7話
重たい金属が首に当たり、そのまま切断した。
覚悟を決めた瞬間、キンッと甲高い音が鋭く響き、不思議に思って目を開ける。
「レイ、ド⋯⋯?」
金髪の少年が、私をかばうように剣を構えていた。
幼気の残る背中を見上げ、上下する肩にハッと息をのんだ。
レイドが私を探しにきたことにも、もちろん驚いてるけど、二、三時間全力ダッシュでようやく息が上がるレイドが、呼吸を乱してるっていうことのほうに、意識が向いてしまう。
そういえば、私が師匠の家から出て、何時間経ってるんだろう。
五時間以上は経ってるはずだ。
じゃあ、ずっと探してくれてた⋯⋯?
でも、私はレイドに嫌われてるから、そんなことはありえない、はず。
魔力をそのまま放って威嚇に使っているレイドを、じっと見つめる。
あ、分かった。師匠に言われて、渋々って感じだ。きっとそうだ。
腑に落ちると同時に、寂しいような、何かが埋まらないような気持ちが、胸の中で渦巻く。
「君は誰だ? 魔の森にいて、俺たちと敵対できる余裕のある子ども⋯⋯魔女の弟子か」
「なんのことだか、分からないな」
アレクが、はじかれた剣を一振りし、小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「破衡の魔女、フェブクトは、世の均衡を乱すとして、数十年前に国から追放されたんだが、つい最近、フェブクトの弟子が、王子の殺人未遂を犯してな。それで、弟子を使った国家反逆を企てているんだろうってことで、調査を進めた結果、魔の森が一番怪しいって分かったから、俺たちがきたんだ」
「⋯⋯それは、フェブクトの弟子じゃない」
地をはうような声とともに、魔力の濃度がグッと上がる。
気おされるように一歩足を引いたアレクは、額に汗をにじませながら、顔をひきつらせた。
「でも、俺たちの予想は正しかった。魔の森で、魔女は反逆を企て⋯⋯」
「違う! 師匠は、俺らを救って、生まれつきの能力に差があっても、暮らせるように育ててくれてるだけだ! お前らは、自分たちの立場が危ういってだけで、師匠を追放した。自分勝手だとは思わないのか、同じ星に住んでいるのに⋯⋯!」
「思いませんね。彼女は、我々の常識から外れた存在。同じ星に住んでいても、我々からしたら、害でしかないので」
珍しく声を荒げるレイドに、今まで静かだったサシャが小石を投げる。
レイドが少し身じろぎをすると、小石は空中で一瞬だけ止まり、パッとはじけて粉になった。
「⋯⋯もういい。外の世界がどれだけ腐ってるのか、よく分かった」
「よかったな。すぐに地獄行きだけどな」
「地獄行きは、お前らだ」
アレクとレイドが、グッと身を沈めたときだった。
ドンッと地面が大きく揺れ、バランスを崩したアレクとサシャが、前に倒れこむ。
「レイ⋯⋯」
「最悪だ⋯⋯。隠れるぞ、アインス」
レイドは、私にかかっている毛布を見て眉をよせると、つまんで放り投げ、私の手を引っぱって、岩陰に隠れた。
「急に何?」
「静かにしてろ。見れば分かる」
厳しい目で洞窟の奥をにらんでいたレイドが、片手で剣を握りなおす。
「グルルゥ⋯⋯!」
低いうなり声とともに姿を現したのは、空間を埋めつくすくらいの巨大なドラゴンだ。
下手な魔法じゃ、傷一つつけられない、艶々のうろこ。
牛や馬をいとも簡単にくだく鋭い牙。
歩みよってくるたび、その一歩一歩で地面が上下する。
暗闇から浮かび上がる色は、燃え盛る赤。
火炎のドラゴンだ⋯⋯!
合っただけですくみ上がりそうな目が、立ち上がろうとするアレクを捉える。
「アインス、こっちこい」
後ろから手を回され、目を塞がれる。
「深呼吸。な? 落ちつけ」
耳に温かい吐息がかかり、聞いたこともないような優しい声が届く。
言われて大きく息を吸うと、全身の力がぬけていく、脱力感に包まれた。
⋯⋯私、呼吸を忘れてたんだ。
目を塞がれる前の一瞬に見えた、ドラゴンの口にくわえられるアレク。
私は数回しか外に出させてもらえなかったから、こんなふうに、目の前で命が失われる瞬間を見たことがない。
だからだ。
さっきからずっと頭に血がのぼって、身体が熱い。興奮してるみたいで、心臓が身体を揺らしてる。
そういえば、レイドはやけに落ちついてるな⋯⋯?
「いっ、やぁ⋯⋯! こないで⋯⋯っ!」
おびえきったサシャの声を、ドラゴンが不快そうなうなり声でかき消す。
ズルズルと服を引きずる音と一緒に、クイクイッと足首が引っぱられる。
まさか⋯⋯あのときから私、ずっと杖とつながってる!?
サシャが杖を持って移動してるから、私も動いちゃうのか⋯⋯!
どうにかして切れないか、と足に手を伸ばしたときだった。