第二章 【都の戦火】 十三
「エレン! ニキ! 何やってんだテメェら!」
黒く、鯨を連想させるような巨体。空から現れたそれ──破滅の足元をエレンとニキが刻んでいた。
大きな翼と二本の足。そう、まさにそれは化け物だった。
そんな化け物の足をちまちまと刻んでいたところで敵うはずもない。
「どけ! ちっと下がってやがれェ!」
「は、はいっ」
刀哉はニキたちに退くよう指示して、楓を引き抜いた。
「一閃」
鞘走りを利用して放たれる高速の一撃。
引き抜く瞬間に構成した魔力を楓に纏わせて、破滅の足元に叩き付ける。
──しかし。
(手応えがッ……ねェ!)
刃の止まる感覚。切っ先に目を向けると、それは破滅の鱗に阻まれていた。
「ちっくしょォ……って、まず」
遥か頭上の頭部。左右で六つの赤い目が並ぶ、その先で紫電が圧縮されていた。
そしてそれは──街に、放たれた。
「あ……」
一瞬にして、街の一部が薙ぎ払われた。
「────ッ!!」
聞き取れないほど低音の咆哮。
刀哉は目の前の破滅から意識を外して、街を見る。
黒煙を吐き出す家屋。
死体を抱いて泣く女性。
幾つもの、死体。
(また俺は、守れなかった──!)
なんだ。
何も成長してない。
皆を守れなければ、意味がないのに。
「おいデカブツ……」
楓を右手一本で持ち、残る左手で夜桜を引き抜く。
「許さねェ。何の躊躇いもなく命を奪いやがって」
そして、構える。
「テメェが何者かしらねェ。だが、殺す。好き勝手にはもうさせねェ」
無意識の内にあふれ出した高密度の魔力が、楓と夜桜に巻き付いていく。
「『協奏曲・鳳仙花』」
足から体幹へ、体幹から頭へ。
いずれも人だったならば細切れになるような斬撃を繰り出しながら上へ上へと登っていく。
「『終曲・鳳仙花・絶』」
魔力で強化された刀と、身体能力。その全てを最大限発揮して、破滅に叩き付ける。
「な……なんだと」
効いていない──?
「────っ!!」
再び、咆哮。
そしてまた破滅は魔力を圧縮していく。
「またあれかッ……あんな高密度に圧縮された魔法……圧縮?」
圧縮された魔法に対抗する魔法は──圧縮された魔法で。
「チッ……なんで気付かねェんだよ!」
楓と夜桜を鞘に戻し、あふれ出した魔力を急速に圧縮させていく。
「なんだ……? 何に変換すればいい」
向こうの魔法は雷……! ならこっちも雷でやってやろうじゃねェか。
「テメェが放つ前にこっちからお見舞いしてやんよ! 喰らえデカブツ!」
高密度の圧縮された魔力。刀哉のそれも、街を一つ消し飛ばすくらいの威力は平気で持っている。
だが──それは、破滅にたどり着く前でかき消された。
「何!? 防壁、だと……?」
タイミングをずらしたおかげで、破滅の魔法は放たれることなく、すべての魔力が防壁へと変換された。しかし、あの防壁がある限り、こちらの遠距離魔法は届かない。
遠距離魔法が届かないとすれば、残る手段は一つのみ。
「頼むぜ、楓、夜桜。あのデカブツ、叩き斬るぜェ」
すらり、と二振りの刀を引き抜く。
「ありったけの魔力をすべて圧縮してこいつらに込める……あのおっさんの腕は確かなはずだ。本気で圧縮してももつはず……行くぜ」
再び破滅は魔力を攻性の魔法へと変換し始める。
──間に合うか?
「『協奏曲・鳳仙花』」
最初にやったのと同じように、刻みつつ上へと上がっていく。
破滅が魔力を圧縮し終わる……!
「これで最後だデカブツ!『協奏曲・鳳仙花・絶』」
二刀にすべてを込めて、破滅に叩き付ける。
その斬撃は、空気を揺らした。
「────ッッ!!」
悲鳴。そうともとれるだろうか。
今までの咆哮と比べれば、悲鳴にも聞こえる。
「やったか……? いや、まだッ……」
まだ生きている。
だが、──破滅は、空高く舞い上がり、そのまま姿を消した。
「くそッ……逃げやがった……!」
辺りを見回す。焼け焦げた民家や、泣き叫ぶ子供。あの騒がしかった街の喧騒は今や悲鳴と嗚咽に支配されている。
「くそッ……また、救えなかったのかよ!」
刀哉は地面に拳を叩き付けた。
己の力のなさを。守れなかったことを悔いて。
そうして、また歯車は廻る──。