱波をまともにくらってしまえばこちらもただでは済まない。夜桜に集中している今、自分の前に防壁を張る余裕など微塵もないのだから。
「今、しかねェってか!?」
まだ完全には圧縮しきれていないが、今放つほかに方法はない。
放った斬撃は黒龍の圧縮していた炎に直撃して、爆発する。
(あれが誘爆を起こしてダメージがプラスされてくれりゃァ最高なんだが……)
爆炎で黒龍の上体が隠れてしまっていて状況は分からない。
「どうだ……?」
爆炎が晴れる。
──黒龍は、傷一つ負っていなかった。
「オイオイ……冗談じゃねェぞ……」
まさか。
属性に炎があるから効かないとでもいうつもりだろうか。
「クソ……トンデモファンタジーだなァオイ」
「人間。貴様は何故私に攻撃を加える」
「え、しゃべんのかよ」
一見全く口が動いているようには見えないのだが、普通に人語を解して喋っている。
どこまでもご都合主義な世界だ。
「何故? テメェが人間にとって脅威だからだろうが。モノ考えられるだけの知能があるんならそれくらいわかってンだろ」
「確かに、私は人間にとって畏怖される存在であろう。何千年と生き、底のない魔力を持ち、すべてを一薙ぎにできる巨躯を持つ、最強の種族だ」
刀哉は今自分のできる最上の魔力を夜桜に纏わせて、黒龍に斬りかかる。
「だからこそテメェは自分の住処でおとなしくしていりゃァよかったんだよ!」
しかしその斬撃も甲殻に覆われた腕によって阻まれた。
「だが私も住処を追われた。あの忌むべき存在、破滅によって」
黒龍も瞬時に炎球を構築して反撃する。
しかしそれも刀哉の張った防壁によって消失してしまった。
「だからって人間の住処を荒らすのはよくねェな! 大人しく帰っちまいな!」
初曲・閃花。風を足場にして舞い上がり、斬撃を放つ。しかし、その悉くは甲殻に阻まれ、傷一つつけることはできない。
「今、世界は混濁期に陥っている。数百年に一度起こる、世界の理の異常だ。それによって生み出された破滅。それを倒すために召喚された勇者」
閃光が奔る。多方向から刀哉へと向かってくる紫電を、球状の防壁ですべて防ぎ切った。
「それが、俺ってかァ? はた迷惑な話だぜ」
一撃にすべてを集中させる『一閃』。
その強化された一撃を持っても黒龍の甲殻には一筋の傷しか付けることはできない。
「全てはかの国、シンにある。内情や何故理の異変が起きるのか……すべてあの魔族の民が知っている」
「シン……が、元凶だと……?」
「そうだ。それに……今回の異常は今までと少し違う」
この黒龍が言っているのは、あいつ──サイファーのことだろうか。
確かにサイファーの存在はイルフの語る神話の中には全く出てこない。
「じゃァ……てめェは何のためにここに来たんだ?」
「様子見、かな。今回の勇者様のな」
明らかな挑発。
わかってはいるが、もとよりこの黒龍を倒さないことには新しい刀もヒザキ老人に打ってもらえないし、このワコウも危ない。
「一撃で決める。いいな」
「構わん」
刀哉は右手に握っていた夜桜を左手に持ち替えて、空いた右手で楓を引き抜く。
「さぁ、見せ場だぜェ」
無形の構え。協奏曲・千本桜を放った時の構えだ。
それぞれの刀に魔力を込めて圧縮していく。
黒龍も同じように顎の中で雷を纏った炎球を構成していく。
一目見ただけでその魔力量が圧倒的なものだと分かるほどに、強大だった。
「コレ、当たったらタダじゃすまねェよな」
「当然。塵も残さぬ」
まだ圧縮。圧縮。圧縮──
引き伸ばされた時間、とでもいうのか。合図など決めていない黒龍と刀哉。そのどちらかが放ってもおかしくはない。その時間が刀哉には永遠に感じられた。
「喰らえァッ!!」
先に動いたのは、刀哉。
それにコンマ一秒遅れて黒龍が炎雷を放った。その瞬間、爆炎が周囲数十メートルに渡って展開され、両者の姿は完全に見えなくなった。
爆炎が晴れて──