第三章 【業喚ぶ声】 四
「でェ? ルノーに着いた訳だがよォ……俺ァこのままワコウに向かう。お前らどうすンだよ?」
大陸の東、ルノー。
港もある事から活気がある。
「私とニキちゃんはワコウに行くのでトーヤさんと一緒ですね! でも……イルフちゃんとはお別れですかね……」
「いえ、トーヤさんさえ宜しければ、私はトーヤさんと行動を共にしたいと思っております。……宜しいでしょうか……?」
……こういう時の嫌な予感はよく当たるものだ、と刀哉は内心溜め息をつく。
「……勝手にしやがれ」
イルフは何を言っても曲がらなさそうな眼をしてる。
ここで問答するだけ時間の無駄。諦めて好きなようにさせておくのが得策……のはず。
「じゃァ……話はまとまったなァ。船乗ンぞ」
「はーい!」
ここからワコウへ……そして、目標のシンへ。
あの野郎を倒すために、自分の正体を知る為に……シンへ行かなくては。
◇◇◇
波が荒い。
しかし、船は日本にいた頃に乗った事もある。船酔いもしたことが無い。このまま問題無くワコウに着けばいいんだが……
「それより……何故だァ? 太古に破滅(ウ゛ァナルガンド)を滅ぼした英雄とやらは……俺の容姿に似ていた。だが、紅い瞳は魔族として嫌われモン。それに、シルフィは……俺を見てその英雄を連想しなかったのかァ?」
何か、隠してやがるな……
「まァ、シンに行けば解る筈だァ……この紅い瞳の事も、俺の事も、なァ」
飛沫が甲板に散っては流れ落ちてゆく。
ふと、遠景を見れば小さく島が見えた。
「トーヤさん! ワコウが見えましたよ!」
「なンだ、エレンかよ。今見た。もうじきか……シンまでの船が出てりゃァいいんだがなァ」
「大丈夫だ、トーヤ殿。私の記憶が正しければシン行きの船はある。ちょうどシンまでの海が凪ぐのもこの時期のはずゆえ」
ニキの言葉に自身にツキが来ている、と思う。
「幸運か悪運か……どちらにせよ、シンには行くンだ。幸運って事にしとこう。そういやァ……イルフはどうしたァ?」
「イルフちゃんは船酔いか酷くて船室で寝てますよー」
「トーヤ殿も戻って休んでは?」
「いいや……お前らは戻ってなァ……来る、からよォ」
刀哉が言葉を終えた次に、地鳴りのような音が辺りに響く。
船が進む音も、相当大きいというのにそれを越える音。
……海中に、何かがいるな。
「助けは必要か?」
「いらねェよ……ニキ、エレン、お前らは船室に戻ってなァ……片付けたら行く」
「わ、わかりました! 気を付けてくださいね!」
ニキとエレンが甲板から去るのを確認すると、海に向けて叫ぶ。
「さァ……かかってこいよォ!」
ドン、という音と共に現れる巨大な魚のような怪物。
「とりあえず三枚でいいかァ?」
キン、と音を立てて夜桜を抜く。
この程度に楓は必要無いし……魔力を操るにはこっちの方が都合がいい。
「ガガガギガァッ!」
「まぁ待てよ……力、借りるぜェ、精霊さんよ」
あの夜から、必要な事を考えていた。
自分より遥かに協力な力を行使するサイファー…その差を。
「『踊れ・雷電』」
言葉と共に滲み出て夜桜にまとわりついた魔力が雷へと変化した。
「荒いんだ、俺ァ……」
「ガガガギガァァァァァァッ!」
「これで暫く黙っておきやがれ……『天雷』!」
振りかぶり、上段から何もない所へ振り下ろす。
しかしーー怪物の直上から雷は落ちて、怪物を焼いた。
「ガッ……」
感電したのか、動きが止まる。
「暫くそうしてなァ……コレにはまだ時間が掛かるからよォ……」
刀哉は、再び魔力を夜桜へ纏わせる。
しかし……先程の量の比ではない。
「俺が瞬間的に纏わせる事ができンのはごく薄々の魔力だ……スカスカだよ。まァ、魔物程度には十分だがなァ」
まだ、まだ、魔力は広がり続ける。
「そこで思い付いたのが、コレだァ……大量の魔力を、圧縮する」
夜桜にまとわりついた魔力が、収縮を始める。同時に、薄いグレーだった魔力は徐々に黒くなっていく。
「全てを凝縮したーー黒。光さえ飲み込む漆黒の魔力だァ」
最早刀身と同化しそうな迄に圧縮された魔力。その色はーー深淵を彷彿させる漆黒。
「ガガガギガァァァァァァッ」
怪物が感電から立ち直ったのか、再び船体に向かってくる。
「コレをよォ……斬撃に乗せて飛ばすんだ。面白ェだろ? なんかの漫画にあった気がすっけどなァ」
「ゴガァァァァァァァァ!」
魚の割りには凶悪な顎を向けて、刀哉に迫る。
「悪ィな……二枚で勘弁しとけ。『閃花・翔』」
瞬く間。
辺りには、再び船の移動音しか響かなくなった。
「まァ、多分食えねェだろォ。海の幸、ってかァ」
刀哉は、船室に戻る。
「まだまだ、だなァ……」