6話
「⋯⋯あ、れ。ルア?」
「あ、正気に戻った。木の上でボーッとしてたからさ、もう暗いし、近くの洞窟に運ばせてもらったよ。怖かったよな。もう大丈夫だからな」
私がハッと我に返ると、剣士が安心させるように優しくほほえんだ。
え⋯⋯。
私、ボーッとしてて、運ばれてることに気づかなかった?
寝てるわけでもなかったのに、なんでこんなに気をぬいて⋯⋯。
いや違うな。
気をぬいてなくても、私は周囲の警戒にうとい。
いつか、『そんなんじゃ、気づかない間に死ぬぞ』って、レイドに言われたことがあったっけ?
その続きにも何か言ってたような気がするけど、真面目に聞くつもりなんてなかったから、すぐには出てこない。
「いくつか質問しても、いいか?」
パチッとたき火がはぜる音にまぎれるように、剣士が口を開いた。
見知らぬ人の質問に答えてもいいのか、という疑問が頭によぎったけど、助けてくれようとした人なら、変なことは聞かないだろうと判断し、小さくうなずく。
ようやく周囲を確認する余裕ができた私は、今さらながら、自分にかけられている毛布をつまみ、剣士にさし出した。
彼は少し困ったように笑うと、身をのり出して、私に毛布をかけ直す。
「寒いだろ。君が使ってくれ。⋯⋯俺の名前はアレク。君は?」
「アインス、です」
「アインス、か。アインスはどこからきたんだ? というより、どうして魔の森にいる?」
「どうしてって⋯⋯私は魔の森から出たことなんてないんですよ。ずっと⋯⋯」
「⋯⋯出たことがない? 魔の森から?」
アレクの声色が不信さを帯び、私は洞窟の岩肌を眺めていた首を戻す。
アレクはじっと私を探るように見つめ、逃さんといわんばかりだ。
えっと、何かまずいこと言った⋯⋯?
あ、子どもが一人で魔の森に住んでるのが、怪しいと思ったのかも。
「大丈夫ですよ。ちゃんと保護者もいますし⋯⋯」
「その保護者の見た目は?」
「えっと、金髪の美しい女性で⋯⋯」
「何ができる? 例えば、魔法が使える、とか」
「ああ、よく知ってますね! 師匠はなんでもできるんです!」
「ふーん。どんな?」
「どんな⋯⋯? 火とか水とか出したり、時間を巻き戻したり?」
「やっぱりか⋯⋯」
さえぎられつつ、私が答えるたび、アレクの目が、冷たく細くなっていく。
⋯⋯嫌だな、その目。さげすんでるみたいで、軽蔑されてるみたいで。
師匠と出会う前、私がさらされていたのは、その視線だ。
カチャ、とアレクが静かに剣を構え、切っ先を私の眉間につきつける。
「何を⋯⋯!?」
「法律違反だ、アインス。第⋯⋯なん条だっけ、サシャ?」
厳しい雰囲気が台なしだ。
いや、なくなっていいけど。
洞窟の入り口、深い闇から浮かび上がるように歩いてきた僧侶――サシャが、思案するように視線を上に向けた。
が、すぐに私を鋭くにらみ、堂々と口を開く。
「そんなことはどうでもいいでしょう」
つまりは、サシャも分かんなかったわけだ。
アレクは、バツが悪そうにコホンと咳ばらいをすると、剣を構えなおした。
「破衡の魔女の教え子、アインス。法律に従い、死刑に処す」
「しっ⋯⋯!?」
不穏な単語を捉えた私は、後退しようと床に手をつく。
「逃がしません」
グイッとサシャが杖を引くと、わずかに私の足が引っぱられた。
視線だけを動かすと、白く濁った細い糸が、足首に巻きついているのが見える。その細い糸の先は、サシャの杖だ。
これだけ近ければ、魔法を当てられる?
威力を調整しつつ当てれば⋯⋯って、魔力が練れない!
ただでさえうまく練れないのに、集めた魔力が糸に吸いとられてく⋯⋯!
じ、じゃあ、何か武器になるもの⋯⋯石ころだけしか見当たらない!
⋯⋯ダメだ。打開策が思い浮かばない。
アレクとサシャの、嫌悪のこもった目。
手のひらに伝わる、岩肌のザラリとした感触。
逃げ、られない⋯⋯!?
「来世は、ちゃんと適合者として生まれてこいよ」
アレクが剣を振り上げ、炎の赤い光が反射する。
⋯⋯私、死ぬんだ。
あっけないなぁ。ざまぁみろだよね。
師匠の許可なしに、結界から勝手に出てさ。
魔法の練習だって、ろくにしてなかったし。
自分勝手に動いて、みんなに嫌われてたし。
⋯⋯ダメって言われてたのに。やれって言われてたのに。
逃げてばっかりで、そのくせ人を見下すようなことばっか言って。
これはきっと、今までの行いに対する罰なんだ。
しょうがない。うんそうだ、しょうがないよ。
⋯⋯でも、もっと生きたかったな。何がしたいって、そんなんじゃないけど。
私の首を狙う軌道を見つめ、ギュッと目をつむる。
重たい金属が首に当たり――そのまま切断した。