第三章 【業喚ぶ声】 二
「で、さァ。オマエら、ルノーに何しに行くんだァ?」
あれから数時間。何事もなく馬車は進んでいた。
「私とニキちゃんはワコウに行くんですよー。ワコウ行きの船はルノーからしか出ていませんからね。唯一ワコウと貿易している国がルノーなんです」
そういえば、確かにジュレルには貿易船がなかった。漁業は盛んだったようだが、港は一つ。それも漁業のみの港だったな。
コストの問題かァ?
「私は、ルノーで巡教がありますので。救いを求める人々に、神の教えを説いてから次の国に向かおうと思います」
「へェ……この世界にも神様なんてモンがあったのかァ」
まァそうだろうな。
俺の世界じゃ神様なんてモンは人間が作り出した幻想だ。
どれだけ祈っても救われねェし、どれだけ冒涜しても神様からは裁きがねェからな。
「この世界……ですか?」
「あ? いや、なんでもねェ。でもよ、アレだなァ。アンタホントに修道女なんだなァ」
まさかとは思っていたが、ほんとにそうだとは思っていなかった。
てっきりそういう服なんだとばかり刀哉は思っていた。
「俺ァ神様のこととかよくわかんねェから信じてねェけど、どんな神様なんだァ?」
「それでは、説明させていただきますね」
イルフはゆっくりと、堅苦しくなく、子供に絵本を読み聞かせるように話し始めた。
◇◇◇
昔、その昔。
大きな、大きな都市がありました。
世界の人々はそこで暮らし、何不自由なく生きていました。
あるとき、黒く、大きな怪物が街を襲いました。
力を持たない人々は、ただ一方的に襲われるだけで何もできません。
襲ってくる国などなかったため、国を守る力もありませんでした。
その時、国の魔術師たちは考えました。
『大きな力には大きな力で。あの怪物に対抗しうるものを呼び寄せよう』
魔術師たちは急いで準備を始めました。
そうしているうちに国は滅んでいきます。
そして召喚術式が完成し、力あるものを呼び寄せました。
とても眩い光と共に、一人の男性がその場に現れたのです。
見たこともない服を着ていて、見たことのない髪と眼の色。
髪は白銀に輝き、瞳は真紅に染まっています。
魔術師たちは状況を説明しました。
男はそれに一つうなずき、怪物に向かっていきます。
男が何をしたのか。
魔術師たちはわかりませんでした。
なぜなら、男は怪物を一撃で倒してしまったからです。
そうして脅威は去って、国の人々が男に礼をしようとしたとき、男の体は砂のように溶けて、空に舞っていきました。
人々は、それからというもの、男を崇め、神とし、暮らしていきました。
◇◇◇
「……というお話です」
「なんか、神話にしちゃァファンタジー性が足りねェな」
「神話じゃありませんよ! これは史実に基ずく伝説なんです! ね! イルフちゃん!」
エレンがいきなり出てきてちょっと焦った。
こいつはすぐに首を突っ込んでくんなァ……
「はい。伝説というよりは、実際にあったことのようです。記録もしっかりと残っていますので」
「へェ……てことは、怪物っつーのは破滅の事か」
「おそらく……というよりは、そうなのだろうな。歴史を調べてみたこともあるが、破滅は幾度となく現れているが、その神様が現れたのは一度のみ。他は去れるがままか、何とか追い払ったという話だ」
召喚……ね。
まるで、俺みたいじゃァねェか。
「ところで、その神様の名前とかってねェのか?」
「残念ながら、名乗った記述はありません……」
名前も名乗らねェ。そんで怪物を一撃。
白銀の髪に真紅の瞳ねェ……
「うまく出来過ぎてんなァ」
「え?」
「いや、なんでもねェよ。……それより、地図みりゃこの先に村があるみてェだけどよ。どうする? 泊まってくか? それともまだ走るのかァ?」
大きくはないが、それなりの村がある。
村というより町だ。
「もちろん泊まっていきましょう!」
「他は?」
「異議なし」
「そうしましょうか」
全員一致、ということで次の村で止まることになった。
「……ここ、みてェだな。馬車預けてくっから、門番に話し通しておいてくれよ」
「わっかりました! ささ、いきましょ!」
「はえぇよ……ほんとに分かってんのかァ?」
エレンを見て、少し……というか、とても心配になった。
でもまぁ、ニキがいるから心配はないはずだ。ニキはしっかり者のはず、だから。
刀哉は馬車が停まっているところを探して、門の周りを歩く。
……が、なかなか見つからない。
「あっれェ? 普通この辺にあンだろうがよ……なんでねェんだ? ……ん?」
ざわめきが聞こえる。
これは、人の声じゃない。森か? ……いや、違う。
森でもない。これは────精霊の声だ。
「なんかあるってのかァ? 教えろよ」
──……来るよ
──……災厄が来るよ
──……白き者の対、黒き者
──……白く輝く貴方の鏡
──……黒く淀む彼の者が
「黒き者だァ? は、来いよ。返り討ちにしてやるぜェ?」
馬車を近くにあった木に繋ぎ止めて、楓に手を掛ける。
────確かに、来てんなァ。
殺気が飛んでくる。
間違いなく俺をとらえてやがる。調子乗りやがって。
「……オマエか。白き者、って」
「そういうテメェはナニモンですかァ? 殺気なんて調子くれたもん飛ばしやがってよォ?」
ローブを身に纏った長身の男。
漆黒の髪に蒼い瞳。
ホント真逆じゃねェか。
「いきなりか。まぁいいや。潰せばいいんだよな」
「は。テメェごときに俺を潰せる訳ねェだろうが。返り討ちだボケェ」
「……御託はいい。かかってこいよ」
そう言ってローブの男は中指を立てた。
「……オーケー。テメェは殺す!」
というわけで二日連続。