第二章 【都の戦火】 一
新章突入。
あれ、こんな風にするつもりじゃ…
アレックスを殺すつもりなんて無かったのに…
あれ?
評価キボンヌ
「本当にもう行くのかい?」
夜が開けて、日もまだ高くならない朝。ルクの村から少しだけ離れた森。その片隅に、二人はいる。
「……あァ。もうここにはいれねェ……アレックスさんから頼まれたこと、果たせねェな。でも……その方がいい」
不自然に盛り上がった土。その上に刺さった、剣。
「ルーフア母子の事は私が面倒見るよ。しかし……街は遠い。どうやって行くんだい?」
朝日に目を細めながら、墓前に座る彼を見る。
「すまねェ……街までは歩いてでも行くさ。とりあえず……シンに行ってみる」
「シンか……私の故郷だ。そうだね、それもいいかもしれない」
「そこに行けば俺が何者なのか……分かる気がするンだ」
異世界から訪れた人間。なぜ自分はこの世界に来たのか。なぜこの世界に来れたのか。疑問は尽きない。
「……そうか。それじゃ君に餞別をあげよう」
「へェ? まァ貰えるなら貰っとくわ」
「まず一つ。その刀は君の物だ。この先、必要になってくるだろう」
刀哉は自分の左手に握られた楓を見る。幾人もの血を吸った刀。
「それと……私の馬をやろう。街まではすぐだろう。……とは言え、もう老馬だ。旅の途中で力尽きてしまったら、ちゃんと弔ってやってほしい」
「……あァ」
「最後に……これだ」
「これはなんだァ? レンズ……かァ?」
シラフィの手に乗せられたものを見る。そこにあるのは小さな黒いレンズ。
「これは私がたまに使ってるレンズの複製だ。君は自分で目の色を変えれないだろうから、街ではこれをしているといい。赤い目はなにかと面倒だからね」
「なるほどォ……忌み嫌われた目かァ。俺としてもできるだけ面倒事は避けてェからなァ」
シラフィや刀哉に備わった赤い瞳。魔法という手段に頼らず、魔法以上の力を持つ人間。
「それと……君は私たち魔族とは異なった存在だ」
シラフィは言う。あの時見たありのままを。両方の力を持つ刀哉の事を。
彼が異世界から来たという明らかな証拠。
「私たち魔族には魔力が無い。詳しい説明は私には出来ないのだけど……魔力が使えない代償に超能力を得た種族だと、そう私は聞いている」
「……俺が使った力は超能力じゃねェって事か。赤い瞳を持ちながら魔力を行使する存在……それが俺?」
刀哉は自分自身のことを推察する。しかし、刀哉のその答えにシラフィは首を振った。シラフィが言いたかったのはそんな事ではないから。
言うべきか、言わざるべきかーー数瞬、シラフィは逡巡した。
しかし、もうここまで言ってしまったのだ。言うしかない。
「……君の精神を見た時、超能力は確実にあった。それがどんなものか未だに分からないが……確かに私たちの同胞だと思った」
自分でもまだ信じられないーーそんな顔でシラフィは語る。
「君は超能力と魔力、両方行使できるんだよ。……まさかとは思った。しかし、これは変えようのない事実。君はーー力を持ちすぎている」
超能力と魔力の両方を行使できる……この世界の定理を無視した存在。それこそが彼を異世界人だと言っている。
膨大な魔力と、強大な超能力を併せ持つ、世界の理から外れすぎた刀哉。
なぜ刀哉はこの世界に来たのだろう。シラフィは純粋にそう思った。
「……俺がなんでここにいるのか、全く分からねェ。あっちの世界じゃ俺ァ死んでたハズなんだよ。……シラフィは言ったよなァ。シンは技術力が高いって」
「あぁ。少なくとも、ここの数十倍はある」
「だから俺ァそこに行く。何故来たのか分からねェ。なんでこんな力があるのかも分からねェ。だったらまずは確実なーー俺の体を調べる」
未だ見たこともないシンの国。だが、少しでも知りうる事があるなら、そこに行って間違いはないはず。
刀哉はそう考えた。
「そうか……うん、それはいい。また私では説明出来ないのだが、超能力がどんな原理で発生するのかは解明されている。それを使えば君の体を調べる事なんてすぐだろうね」
「そォか……ンじゃァ、村、戻るか」
墓前から立ち上がり、踵を返す。村に戻って、馬を貰い、村を出る。数日世話になったこの村ともお別れだ。
(チッ……なんだァ? 俺が寂しさなんて感じるなんてよォ)
この数日の間に、色々な事があった。
いままで感じたことのない暖かさや、人との触れ合い。そして争い。初めて、刀哉は大切と思える人を失った感情で力を振るった。
やったことは決して誉められる行為ではなかったかもしれない。だが、それでも刀哉は初めて、『誰かの為に』力を振るったのだ。
「変わっちまったなァ……」
「……ん? なにか言ったかい?」
「なんでもねェよ」
自分のために振るう力は、すぐに暴力へと変わる。ならば守るための力は?
どちらも振るえば誰かが傷つく。虚しさは変わらない。それでも、守るための力は自分に降りかかる罪悪感を軽くしてくれた。
ーーだから。
これからは出来る限り、自分の力を守るために使いたい。刀哉はそう思った。
◇◇◇
馬に数日分の食料や、サバイバルツールなどを積んで、シラフィに別れを告げる。
「世話ンなったな」
「いいや、こっちのセリフさ。それよりも……本当にいいのかい? 彼女に……エリーに何も言わなくて」
「合わせる顔がねェんだよ。俺は結局、力を持った気でいたただの弱者だァ」
力の無い者が、容易く守ると口には出来ない。だから、強くなる。
「そうか……それなら私から言うことは何もない。……また、戻ってきてくれ」
「……それは……約束できねェ。だが……いつか、そんな時が来たら、ちゃんと顔出すぜ」
約束にもならない約束。
守れるか分からない曖昧な口約束。
「それじゃ……またなァ」
「あぁ。気をつけて」
シラフィとは家の前で別れ、馬を引く。村の入り口まできて振り返った。
たった数日だけいたルクの村。その景色を目に焼き付けて、再び歩き出す。
「トーヤさん!」
後ろから呼び止める声が響いた。この村にいる間、何度も聞いた、幼さが残る声が。
「エリー……なんで……?」
「黙って行かないでよ! まだ……言いたいことたくさんあるのにっ!」
怒ったような、それでいて哀しげな顔。長い赤髪が風に揺れる。
この子を守ることが、出来なかった。父親を失わせてしまった。力が足りなかったせいで。
「俺ァ……アレックスさんを守れなかった。お前にも、リタさんにも……村の人たちにも顔向け出来ねェんだよ。……どんな顔して会ったらいいか分からねェんだ」
「お父さんが死んじゃったのは悲しいよ……でも、トーヤさんが行っちゃうのも悲しいんだよ……行かないでよぉ……」
みるみるうちに、大きな瞳に涙が溜まって、零れ落ちる。
「俺には力がねェから……みんな無くなってく。このままじゃァ、アレックスさんとの約束も守れねェんだよ」
「約束……?」
「あァ、そうだ。エリー、お前とリタさんを守ってくれ……そう言われたンだよ」
思い出す。血を流して冷たくなっていくあの体を。死ぬ間際に遺した言葉を。
「じゃあ、一緒にいてよ……」
「それをするためには力が足りねェんだ。だから俺ァ……村を出て行かなきゃならねェ」
それはもう決めたこと。村を出ると言うことは覆されない。
「じゃあ、じゃあ……私も行く!」
「はァ? ……ンなことしたらリタさんが……」
「お母さんはもう……いないよ……」
「!?」
いない? どう言うことだ?
「お母さんは……起きたら、死んじゃってた……」
「なンだよそれ……また俺ァ……」
アレックスを守れなかったせいでリタまで死んだ。アレックスとの約束がもう、守れなくなった。
「だから、もう……」
「それでも……出来ねェ。シラフィの家に行け。それで大丈夫だァ」
連れて行くわけにはいかない。魔物だって出るのに、こんな幼い子供を連れて行くわけには行かないのだ。
「じゃあ、もういいよ! トーヤさんが連れてってくれないなら一人で行くもん!」
「な……エリー! 待て!」
叫んだかと思ったらいきなり走り出した。
そのまま村から出て街道を走っていく。
「オイオイ……マジかよォ……クソっ、追いかけるしかねェじゃねェか」
馬ならすぐに追いつくが……横路に入られたりしたら間違いなく見失う。
出来る限り遠くへ行かない内にーー
「ったく、行くかァ」
アレックスとの約束を少しでも守るためにーー連れ戻さなくては。
エリーを危ない目に合わせるわけにはいかない。
刀哉は馬にまたがり、街道を走り出した。